夜空に花が咲きました。
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因幡はわたあめを手に入れた。ピンクのもこもことしたそれを見て、目を輝かせている。
「…食べねえのか?」
神崎に言われ、芸術でも鑑賞していたかのような顔がはっとする。
「な、なんか…もったいなくて…」
そう言うと、神崎はニヤリと笑い、因幡が持っているわたあめにかぶりつき、一部を取った。
「あ!!;」
「食わねえと、オレが食っちまうぞ。うわっ、甘っ、うまっ」
わたあめの一部を口に咥えながら喋る神崎。
口ひげを生やしているように見える。
「ひでーよ神崎! おまえよくそんなモナリザにラクガキするようなマネができるな!」
「わたあめとモナリザを一緒にすんな。…で、モナリザってなんだ?」
「超有名な絵画のことだよ、神崎君」
「よくわかんねーのにつっこむんじゃ…―――うまっ!!」
一口食べた因幡は驚いて声を上げた。
ざらめの甘味が口いっぱいに広がる。
そのあとは夢中で千切っては口に運んでいく。
一方、姫川はりんごあめの店で、小さなりんごあめを購入していた。
「あ、姫ちゃん、りんごあめなんて食べるんだ?」
「食べたことなかったからな…」
透明な袋を取り除き、ルビーのように輝くそれを舐めてみる。
すると、濃い甘さに思わず眉をひそめた。
「姫川は舐める派か。オレならかじるがな」
神崎がそう言うと、因幡は「オレは舐める派」と答える。
姫川は「え、かじんの?」と驚いていた。
「りんごが丸々入ってんだぜ? 男なら、舐めるのすっ飛ばして、かじるだろ」
当然のように説明する神崎に、姫川は持っているりんごあめをまじまじと見て、中のりんごごとかじってみる。
「おー、ともぐいだー」
「あ?」
因幡がニヤニヤしながらからかうように言ったので、咀嚼しながらそちらに顔を向ける。
「それ、姫りんごだから」
「姫」つながりだ。
「「「あー」」」
神崎、夏目、城山も納得する。
「おまえら…、人が食ってる横でそうやって茶々入れるのやめろっ」
甘いものを食べたあとは喉が渇いてきた。
そこで、因幡達はジュースやビールを売っている出店でラムネを購入した。
出店の店員に蓋を開けてもらい、そばのベンチにつめて座りながら飲む。
懐かしい味がした。
飲むたびに、カラン、とビンの中の青いラムネ玉が転がる。
先に飲み終わった姫川は飲み口からビンの中を望遠鏡のようにのぞいた。
「………なにしてんだ?」
その状態で動かない姫川に、怪訝に思った神崎が声をかける。
「いや、このラムネ玉どうやって取るのかと思って…」
振っても、飲み口が狭いので出てこない。
「割るのか?」
「待て待て待て!」
くびれの部分を握って振り上げるので、地面に叩きつける前に神崎が止める。
「貸してみろ」
荒っぽいことをされる前に、神崎は姫川の手からビンを奪い取り、飲み口の部分を時計回りにまわし、プラスチックの口部キャップを外してビンを傾け、ラムネ玉を取り出した。
「ほら」
「ああ、そこをまわせばよかったのか」
神崎からラムネ玉を受け取った姫川は、意外そうに言った。
「ねえ、食べてばかりいないで、くじ引きとか、輪投げとかやってみる?」
夏目が指差した方向には輪投げがあった。
「そうだな」
因幡は腰を上げ、尻を払う。
それに続いて夏目と城山も腰を上げた。
「因幡ちゃん、なに狙う?」
「そうだなー…。あ、あのちっちゃい招き猫とか。姉貴が喜びそうだし…、あ、あの隣のうんこ男爵マスコットなんて春樹好みだ」
「よし、まずはオレから…」
城山が最初に金を払ってやり始める。
それをベンチから遠目で見ている、神崎と姫川。
「まったくガキだな…」
「神崎はやりたくねーのか?」
「あ? バカ言ってんじゃねーよ。オレがあんな……」
神崎は輪投げの出店の隣、射的の店に目を留めた。見つけてしまったのだ。
並んでいる商品の中に、ヨーグルッチ(スイカ味)を。
「男はやっぱ射的だろ!!」
いつの間にか金を払ってオモチャのライフル銃を掲げる神崎の姿が。
「ヨーグルッチ欲しいだけだろ」
パンッ パンッ
「~~~っ」
コルクの弾は当たりはするものの、なかなか倒れない。
1500円分の弾がなくなり、神崎は財布を取り出して「もう一度!!」と出店の主人に500円を渡した。
一方、城山が惨敗したところで交代した因幡は、目的のものに次々と輪をかけていく。
「すごいすごい!」
「なぜあんな簡単に…」
夏目は笑顔で拍手を送り、城山はがっくりと肩を落としていた。
神崎はその様子を横目で見、舌を打つ。
「クソ、輪投げだったらオレだって取れたかもしれねーのに…」
自分自身に言い訳し、銃を構える。
右手の人差し指は引き金に、左手は銃身を支え、前屈みになる。
狙っているのはヨーグルッチだが、熊を仕留めるような意気込みだ。
そこで見兼ねた姫川は神崎の背後に近づいた。
「バーカ、持ち方が悪ぃんだよ。ヘンにカッコつけて持たなくていいんだ。本物じゃねえんだからよ」
神崎の持っている銃を一度横から取って、持ち方の見本を見せる。
「こう。片手持ちだ」
「片手!?」
「ああ。あと、コルクはできるだけ奥に押し込め。その方が勢いよく飛び出すからな」
銃を返された神崎は、言われたとおりにコルクを重厚に思いっきり押し込み、先程の姫川の持ち方を思い返しながら同じ持ち方をする。
「それで?」
「で、銃口をなるべくターゲットに近づける。…もうちょっと前でもいい」
姫川は神崎の後ろから腕の位置や立ち位置を、自らの手で移動させながら教える。
「…?」
ふと、首元を中心に悪寒のようなものが走った。
(…なんだ?)
わずかに殺意のようなものを感じ取った気がした。
「姫川?」
「あ、ああ、狙いは左上の角だ。それで撃ってみろ」
パンッ!
「!」
腕に伝わる振動も先程より強く、破裂音も増していた。
勢いよく飛び出したコルクはヨーグルッチの左上の角に当たり、撃たれたヨーグルッチは回転を加えて倒れた。
「よ…、よっしゃあああっ!!」
「おめでとうございますっ」
見守っていた出店の主人は倒れたヨーグルッチをつかみ、神崎に手渡した。
「取れたぞ姫川! 姫川!」
「わかったわかった」
「よかったね、神崎君」
「オレはあんなに騒げねえな」
因幡は腕いっぱいに景品を抱え、ヨーグルッチひとつで露骨に喜ぶ神崎をうらやましそうに眺めた。
「オレ、ちょっと袋もらってくる」
因幡は夏目たちにそう言って、輪投げの店に戻ろうとした。
だが、振り返って一歩歩むと同時に、ガタイのいい体にぶつかってしまう。
「いたっ!」
尻餅をついてしまい、腕に抱えていた景品が石畳に散らばる。
「あれれ? 大丈夫?」
ぶつかった相手は、明らかに柄の悪そうな3人組のひとりだ。
因幡の顔を見て、3人組は同時に目を見開いた。
「うわっ、美人ー!」
「いい意味で、当たりだな」
「彼女ー、ケガない?」
手を差し出されたが、3人の印象が最悪だったため、因幡はスルーして景品を拾い集める。
最後に、姉の桜にあげる小さな招き猫に手を伸ばそうとしたとき、最初にぶつかった男がそれを足元の招き猫をサンダルで踏みつけ、因幡を見下ろした。
「おいおい、無視するなよ。お詫びにこんなオモチャ、いっぱい奢ってやるって」
「そうそう」
「オレ達と今日一日楽しい祭りを過ごしてくれたら」
下品な笑いをする3人に、無表情だった因幡は眉根を寄せる。
「その汚い足、どけろよ」
「はあ?」
「水虫まみれのてめーのド汚ぇ足をどけろっつってんだよ」
低い声を出して睨む因幡の顔を見て男は一瞬怯んだが、女にナメられるのも癪だと思ったのか、招き猫を踏む足に力を入れる。
ミシミシ、とそのまま砕きそうだ。
そこで、神崎はその足の脛を軽く右足の爪先で蹴りつけた。
「痛…っ!!」
男は反射的に足を上げ、その隙に因幡は招き猫を回収する。
「みっともねーことしてんじゃねーよ」
「神崎…」
因幡と男達の間に割って入った神崎は、目の前の男を睨みつける。
負けじと男もにらみ返す。
「なんだてめー、彼氏か?」
「は? ダチだボケ」
「彼氏じゃねえならその女、オレらに譲れよ。痛い目遭いたくなかったらな。こっちはぶつかられたり、罵られたり、心痛めてんだからよ。てめーに蹴られた足、もしかしたら折れちまってるかもなぁ。責任とれんのか?」
次々とふざけた恐喝が口から出てくるものだ。
「あまり調子づいてると、あとでもっと痛い目見るぞ」
「やってみろよ」
男は青筋を立たせながら不適な笑みを浮かべ、神崎に手を伸ばした。
しかし、その手は神崎の前に現れた姫川の浴衣の襟をつかんだ。
「まあまあ…」
「今度はなんだよ!」
「頭冷やせよ」
ニヒルな笑いを浮かべる姫川の手には、赤、緑、黄の水風船が握られていた。
それに男が気づいたときには、顔面にぶつけられて割れてしまい、中の水が飛散する。
水はすぐ背後にいた男たちにも引っかかった。
「うわっ! 冷てっ!!」
「なにしやがる!」
「てめーっ!!」
激昂する男たちを見ながら、姫川は懐からスタンバトンを取り出した。
「まあまあ…」
先端を当てられ、その邪悪な顔を見た男たちの顔が真っ青になる。
バチィッ!!
次の瞬間、青白い光と男達の悲鳴が境内を包んだ。
黒焦げになった男たちを見下ろし、姫川は「チンピラ焼き、一丁上がり」と言ってスタンバトンを懐に戻す。
絡まれてしまった因幡はバツが悪そうな顔をしながら「助かった」と神崎と姫川に感謝した。
「浴衣じゃなかったら、すぐに足が出てたのにな」
姫川はくつくつと笑って言った。
「こっちは解決したからいいぞー」
神崎が辺りに声をかけるので何事かと周囲を見回すと、
「「「「へい! 若っ!!」」」」
ほとんどの出店が答えた。
「あ、神崎君の家の人たちも出店出してるんだ?」
「ほとんどな」
たこ焼き屋はピックを、とうもろこし屋は火箸を、からあげ屋は竹串を、カキ氷屋はアイスブロックを、クレープ屋はホイップを構えていた。
姫川が止めなければ、神崎を守ろうと全員が踊りかかっていただろう。
((((オレ達の活躍場を…!!!))))
せっかくの活躍場を奪われ、神崎家に全員に恨みがましく睨まれる姫川。
「!?」
神崎に銃の持ち方を教えていたときの悪寒を再び味わう。
「姫川」
「!」
神崎は姫川の目の前にやってきて、「動くな」と言って姫川の浴衣の着崩れを直す。
「さっき襟つかまれたろ。思いっきり着崩れてるぞ」
「お…、おお…」
慣れた動作だ。
浴衣は店の人間に着付けてもらったので、どちらにしろ姫川ひとりでは直しようがない。
「……………」
(すげー殺意のこもった視線感じる…)
ドォーン!!
「!!」
ついに銃を発砲されたと思った姫川は思わず目の前にいた神崎にしがみつく。
「!!?」
神崎もびっくりだ。
なんてことはない。
夜空に大輪の花が咲いたのだ。
「あ、花火」と夏目。
「そういやもうそんな時間か」と城山。
「…あー…、えーと…、おーい、そこのお2人さん」
因幡が声をかけると、2人ははっとしてすぐに離れた。
もう姫川は出店に近づけない。
次々と打ち上がる花火を見上げる因幡達。
鳥居に近づくと、見渡しもいいので花火がよく見えた。
ドォーン!!
「たーまやーっ!」
一度言ってみたかった因幡は叫んだ。
*****
花火が終わったあとは、全員、因幡の家に向かった。
コハルがスイカを用意してくれたとメールが来たからだ。
家の庭で5人は並んでスイカを食べ、コハルがあらかじめ用意していた花火を楽しんだ。
桜と春樹も浴衣姿でそれに参加する。
神崎は調子に乗って、指の間に何本も花火を挟んで振り回した。
それをたしなめる夏目と、マネをしようとする城山と春樹。
因幡、桜、コハルは線香花火を見つめている。
「写真はとれたの?」
「ん? ああ」
因幡は袖からデジカメを取り出し、コハルに返す。
「ちょっと遊んじゃったけど…」
撮影されていたのは、祭りものを食べる自分たちの写真ばかりだ。
娘の楽しげな姿を満足げに見るコハル。
「写真、出来上がったら渡すわね」
「うん。お願い」
「!!!」
仕事モードのコハルが反応したのは、神崎に射的を教える姫川の姿と、花火をバックに神崎を抱きしめる姫川の姿だ。
コハルは吐血しかける。
「もう完璧ね!」
「当然!」
因幡はシャッターチャンスを逃さない。
縁側で、姫川は神崎が取り出してくれたラムネ玉を袖から取り出し、目の前にかざして因幡と神崎達を交互に見る。
ラムネ玉のむこうに見える花火は、一層眩しく見えた。
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