★ラビット・エクストラ★
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ボクは生まれながら呪われていた。
生まれた時から、「普通」が許されなかった。
ボクが悪いわけじゃないのに。
「あぶないぞーっ!!」
近くの公園を通りかかったらそんな声が聞こえた。
草野球をしている人たちだ。
「!」
目の端に映ったスローモーションで近づく丸い影。
ああ、なんだボールか、とつかんだ途端、手に走った衝撃にびっくりした。
硬球だ。
頭に当たったらシャレにならない。
「すみませーんっ!」
勢いのいいホームランを打ってしまった子どもが駆け寄ってくる。
ボクは文句も言わずに硬球を返した。
遠くでざわざわと声が聞こえる。
「いい反射神経だな」、「振り向かずにボールをとったぞ」、「すげぇ」と。
ボクがその気になって野球チームに入ったら、甲子園も夢ではないだろう。
だけど、あまりにも異常で誰もついてこなくなる。
そんなのは、『目』を使わなくても見えていた。
懸命に野球を上手くなろうとする子どもの背中を見送り、今日もフラフラと町へと歩き出す。
人ごみが多いと目が疲れる。
この『目』が見えすぎるせいだ。
視力は1キロ先に飛んでいるハエを見つけるほど。
それだけなく、高速で走るものはゆっくりと見え、嘘をつけばポーカーフェイスをしてようが見抜くことができる。
便利そうだが、体への負担がかかる。
だから普段は目を細めて視界を狭くしている。
この『目』はボクが望んだわけじゃない。
最初に言った通り、呪いだ。
十数年前、母さんの腹に赤ん坊(つまりボク)が出来たと知ったじいちゃんと父さんは、2人してボクが無事に生まれるようお百度参りをしたそうだ。
そんな2人がお百度参りに選んだのは、近所にある、キツネを祀った神社だ。
社寺の入口から拝殿・本堂まで行って参拝し、また社寺の入口まで戻るということを百度繰り返すこと。
2人は本気で100回の参拝をやり遂げた。
しかし、問題はその最後だ。
父さんひとりに任せればいいのに、無理して運動したじいちゃん(当時90歳)は、疲労困憊の状態で最後の参拝をしようとしていた。
賽銭箱に小銭を投げて鈴を鳴らそうとした時、誤って全体重をかけて紐を思いっきり引っ張ってしまい、鈴が外れてしまったのだ。
綱引きか。
その鈴は、近くにあったキツネの石像に当たってしまい、顔面を破壊してしまう。
慌てた父さんは急いでコンビニで接着剤を買ってきて石像を修復しようとしたが戻らない。
どうしようもなくなったじいちゃんはあろうことか、「これで許してくだしゃい。南無南無」と自分の入れ歯を生贄に許してもらおうとしたのだ。
落ち着け、誰がじいさん使用済みの入れ歯なんか欲しがるか。
神様でも困惑するよ。
だけどボクは無事に生まれてしまった。
キツネの怒りつきで。
逆恨みも甚だしい。
100歳越えて未だ存命のボケたじいちゃんから聞いた話を思い出しただけでも腹立たしい。
やってしまった本人は笑い話にしてるし。
呪いは『目』だけじゃない。
お揚げを見ると無性に食べたくなる。
墓前に供えられたいなり寿司を取りそうになったこともあったが、なんとかプライドが勝利した。
それと、家庭も裕福で無駄に頭が良かったり、運動もできて容姿も悪くなかったり。
自慢話に聞こえるかもしれないが、これが恐ろしいくらい生活を退屈にさせるスキルなのだ。
「つまんないな」
異常を感じた奴らはことごとく離れてった。
おかげで愚痴を言う相手もいない。
「うぐっ」
「…!」
通過した路地から聞こえた呻き声に立ち止まり、数歩後ろ歩きしてのぞくと、ブレザーを着た中学生くらいの子どもが柄の悪そうな高校生数人に絡まれていた。
中坊がぶつかったポリバケツからゴミが散乱している。
中坊は鼻血を手の甲で拭い、目の前の高校生を睨みつけた。
中坊相手におかまいなく、高校生たちはその手に鉄パイプなどの得物を持っている。
不良か?
この辺りじゃ珍しいな。
無駄なトラブルは避けて優等生な暮らしをしているボクにとっては理解できない種類だ。
「なんで金持ってねーんだよ」
「最近の中坊は金持ってるっつーのによー」
「この辺金持ちの住宅街が近いからカモれると思ったのに」
カツアゲだ、初めて見た。
しかも高校生が中坊相手に情けなくないのか。
「てめーらが勝手に絡んできたくせにブツブツ言ってんじゃねーよ!!「カツアゲは犯罪だ」って先公に教わってないのかよバカが!!」
人数や暴力に怯まず、中坊ががなる。挑発してどうする。
「ああ? 何こいつ、年上に向かって生意気」
「ぐ!!」
横っ面を蹴飛ばされた。
大人しくしていればいいのに。
「オレ達に逆らわねえ方がいいぞ。オレ達はここらじゃ伝説のギャングチーム『ラクーンドッグ』だ」
「目ぇつけられたくなきゃ、今からオレ達の代わりにカツアゲして金持ってこいよ」
「逃げられるとか思うなよ。てめー、中坊なら学生証持ってんだろ?」
「や、やめろ!! 探んなキモチわりぃ!!」
勝手にポケットを探られ、暴れる中坊。
すると、その拍子に飛び出した学生証がボクの足下に落ちた。
「「「「「あ」」」」」
見つかってしまった。気まずい空気になりつつ、ボクは学生証を拾う。
豊川夕斗…。
飯綱中か。
柄の悪い中学校だと噂されているな。
「誰だてめぇは」
「見てんじゃねえよ」
関わり合いにはなりたくなかったが。
このままUターンして町に戻っても文句を言うのはボロボロの中坊・豊川だけだ。
豊川は「誰だ」と訝しげにボクを見つめる。
「ちょうどいいや、おい、こいつから金巻き上げてみろよ」
「そうだそうだ。いいカモじゃねーか、オレ達が逃げねえように見張ってやるからよ」
取り囲まれそうになったので後ろに一歩引きさがり、いつでも逃げれるようにする。
顔を覚えられる前にここから離れなければ。
「…ヤだよ」
「あ?」
豊川は反抗を続けた。
「アンタ、早く逃げなよ。誰も呼ばなくていいし、見なかったことにしてくれていいから」
豊川と目が合う。
少し怯えているように見えたが、カッコをつけたくて言ってるわけではなかった。
何こいつバカじゃないのか。
ボクがこの後逃げたらどうなるかくらいわかるだろ。
「ほら! 早く!!」
怒鳴ったと同時に豊川は勢いよく立ち上がり、目の前の高校生から鉄パイプを奪った。
「うああああ!!」
がむしゃらに振り回し、高校生を散らす。
「うお、危ねぇ!!」
「チッ! 反抗してんじゃねえよコラァ!!!」
他の高校生たちが一斉に豊川に襲いかかる。
これは詰んだな、と確信すると同時に、ボクは横から豊川の鉄パイプを取った。
「ちょっと貸して」
「え」
*****
じいちゃん、父さん、母さん、ごめんなさい、やらかしました。
初めて人のケンカに手を出してしまった。
倒れた高校生の背中に座るボクは顔を両手で覆って懺悔した。
幼い頃から自分の備わっている力は絶対悪用しないと誓ったはずなのに、常識ある学生でありながら数人の高校生を鉄パイプでボコボコにしてしまった。
ちなみにボクは無傷だ。
立ち上がる者は誰もおらず、呻き声を漏らしているだけだ。
豊川は唖然とボクを見つめていた。
痛い視線だ。
居た堪れなくなり、早くいつもの日常に戻ろうと立ち上がった。
とりあえず中坊は助けた。
都合の悪い噂が立つ前に立ち去らなければ。
「そ、それじゃあ…」
それでバイバイのはずだった。
なのに、豊川はボクの右手を両手でつかんで引き止める。
「!?」
「アンタスゲェ!!!!」
「…は?」
なんだこの輝かしい目は。
「なぁなぁ!! どうしたらそんな強くなれるんだよ!! 教えてよ!! つうか舎弟にしてください!!」
意味がわかりません。
外そうとするがこいつけっこう力がある。
全力か。
「豊川!!」
戸惑っていると、かなり大柄の男が路地に入ってきた。
豊川と同じブレザーを着ていると言う事は、こいつも中坊か。
見えないよ、何食ったらそんなデカくなるんだ。
「あ、伏見!」
伏見と言う中坊は豊川の連れのようだ。
倒れた高校生数人、目を輝かせる友人、困惑するボク。
「………どういう…状況だ? 誰だ?」
「……どうも、稲荷秋久…です」
とりあえず礼儀として挨拶しておいた。
これがボク達の出会い。
「稲荷さんって言うんですか!! 突然ですがオレ達のチームに入ってください!! リーダーで!!」
本当に突然だな。
しかも理由も聞かされず大役だ。
「断るから」
「大丈夫ですよ、伏見はこう見えて図体がデカい割にいいヤツなんで!」
その大丈夫じゃない。
伏見のことはどうでもいい。
「オレ達と一緒に最強最悪なギャングチームつくりましょうよ!!」
眩しいくらい笑顔なのにえげつない勧誘が口から飛び出したぞ。
退屈な日常から一歩踏み出せばコレだ。
ロクなことがない。
豊川は犬のように懐いてきて、伏見は止めもせずにポカンと傍観している。
誰もボクを助けてはくれないようだ。
「これも呪いかな…」
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