★ラビット・エクストラ★
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
この町は、たまに勢力争いをする輩で騒がしくなる。
野蛮なギャングチーム同士による抗争。
警察も手を出すのも億劫になるほどだ。
撤廃は難しいほど多く、1つ潰れても新しく増えるのでキリがない。
物騒だな、関わりたくないな、面倒だ、とずっと考えていたことだ。
なのに、ボクは新たに設立されたギャングチームに入るか入らないかの瀬戸際に立たされていた。
「稲荷さん稲荷さん!」
人懐こい顔で近づいてきたのは、ボクをその物騒な軍団の中に引き入れようとしている、豊川夕斗だ。
その様子は、じいちゃんの家で飼っている忠犬コンタを思い出す。
「……………」
それについてきた大柄の男は、豊川の幼馴染の伏見だ。
こうして見ると、西郷隆盛とその犬が重なる。
家についてこられるのも困るので、カフェでもファミレスでもどこでもいいから話だけでも聞こうとして連れてこられたのが、彼らがアジトに使っている小さな廃工場だ。
「だから、ボクはどこにもつく気はないし、ましてやギャングチームなんて冗談じゃないよ。血生臭いのは嫌いだ」
「そう言わずにお願いしますよ。せっかく強いのにもったいないっス!」
もったいないと言われても喧嘩に使う気は一切ない。
「豊川…、無理強い…するな」
「伏見、おまえからも頼めって。この人引き込んでおかないと他のチームに取られちまうだろ」
だからどのチームにも入る気はないって。
「……本当にそいつが…『ラクーンドッグ』の奴らを…倒したのか?」
半信半疑の目だ。
「本当だって! 鉄パイプを振り回して容赦なく一撃でブッ倒したのをちゃんとこの目で見たんだからな!」
豊川は自身の目を指さして訴える。
「……………」
ボクは小さく震える手を見つめた。
得物を使って人を撲りつけた時の衝撃。
なぜだろう。
血が騒ぐような気分だった。
はっとして落ち着かせるように手を握りしめる。
「とにかく、抗争なんて危ないことはしたくない。ボクは家族と学校では優等生で通してきてるんだ。清明高校に通ってるボクがそんな変なチームに入ったなんて知られたら…。周りに迷惑はかけられない」
「……清明高か…。確かに問題は…起こしたくないはずだ…」
伏見は理解力がある。
「バレないようにリーダーしてくれたら問題ないです!」
いい笑顔で言うな、こいつは。
「キミがリーダーでいいじゃないかもう」
「いや…、オレの力じゃとても…。あ、じゃあ稽古つけてくださいよっ。オレがリーダーにふさわしいくらいに強くなったら諦めます!」
稽古といっても、ボクは何をしたわけでもない。
この『目』が相手の動きを教えてくれるんだ。
そう言っても信じてくれるわけがないだろうし、断ったら次の手を考えてくるだろう。
「……はぁ」
数日後。
「うりゃあああ!!」
豊川が鉄パイプを手にボクに全力で挑んでくる。
ボクはテスト期間中なのでソファーに座って豊川の相手をしながらテスト範囲を暗記していた。
どういう状況かと言うと、片手に持った鉄パイプで豊川の攻撃をいなしながら、もう片方の手で教科書を持っている状態だ。
最初は唖然としていた伏見も、今は慣れてボクの隣に座りながら雑誌を読んでいる。
傍から見ればシュールな光景だ。
「わざわざ…約束を…守ることも…ないだろう……」
「キミ達が家に押し寄せてくるのが恐ろしいからね」
ほぼ棒読みで言い返す。
そう、別に付き合う必要なんてなかったんだ。
ボクも3日で飽きるかと思ったが、めげずに打ち込んでくる豊川を相手にするのが割と面白い。
「どーしてここまでして野蛮なチームを作りたがるのか、そろそろ教えてくれる? 流行ってんの?」
疲れ切った豊川が床に倒れて休憩している間に切り出す。
伏見が雑誌から顔を上げた。
「この町は…昔からそうだ…。群れて…暴れては…自己を…主張し続けている…」
「もう伝統みたいなもの?」
「ああ…。豊川が…目指すのは…てっぺんだ…。皆を束ね…、誰もが逆らうことを恐れる程の…チームを…つくること…」
「…恐怖政治?」
「…そうだ。…一般市民を巻き込むギャングが…、豊川は…許せない……」
つまり、カツアゲとか密売とか、他人を巻き込むクズ集団を潰したいわけか。
一般市民の味方であるはずの警察はもう当てにはしていないのだろう。
まさに毒を以て毒を制す。
「…似合わないね」
「ああ…、でも…それが…奴らしいんだ…」
豊川をよく知る伏見は口元を緩ませて言った。
そしてその数日後、豊川が『ラクーンドッグ』の奴らに捕まった。
カツアゲに使おうとしていた連中がリーダーに言ったのだろう。
豊川のケータイで呼び出されたボクと伏見。
ボクは身の内がバレないように黒いパーカーを着て、目元までフードを被り、大型駐車場に向かった。
「「!!」」
駆けつけた時には、豊川は血まみれで鉄パイプを片手に立っていた。
周りには数人の男達が倒れている。
「稲荷さん…、だいぶ…マシになったでしょう…?」
よろめく身体で豊川は笑う。
ボクに一撃も見舞わせたことがないくせに、この短期間で数人に勝てるほどには強くなっていた。
「まだ…強くなれるよ」
『ラクーンドッグ』は出来立ての少人数チームだった。
だから、潰すのは容易かった。
でも、たった3人が潰したと聞いて豊川と伏見の元に次々と入団希望者が集まった。
「チームの名は、『黒狐』。これに決まりでしょう!」
豊川は黒のマジックペンで自分の手の甲に狐のマークを描いた。
「いつかは本当に彫るんだ」としたり顔で語る。
「なんでキツネ?」
「リーダーの稲荷さんの顔、キツネっぽいし、腹黒そうだし」
「あはは。面白いことを言ってくれるな、豊川」
背中に鉄パイプを隠して豊川に近づいた。
「すぐに謝れ豊川!!」
1年後には『黒狐』は潰したチームの数だけ勢力が拡大していた。
未だに家族と学校にはボクが有名なギャングのリーダーだとバレていない。
今日の夜も無人の工事現場で抗争チームを1つ潰してやった。
倒れた奴らを見て、口元が自然と弧を描く。
ああ、そうか。
やはりボクは楽しんでいるんだ。
ボクの呪いが喜んでいるんだ。
我慢せずに力を解放されて。
ドン引きされるくらいのことをやっても誰も離れて行かない。
楽しい、楽しい、楽しい。
「チッ。先を越されたか」
「!」
上から降ってきた声に顔を上げると、鉄骨の上にいる人影を見つけた。
中学生くらいか。
中世的な顔立ちをしている。
「まぁ、いいけど。うちのリーダーの機嫌が悪くなるだろうな」
「キミ、どこのチーム?」
ボクはフードで顔を隠したまま尋ねる。
「『夜叉』」
「…最近有名だね。いずれ潰そうと思ってるところだ」
「ブッ転がされないよう、夜道には気を付けた方がいいぜ。調子づいてると周りが見えなくなっちまうからな」
互いに挑発を飛ばし、そいつは去っていく。
まるでウサギが月に帰るような軽やかなジャンプだった。
.