★ラビット・エクストラ★
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魔界大戦の最中、主人を失った私はひとり魔界を放浪していた。
仕えていた主人は、侍女悪魔である私と屋敷を捨てて逃げてしまった。
その日から私は独りだった。
抜け殻のように。
身を寄せるところは、どこにもなかった。
相手に夢を見せる魔術を持っていたのに、まるで悪夢の中にいるようだった。
「!」
森の洞窟で一休みしていると、入口からこちらを窺っている幼い子どもがいた。
不思議そうな、わずかに警戒している顔で。
こんなところに、私のような者がいることを奇妙に思っているのだろう。
私は微笑んで声をかける。
「あなたも、独りなの?」
*****
そして、行き場のなかった私達は、ある一族の者に目をつけられた。
それが卯月家だ。
「これからあなたには、重要人物に仕えてもらいます」
出会った時は目を疑った。
新しい主人とは、まだ1歳にも満たない赤ん坊だったからだ。
髪は白く、揺りかごの中でスヤスヤと安らかな寝息を立てて眠っている。
名前は、「コハル」というらしい。
前の主人は年配の男だったので、赤子の少女にどうして接していいのか最初は戸惑った。
コハル様と、その許嫁であるフユマ様は、『うさぎ小屋』である屋敷に隔離して育てられた。
コハル様に仕えるとともに、私には一族の者から忠告を受けていた。
けっして、コハル様を外(人間界)に出さないこと。
門の外には卯月の長が張り巡らせた罠が待ち構えている。
一歩でも門の外に出れば、その罠が発動して牙を剥くだろう。
厳重な檻であるこの屋敷の中で、一生を経なくてはならないとのことだ。
名の通り、ここは『うさぎ小屋』。
ただ飼われるための囲い。
人間であるはずなのに、普通の日常を送ることを許されない子ども達。
代々受け継がれてきたものを継承すれば親と接することも、学校に通うことも、他の人間と交流もできない。
日々を過ごし、親のような愛情を注ぐほど哀れに思えた。
ある日、4つになられたコハル様とフユマ様に挟まれて植物の本を読んでいた時だ。
「これは?」
「チューリップでございます」
「これは?」
「薔薇でございます」
「んー…、それじゃ、コレは?」
「ひまわりでございます」
ここにはない花ばかり。
だから、卯月の者にお願いして花を種をもらい、庭に植えて育てていた。
どうして花など、と卯月の者に鼻で笑われたが、彩りたくなるほどこの屋敷が殺風景だったからだ。
それに、本当に動物のように育ってしまわないように、本家の書斎から本を拝借することもあった。
この本もその一つだ。
「それじゃあ…、あなたは?」
「え」
コハル様が私を指さして首を傾げた。
私は目を丸くした。
何を聞いているのかと思えば、「あなたの、名前は?」と尋ねられた。
「私は……―――」
そういえば、しばらく名前を呼ばれていない。
聞かれることもなかった。
思い出せば出てくる名前なのだろうが、それは前の主人につけられた名前で、とうの昔に自身とともに捨てられたものだ。
「……―――コハル様が、お決めください」
私の今の主人は、あなたなのですから。
「ん―――…とね」
コハル様は本のページをめくり、指さす。
「サクラ」
「桜…ですか? それはどうして?」
「春に咲く花でしょう? 私に「春」の名前があるから、あなたは「桜」。それに、心の美しさを意味しているものでもあるんでしょう?」
「……ありがとうございます…」
外見は、幻術が見せる仮の姿。
それはコハル様も知っている。
だからこそ、内面の美しさを強調している桜に決めたのだろう。
それが、とても嬉しかった。
それから数年後、10歳になったばかりのコハル様はある日、しゃがんで庭にある小さな池の水面を見つめていた。
水面にはカードのようなものが浮かんでいた。
「コハル様、何を…。!」
水面を見ると、見慣れない光景が映し出されていた。
バス停、駅、カフェ、学校…。
一部一部映し出されるが、本で見たことがある人間界だ。
「これは……」
「あ、サクラ」
興味津々に見下ろしていたコハル様は私に気が付き、こちらに振り向いた。
けれどまた水面に視線を移す。
「見て。これが人間界よ」
「どうして池にこれが…」
「えへへ」
悪戯っぽく笑うコハル様は、魔言の文字が書かれたカードを見せつけた。
「“クライムカード(罪作りの札)”の一つ、“ピープ”。まあ、様子を映しだす札よ」
「……………」
シロトを受け継いでいるとはいえ、人間なのに持ち合わせている魔力と魔言の才能は一族の中でトップクラスとは知っていたが、こんなハイレベルの魔言まで扱えるとは思わなかった。
その魔言が気に入ったのか、前にも、かくれんぼをしていて姿を消すカードも使っていたことを思い出す。
すべて私がたまに持ち込む本に書かれていることを真似しただけだという。
無邪気な顔をして末恐ろしく感じた。
よく魔力制御の訓練でフユマ様がコハル様に泣かされているが、フユマ様が弱いのではなく、コハル様が強すぎるのだと改めて思い知る。
「みんな、楽しそうね…」
コハル様は、制服姿でお喋りをしながら家路をたどる人間の学生を見て羨むように呟いた。
これ以上興味を引き付けてしまわないように止めるべきなのだろうが、私も横に座ってそれを見下ろす。
魔界とは違って、特に日本は平穏な場所だ。
コハル様も、この平穏の中に混ざりたいのだろう。
はっとした私は頭によぎったものを払うように首を振った。
コハル様を、ここから出してはならない。
一歩も。
それが私を拾ってくれた卯月との約束だ。
恩を仇で返すようなマネはできない。
「サクラ、あの子たちが読んでるあの本は何?」
「え?」
指をさされた方向を見ると、先程の学生たちが書店に立ち寄り、立ち読みをしていた。
絵本より複雑で、コマ割りされ、人物たちが動いているように表現されたあの本の名称は確か。
「漫画…でございましたか…」
「漫画…。ねえ、何か一冊でもいいから持ってきて」
「え」
「お願い、サクラ! あの人達、なんだかとっても面白そうに読んでるの!」
大きな目を輝かせてねだるコハル様。
この汚れのない目に、どうも弱い。
おねだりは子どもの特権。
「か…、かしこまりました…」
当然ながら漫画など書斎にあるはずがなく、その日は数十冊の本で我慢してもらい、明日行動に移すことにした。
その翌日、ダメ元で門外のトラップに幻術をかけたところ。
「……嘘でしょ?」
トラップであるはずの茨は、ピクリとも動かなかった。
誰もいないと判断したようだ。
初めて人間界に足を踏み入れた瞬間だった。
幻術で変装して書店に立ち寄り、買えるだけの少女漫画を買って持ち帰ったところ、コハル様は大喜びされた。
次の日、私は後悔することになる。
「サクラ…!! この本の続き読みたい…!!」
「!!?」
コハル様が突き付けたのは、男同士が抱き合ったイラストが描かれた漫画だった。
少女漫画にはこのようなものがあるのかと未知の世界を知ってしまい、同時に、コハル様に未知の扉を開けさせてしまった。
そして、また月日が流れ、コハル様が16を迎えようとしていた時期に、事が起きた。
「サクラ!! お願い!! 私をここから連れ出して…!!」
コハル様の異変に気付いたのか、屋敷中も騒がしくなってきた。
彼女は一体、何を知ってしまったのだろうか。
まだ子どもであるはずなのに、こぼしてはならない重荷を背負い込んでしまったような顔だった。
コハル様は私の手を取り、促すように引っ張った。
「サクラ…!! 一緒にここから逃げましょう…!! 一緒に、人間界へ…!!」
「一緒に」。
あの時、聞きたかった言葉だ。
「……………―――コハル様」
私は手をとり、跪いた。
「私は、いつでもあなたと共に…―――」
今の主人は、コハル様ただ一人。
飼い犬に手を噛まれたと罵られようが、コハル様が私に縋ってくださるなら、それに応えるまで。
それにコハル様、実は私も密かに憧れていました。
人間の世界に。
そこであなたに本物の「桜」を見せてさしあげたい。
「さあ、参りましょう」
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