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事情と男鹿に対する恨めしい愚痴を聞いた姫川と神崎は、因幡をなだめながらボウリング場に連れて行くことを承諾した。
夏目と城山も誘ったが、あいにく、夏目はバイト、城山は家の事情で欠席となってしまう。
夕方、下校した3人は石矢魔ボウルへとやってきた。
それほど大きなボウリング場でもないが、下校の寄り道とされているのか学生の数が圧倒的に多かった。
ボウリング場に初めて来た因幡は、遊園地に来た子供のように目を輝かせ、中を見渡した。
以前住んでいた町にもボウリング場は存在していたが、ずっとギャングの一員として動いてばかりだった因幡はそれが存在していたことすら知らなかったのである。
ガコーン、と軽快な音に釣られ、さっそくレーンへと向かおうとした。
そこで姫川は指笛を鳴らす。
「因幡、ハウス!」
「犬扱いすんじゃねーよ!」
そう言いつつ因幡は2人のもとへ戻る。
「まずはシューズに履き替える」
「シューズ?」
それならもう履いてるぞ、と愛用の靴を神崎に見せつけるが、ため息をつかれる。
「学校でも上履きに履き替えるだろ?」
「履き替える意味あんの?」
すると神崎と姫川は目を合わせ、同時に息を吸い込んだ。
「神崎と…」
「姫川の…」
「「ボウリング講座ー」」
「!?」
突然始まった講座に因幡は驚いて一歩たじろぐが、構わずに最初に姫川が「その1」と付け加えて説明する。
「シューズの履き替えはボウリング場において基本中の基本。というか、ボウリングに必要不可欠なものだ。外部の土砂を持ちこまれてアプローチ(助走するための場所)やレーンを傷つけないためにも、必ず履き替えなければならない。ユーアンダスタン?」
「シューズはそこのカウンターで靴のサイズを言って借りることができる。自分の靴は靴箱に。ちなみに知ってるか? ボウラーなら、マイシューズとか持ってくる奴もいる。オレ達が借りるのはハウスシューズだ」
「お…、おう…。……打ち合わせとかしたのか?」
詳しく説明する2人に圧倒されながも、因幡は言う通りにカウンターでハウスシューズを借り、玄関前にある靴箱に愛用の靴をしまった。
ちゃんと100円を入れて鍵を閉めることも忘れない。
履き心地が悪いのか、眉をひそめる。
「どうもしっくりこない…」
「サイズが合ってなかったら替えてもらえよ」
そう言いながら神崎も姫川と並んでシューズに履き替える。
それを終えた3人はフロア内のカウンターで何ゲームするかか決め、レーンを確保する。
レーンの番号は10番だ。
さっそくそこへ移動し、そこに設置されてあるオートスコアラーで名前と順番を操作していく。
神崎と因幡はその間にボールを取ってくる。
すべてのボールはボールラックに並べられていた。
「鮮やかなボールが多いな…。オレ、これにする!」
因幡が選んだのは青だ。
しかし、両手で持つのがやっとだった。
「重…っ」
「ボウリング講座その2! ボールの重さは自分に合ったものを選べっ」
神崎は右手をピースにして説明した。
「重さ?」
「ボールに番号がついてるだろ?」
言われてみると、確かに「4」「5」「6」と白いゴシック文字で書かれていた。
今、因幡が持っているのは「15」と書かれた2番目に重いボールだ。
「その番号はポンド…、つまり重さを表している。おまえが持ってるのは一番重いボールだ。ひとつずつ持ってみて、ちょうどいい、投げやすい重さがあれば、それが自分に合ったボールだ」
「クソゥ、神崎が頭良さそうに見える…」
呟きながらも、因幡はひとつひとつ3つの穴に指を入れ持ち上げて確かめ、水色の「9」のボールを選んだ。
神崎は手慣れた様子で緑のボールを選び、一緒にきたことがあるのか姫川専用の紫のボールも持って行く。
先に神崎が到着した頃にはセッティングが終わっていた。
「こっちは準備出来てっぞ」
「最初に因幡からか…。って、何気にオレを3番目にしてんじゃねーよっ」
因幡、姫川、神崎の順番だ。
セッティングも終え、明かりのついたレーンにはちゃんと10本のピンもセットされ、相手が投げるのを待ち構えていた。
「因幡はどうした?」
「あいつなら…」
そういえばなんで遅れてるんだ、と見ると、因幡はいくつものボールを抱え、落とさないように慎重にこちらに運んできた。
「……なにしてんだ?」
呆れたように見つめて尋ねる姫川に、因幡は「あ? 決まってんだろうが」と常識のように言い返す。
「だって、さっきから他人のプレイ見てたら、みんなあそこにガンガンボール投げてるから、ボールがいっぱいいるだろ!」
((これは男鹿にバカにされても仕方ねえぞ…))
ボールを使い捨てと勘違いしている因幡に、唖然とする神崎と姫川は心の中でハモり、姫川はサングラスを上げて「ごほん」と咳払いしてから右手の指を3本立てた。
「ボウリング講座その3! ここに設置されてるボールリターン。その名の通り、あそこ…レーンにブチ込んだボールが返ってくる仕組みになっている!」
バンッ、と姫川の代わりにボールリターンを無言で軽く叩く神崎。
「えー、ボールが?」
にわかに信じ難い目をする因幡に、姫川は「ちょっと投げてみろ」と直接見せようとする。
因幡はボールを手にアプローチへと移動する。
そこから周りの人間の動きを見よう見まねでボールを投げて転がした。
だが、すぐにガターに落ちる。
向こう側へ転がったボールを見届けた因幡は一度ボールリターンへと戻った。
すると、1分もしないうちに自分が投げたボールが返ってきた。
「!! 手品!!?」
「そういう仕組みなんだっつの! あとおまえ投げるの下手」
神崎に下手と指摘され、その言葉が因幡の頭に矢となって刺さった。
「下手って…、じゃあ神崎やってみろよ」
「バカ。順番っつーのがあるんだよ。あと1回おまえが投げてから姫川だ。オレが投げたらおまえにポイントが入っちまうだろ」
そう言われ、因幡はもう1度投げた。
先程より距離は伸びたが、それでもまた溝(ガター)にはまってしまう。
因幡のスコアは0のままだ。
続いて姫川の番がきた。
「ボウリング講座その4! テンポよく助走をつけろ。上半身は肩のラインを狙う方向に垂直に保て。下半身はできるだけずっしりとさせろ。そして、軸足でしっかりと踏ん張って、押しだすように狙った方向へ真っ直ぐ投げることが重要だ」
姫川は説明した通りに助走し、ボールを転がした。
すると、ボールは一直線にレーンの真ん中を転がり、真ん中に当たって一発でストライクを出した。
ガコーンッ、と気持ちの良い音が鳴り響く。
「おーっ!!」
ストライクを出したので、第2投はない。
すぐに神崎と代わる。
「ついでにボールの持ち方だが、おまえ持ち方おかしかったぞ。普通に親指、中指、薬指を入れたら、人差し指は親指側に開いて、小指は薬指にくっつけろ」
そう言って神崎は投球。
転がったボールはカーブを描いてピンにぶち当たり、すべて飛ばしてストライクを出した。
「おーっ!!」
次に因幡だ。
先程の説明をもとに何回か素ぶりの練習をしてから投げてみた。
スピードは弱く、すぐに曲がってしまい、また溝にはまってしまう。
「もうちょっとテンポつけろ」と姫川。
「ボールを投げるタイミングも違う」と神崎。
「う゛~~」
因幡が唸っていると、どこからか馬鹿にするような笑い声が聞こえた。
はっと隣を見ると同時に、ガコーンッ、と隣の9番のレーンがストライクを出した。
投げたのは、男鹿だ。
「男鹿!!?」
「こうやって投げんだよ」
男鹿はニヤニヤとしながら言った。
9番レーンのボウラーベンチを見ると、古市もいた。
神崎と姫川も「いつの間に」と驚いている。
「てめえら…いつから…」
「いやー、神崎と姫川に泣きついてるの見て、つけてきたとは言わない」
「言ってんじゃねえかっ!! 大体、泣きついてねえしっ!!」
ちなみに因幡がボウリング場に入ってシューズを履き替えなかったところから、男鹿はひとり陰で爆笑していた。
「いいから、投げてみろよ」
「ぐ…っ」
ピンは倒れずそのままだ。
因幡はボールを取りにいってアプローチに戻り、「見てろ」と男鹿を睨みつける。
「いっけええええええ!!!」
ガコンッ!!
ストライクの音ではない。
出だしからいきなりガターにはまった音だ。
「あ;」
「ぎゃははははははっ!!! スゲー!! ダイナミックガタ―――!!!(笑)」
男鹿の笑い声がひたすらフロアに響く。
他の客も何事かとこちらを遠巻きに見ていた。
「あーあ、気張るから…」
「…なぁ」
姫川と神崎はベンチからそれを哀れに眺めていた。
――――ブチッ
ボールが戻ってくると同時に、因幡の額にいくつもの青筋が一斉に立った。
ひぃひぃと苦しげに両膝をついてもなお因幡に指をさして笑う男鹿の前に立った因幡は、それを鋭い眼差しで見下ろし、ドスの利いた声で言う。
「男鹿…、勝負しろ」
「あ?」
「負けたら…、この場で土下座しやがれ!!! レーンで滑るスライディング土下座を希望する!!!」
「いいぜ? ただし、おまえが負けたらローリング土下座な?」と男鹿は悪魔的な笑顔で勝負を受けた。
勝負の付け方は至って単純。
どちらが多くスコアを取れるかだ。
ちなみにチーム戦だ。
男鹿と古市は2人なので、因幡が投げたあとは神崎は偶数、姫川は奇数と交代して投げることに。
男鹿が「別に2対3でもいいんだぜ?」と完璧に因幡を戦力外として扱っている。
「あいつ今からブッ転がす!!」
「おまえが今から転がすのはボールだろが。気持ちはわからんでもないが、挑発に乗るな」
姫川は因幡の手首を握りしめて止める。
スコアはまた最初からやり直しだ。
1番手は因幡と男鹿。
2人はボールを手に取り、アプローチへと移動する。
男鹿はこれみよがしに1番重い赤の「16」のボールを片手で軽々と持っていた。
これ以上の挑発に簡単に乗ってはいけないと思いながら、因幡は目の前のことに集中し、もう1度神崎と姫川のボウリング講座を思い出しながらゆっくりと投げた。
(押しだすように…!)
意識しながらやると、今度は真っ直ぐに転がった。
「あ…!」
しかし、いける、と思った直前、ピンを前にボールは大きく曲がってしまいガターにはまってしまった。
「く…っ」
「惜しかったなぁ」
くくく、と不敵に笑う男鹿は見事なストライクを決めてみせる。
第2投、因幡はムキになって投げたがやはりガターを出してしまった。
続いて、神崎と古市。
古市のボールは因幡より軽いピンクの「7」だ。
なのに、ストライクとはいかずとも、第1投で5本倒し、第2投でスペアを出した。
一方、神崎は余裕でストライクを出す。
「……オレはモブ市以下…」
因幡はベンチからずり落ち、その事実に打ちのめされる。
「モブってつけないでくださいっ! あからさまなリアクションもしないでっ!」
戻ってきた神崎は因幡に右手のひらを見せる。
「ボウリング講座、その5。簡単なテンポの付け方だ。ゴルフでもあるだろ?「チャーシューメン」とか。心の中でそういうテンポをつけて投げてみろ」
「チャーシューメン…」
第2フレーム。
男鹿がストライクを出したのを横目に、因幡は目を閉じてテンポを合わせて投げる。
(チャーシューメーン!!)
すると、ボールは先程と同じように真っ直ぐに転がったが、やはり途中で曲がってしまう。
しかし、ただガターに落ちるだけでは終わらなかった。
右端のピンを2つ飛ばしたのだ。
「! やった!」
たったピンを2つ。
しかし、当たっただけでも大きな前進だ。
第2投、因幡は「チャーシューメン」ではしっくりこなかったのか別のテンポを考える。
「当たったからって調子に乗るなよー。落ち着いていけー」
姫川がコーチのようなことをその背中に投げかける。
因幡は助走をつけ、ピンを真っ直ぐに見た。
(ひ・め・か―――ん!!!)
ガコーンッ!!
ついに、曲がらず真っ直ぐなボールが投げられるようになり、スペアを出した。
「やったぞ2人とも―――っ!」
因幡ははしゃぎながら2人のもとへと戻ってくる。
「お、おう!」
「よ、よかったな!」
((素直に喜んでやれねえのはなんでだろう?))
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