不思議の国の。
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落下地点は、大きな城の庭にあるバラ園だった。
見上げると、このおかしな国に来て初めて澄んだ青空が瞳に映る。
「…あれ? チェシャネコ?」
一緒に来たはずの夏目ネコの姿が見えない。
神崎ウサギと帽子屋姫川は辺りを見回し、女王の城の前に来たことを理解する。
「さて、問題はここからだな。兵士に見つからず、どうやって女王の城に忍び込むか…」
姫川はアゴに指を当て、考える仕草をする。
(できればエスケープしたかったな…)
因幡は勝手に連れて来た夏目ネコに小さな逆恨みを抱いた。
「バラがまた増えてるな…。迷路になってるじゃねーか」
久しぶりに来た神崎ウサギはバラ園がまた広くなっていることに気付く。
城に近づくには、城をぐるりと囲む、この入り組んだ迷路のような庭を抜けるしかない。
しかしこれは逆に好都合だ。
これなら多少大きく移動しても見つかりにくい。
兵士はバラ園のあちこちをうろうろとしている。
3人はトランプ兵の目をうまくかわしながら城へと近づいていく。
因幡はともかく、後ろの2人は首輪で繋がっているので離れて動くことはできない。
「!」
先頭を進んでいた因幡は立ち止まり、角を窺い、ある光景を見つけた。
「なにしてんだ? あいつら」
その小声を聞いた2人は因幡の上からそれを見る。
6人のトランプ兵が、白いバラに赤いペンキを塗っている。
その様子は酷く焦って見えた。
塗り方も非常に雑だ。
なにかピンときたのか、姫川は「もしかしたら」と悪い笑みを浮かべ、そのトランプ兵達に近づいた。
「おい、帽子屋!」
神崎ウサギも引っ張られてしまい、因幡もあとに続く。
「おまえら、もしかして間違って白のバラを植えちまったのか?」
帽子屋姫川に声をかけられた6人はギクリとして、後ろに振り返った。
「……こいつらか」
毎度おなじみ、MK5+1。
「し…、侵入者…!」
兵士・碇がトランペットを取り出そうとしたとき、帽子屋姫川は余裕の笑みを浮かべながらそれを手で制した。
「おっと、ここで仲間呼んでいいのか?」
兵士・碇の動きが止まる。
それもそのはず。
極刑を免れない場に兵士達を呼ぶわけにはいかない。
帽子屋姫川の言う通り、間違えて白のバラを植えてしまい、女王に知られる前に慌てて赤のペンキで赤のバラに塗装しているところだ。
「ぐ…っ」
兵士・碇は唸り、トランペットを下ろした。
「オレ達が言いたいことはわかるよな? バラされたくなかったら安全な道教えてもらおうか」
「帽子屋」
「ついでに誰かこの鎖の外し方教えてくれるとありがたいんだけど…」
「帽子屋」
「今、交渉中だから黙ってろ」
「帽子屋!!」
「なん…」
自分を呼び続ける因幡に苛立ち、姫川は後ろに振り返り、口を噤んだ。
ハートの兵隊・レッドテイルに武器を向けられ、手を上げて降参のポーズをとっている神崎と因幡の姿がそこにあったからだ。
「そいつら囮だ」
因幡の言葉に帽子屋姫川はトランプ兵達の顔を見る。
本人達も囮にされていたとは気付かなかったのか、なぜバレたのか、と真っ青な顔色だ。
「手を上げた方がいいわよ」
兵士・邦枝は剣先を帽子屋姫川の喉元に突きつけた。
帽子屋姫川も諦めて手を上げる。
すると、兵士・大森が鎖を巧みに操り、3人をその場に背中合わせに縛り上げた。
3人はぶつかった勢いでその場に尻餅をつく。
ハートの兵隊達がトランペットを取り出し、吹き鳴らすと、城の正門の扉が開き、他のトランプの兵隊達が、女王コハルが腰掛ける赤い大きな椅子を担いでこちらにやってきた。
「ハートの女王陛下のお出ましー!!」
女王コハルは妖艶な笑みを浮かべ、その腕にはすやすやと眠るベル坊を抱えている。
「お待ちください女王様!! そのコだけは…!!」
正門から走ってきたのは、公爵夫人・ヒルダだ。
慌てて女王に駆け寄ろうとした夫人ヒルダの前にトランプ兵が立ち塞がる。
「そのコはまだ赤子です! 殿方とのリンクは…」
女王コハルはバラ柄の扇子を取り出し、口元を隠して気品に笑い、夫人ヒルダを見下す。
「裁判で決まったことです。私が勝利し、あなたが敗北した。このコは素敵な殿方と結ばれることでしょう。赤子は大きくなるもの…。私が、成長を見守る素敵な殿方を見つけて差し上げます」
「あの2人、キャラ崩壊もいいところだろ」
因幡はその光景を眺め、唖然としていた。
女王コハルがこちらに顔を向け、「あら、あなた達が来てくださったの」と嬉しげに微笑んだ。
「あらあら、すっかり仲良くなられて…」
「冗談じゃねえっ!!」と神崎ウサギ。
「こっちは生活が不便でガマンならねえんだよ!!」と帽子屋姫川。
「私になにか御用? わざわざ不服を言いに来たわけではないのでしょう?」
「オレはここから出たい」
「「このうざってえ鎖外せ!!」」
因幡に続き、神崎ウサギと帽子屋姫川が要求する。
「おーっほっほ。お断りするざます!!」
「キャラ固定してください女王様ッ!!」
因幡は思わずつっこむ。
すると、女王コハルは因幡をじっと見つめ、先端にバラの花がついた杖を取り出した。
「公爵夫人、案外すぐに見つかりましたよ。素敵な殿方」
「は?」
「あなたもその2人と同じく、バラの鎖で結ばれなさい」
杖のバラから飛んできた1枚の花弁。
それは因幡の首元に貼り付き、銀の首輪となった。
「なんだこの首輪…!?」
因幡は首輪を外そうとするが、首に食い込んで隙間に指を入れることもできない。
「この国の法律を御存知?「女王に見初められた殿方は、見合う殿方と生涯を共にする」。この法律を破った者は、首を刎ねます。首輪ごと」
「ムチャクチャな法律だな…。そんなことしてなんの意味が…」
「意味? 女王が満たされる! これ以上どんな意味を求めるのですか? 私はバラを愛してます」
(そっちのバラ!?)
ガーン、とショックを受ける因幡。
「オレ達の知ってる女王は、そんな身勝手な理由でこの国の住民達を振りまわしたりなんてしなかった! バラだって、赤じゃなくて、白が好きだった!」
帽子屋姫川の言葉に、女王コハルは扇子で嘲笑を隠す。
「あなた達は元からお互いその気があったのでしょう? 私は背中を押してあげただけですよ」
「いらねえ世話なんだよ!!」
神崎ウサギは怒鳴った。
聞き分けのない3人に、女王コハルはため息をつく。
「素直じゃないですね…。鎖の長さを零距離にしましょうか? その前に、その殿方とこのコを繋げなければ…」
すやすやと眠るベル坊に首輪がつけられた。
あとは鎖で繋ぐだけ。
ベル坊の首輪からヘビのように伸びた鎖が因幡の首輪へと向かう。
「アンタはオレの母親と似てるが別物だな。確かに勝手すぎるし、見る目がねえ。オレは一応、体は女だ!!」
パアン!!
性別の誤認を認めたのか、因幡の首輪と伸びてきた鎖が風船のように破裂した。
女王コハルが驚いている隙に、帽子屋姫川は首を振って帽子を地面に落とした。
「起きろネズミ!!」
神崎ウサギが落ちた帽子に怒鳴ると、中から城山ネズミが出て来た。
「はっ!! 三月兎さんのピンチ…!!」
神崎ウサギのピンチを察し、城山ネズミは3人を縛る鎖を噛み砕いて外した。
「女王を取り押さえるぞ」と帽子屋姫川。
「気が進まねえけどな」と因幡。
解放された因幡達は女王達と向かい合う。
「たった3人でこの人数に勝てるとでも?」
正門から続々とトランプの兵隊たちが駆けつけてくる。
1000を越える兵隊では多勢に無勢だ。
それでも立ち向かおうとする因幡の前に、あの男が現れる。
「簡単に捕まっちゃ、面白くないじゃん」
「! チェシャネコ! てめー、今までどこに…」
「人不足かと思って、法律反対派を連れて来たよ」
茂みから現れたのは、今まで出会った国の住民達だ。
東条トカゲ、真田兄弟、門番、そして…、
「芋虫…、羽化したのか」
神崎ウサギはその姿を見てそう言った。
「おかげさまでな」
早乙女芋虫の背中には、灰色の蝶の羽が生えていた。
3cmの。
「羽ちっさ!!」と神崎ウサギ。
「羽の色悪っ!!!!」と帽子屋姫川。
「タバコの吸いすぎっ!!」と因幡。
「飛んで帰るぞクソったれ共!! 助けに来てやったってのに!!」と早乙女芋虫。
手強い相手だと知っているのか、女王コハルの顔色が変わる。
「あなたまで出しゃばってくるとはね…。トカゲさんと繋げてあげましょうか?」
「そろそろてめーには目を覚ましてもらわねーとな…。グリフォン!!」
早乙女芋虫が呼ぶと、上空から翼をはばたかせ、男鹿そっくりのグリフォンが舞い降りた。
「ようやくオレの出番か? 待ちくたびれたぜ」
顔の紋様は、全開モードだ。
「行きなさい!!」
女王コハルが声をかけると、トランプ兵達は一斉に突撃した。
数人増えたというだけなのに、因幡達は次々とトランプ兵をなぎ倒していく。
「…っ!」
焦りを覚えた女王コハルが杖を一振りすると、庭中のバラが急速に伸びて生き物のように動き、因幡達に襲いかかり、ほとんどがその茨に胴体を縛られてしまう。
男鹿グリフォンと早乙女芋虫、因幡だけが残され、
「しま…っ」
避けながら女王コハルに突っ込んでいた因幡も、右足首を絡めとられ、逆さまに宙に浮かされた。
「さあ、首を刎ねましょうか」
その笑顔に悪寒を覚えた。
なにか手はないのか。
因幡は考えた。
そこでふと思いついた可能性。
「…女王様、最後にひとつだけ…」
「……なにかしら?」
最期の言葉と思ったのか、女王コハルは発言の許可を出す。
「『バラ』が大好きな女王様は、どうして繋げた者達を傍に置かなかったのですか? 自分の目の前で鑑賞しなかった理由を知りたい」
解答に困ったのか、一瞬女王コハルの目が泳ぐ。
「……リンクした者達は、水晶を通してその私生活を見るだけで楽しめました。それに反逆を起こされ、寝首を掻かれる危険がありましたからね」
因幡はニヤリと笑った。
「正直に答えたらどーですか?」
宙を蹴り、反動をつけて帽子屋姫川を縛る茨に左足を絡ませ、体をひねって神崎ウサギに目掛けて振る。
「え!?」
「うわ!!」
ぶつかった2人は当然釣り糸のように絡まってしまい、密着した状態になる。
体には茨のトゲが食い込み、もがくたびに服もところどころが破れてしまう。
「痛つ…っ、い、いきなりなにしやがんだ!!」
「動くな帽子屋! あ…ッ、痛…! く…っ」
その光景を目にした女王コハルは、
「あ…」
ガハッ!!
吐血(鼻血)。
「女王様あああああ!!」
トランプ兵達が叫ぶ。
「吐くから直視できなかったってさ!」
たとえ性格が違っていようとも、『バラ』が好きという共通点があるのなら、その弱点も共通しているのではないかと、因幡の考えは当たった。
自力で茨から抜け出した因幡は、女王コハルの手から落ちた杖をつかみ、
「こんなもの!!」
右膝で2つに叩き折り、先端のバラを踏みつぶした。
すると、繋がっている者達の首輪と鎖がすべて破裂して消えた。
「…このバラが原因だったか…」
しゃがんで、塵となって消えゆくバラを見下ろす早乙女芋虫。
因幡は心配になって女王コハルに近づき、具合を見た。
母親に酷似しているだけに憎めなかった。
しばらくして、女王コハルは意識を取り戻し、キョトンとした顔で辺りを見回した。
「あら…、どうしたのですか?」
「どうしたって…」
とぼけている様子ではない。
その顔つきは、普段の母親となにも変わらなかった。
すべてを悟った早乙女芋虫は説明する。
「“魅惑のバラ”に見せられちまったんだな…。欲望を爆発させる危険なバラだ」
白いバラの中にたった1本だけ花を咲かせていた深紅のバラ。
女王コハルはそのバラに魅入られ、身勝手な法律を作ってしまったのだという。
事情を聞いた女王コハルは自分の過ちを国民に謝り、「意識がなかったのはとても残念」とボソリと口にし、因幡達に呆れられた。
城山ネズミに茨を解いてもらった神崎ウサギと帽子屋姫川は、首輪がはめられていた首元を擦った。
これでずっと近くにいなくてもいいのだが、
「これで自由だ。一緒に住まなくてもいいし、毎日てめーのツラを拝まなくて済む…」
神崎ウサギは小さく笑いつつ、寂しげに目を伏せていた。
「……オレの家、出て行くのか?」
「……………」
「……………」
少し間を置いて、口を開く。
「……茶会…」
「ん?」
「……すっかり日課になっちまったからなぁ…。おまえの淹れる茶、けっこう好きだし…」
「……茶会が飽きるまで、いればいいじゃねえか」
「帽子屋…」
見えない鎖が、まだ2人を繋いでいるようだ。
「女王様、吐血中悪いけど、オレを外の世界に帰してくれないか?」
「そ、そうね」
古市ウサギにハンカチを渡された女王コハルは口元を拭き、「それでは…」と因幡の肩をつかむ。
「…?」
そのままの状態でいると、周りの景色や住民達が次々と消えていく。
女王コハルは息を大きく吸い、言葉とともに吐き出した。
「起きて桃ちゃ―――ん!!!」
「はぁっ!!」
びっくりして飛び起きると、自分の部屋であることが認識できた。
目の前には、目の下に隈を作って今にも泣きそうな母親・コハルの顔がある。
「ど…、どうしたの母さん」
カーテンの閉まった窓を一瞥し、まだ光りが差していないことを見、枕元に置いていたケータイで時間を確認する。
午前2:45。
まだ夜中だ。
明日学校がある娘を叩き起こす時間帯ではない。
「……どうしたの、母さん」
因幡は再度尋ねる。
「今度掲載する番外編のストーリーに行き詰ってるの~。ネタが…、ネタが浮かばないぃぃぃっ」
マジ泣きだ。
「……!」
因幡は口にする。
「アリスのパロディなんてどう? 主人公の2人を帽子屋と三月兎にして…」
その時、因幡の髪に付着していた赤いバラの花弁が1枚、はらりとシーツの上に落ちた。
数日後、掲載されたそのストーリー(18禁)は大好評だったそうな。
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