★ラビット・エクストラ★
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物心がついて、クロトを継承されてから親の顔を見た覚えがない。
オレ様は生まれた時から、ずっと『うさぎ小屋』で飼われるように過ごしていた。
親、兄弟、親戚、従兄弟…、血の繋がりはたくさんいるはずなのに、クロトの継承者ってだけで隔離され、外に出ることは許されなかった。
傍には、仕える悪魔と、女がいた。
いとこの、コハルちゃんだ。
彼女もオレ様と同じ、継承者。
シロトを宿す素質ある人間だ。
「うわあああああん!!」
思い返せば、泣かされていた思い出しかない。
力の差は歴然としていた。
自分の魔力をコントロールするために実戦訓練をさせられていたが、コハルちゃんに勝ったことは一度もない。
「フユマの泣き虫っ。どうしてこんな基礎的な魔言もできないの? すぐに終わっちゃうじゃない。自分の本来の力だってうまく使いこなせてないし…」
「コハル様」
侍女悪魔のサクラはコハルちゃんをたしなめるが、コハルちゃんは反省しなかった。
それでもコハルちゃんの事は嫌いじゃなかった。
彼女が唯一のオレ様の知る身内。
同じ年頃だったが、オレ様は「コハル姉ちゃん」と姉のように慕っていた。
愛情を覚えたのも、コハルちゃんが初めて。
そうなるように囲われているのは、のちに知った。
オレ達は生まれた時から婚約する宿命となっていたことも。
コハルちゃんが16になっても異変が起きなければ、オレ達は一族の決定通り、長であるジジ様の御前で婚約の儀を執り行い、めでたく夫婦となる。
そして、一族もさらなる富と名声を手に入れることが出来るだろう。
たまにうさぎ小屋にやってくる一族の者から聞かされたことだ。
オレ達に卯月の未来がかかっている、と。
オレ達が一族の救世主になるのだ、と。
一族にとって、一番期待がかかっていたのはコハルちゃんの方だった。
シロトは女にしか継げず、過去の女の継承者は、15になる前にシロトと馴染めきれず拒絶反応が起こり、ことごとく婚約が先延ばしになってしまったのだった。
オレ達で21代目。
今まで20回も失敗に終わっているのだ。
オレ様が恐れたのは、その失敗でコハルちゃんの身に何かが起きることだった。
しかし、その心配も不要だった。
コハルちゃんは見事、15を迎えてもシロトを物とした初めての女性継承者となったからだ。
一族もジジ様も大いに喜んだ。
オレ様も安心していた。
なのに、彼女はオレ様を裏切った。
「コハル姉ちゃん?」
その日、オレ様は、庭から門へと何かから逃げるように走るコハルちゃんとサクラを見かけ、慌てて屋敷から外へと飛び出して2人を追いかけた。
途中で、他の一族の者が点々と倒れているのを見かけた。
ケガもなくうなされているのを見て、おそらくサクラがやったのだろう。
どうして、何が起きたんだ。
走るオレ様の脳内は軽く混乱していた。
途中で廊下の窓を割って飛び降りて庭に着地し、一気に距離を縮めた。
サクラは滅多に出現させないファントムサイズを、開いた門の向こうに振り下ろし、コハルちゃんの手を引いて門の向こうへと行ってしまう。
どこ行くの。
オレを置いて、どこへ。
すぐそこまで追いついていたオレ様は必死に手を伸ばした。
「コハル姉ちゃん…!!」
待って。
お願いだから置いて行かないで。
これからもずっとオレの傍にいて。
「来ないでフユマ!!」
「え」
振り返らないコハルちゃんから拒絶の言葉を聞いた瞬間、門の周りにあるトラップが発動し、氷の茨がオレ様の喉を掻き切った。
「あ、が…っ」
「ごめんなさい」
その時初めて、コハルちゃんの謝罪の言葉を聞いたんだ。
「っっ――――!!」
何を叫びたかったのか、オレ様にもわからなかった。
その虚しい叫びも、うまく発することができなかった。
数年後、オレ様は他の女との間に子どもを作った。
名前は、なごり。
22代目となるクロトの継承者だ。
生まれながらにしてその才を秘めていた。
コハルちゃんも捕まらないし、他のシロト継承者もいないのでまだ『22代目(仮)』ということになるが、オレ様と同じく、うさぎ小屋で育てられることになった。
コハルちゃんが人間界で他の男との間に子どもを作った時、誰もが22代目シロト継承者を諦めた。
そして、悪魔の禁忌の術によってユキが生み出される前に、オレの周りでまたひとつ小さな出来事があった。
自室のソファーでうたた寝していた昼下がり。
「ふええええっ」
「ん…」
すぐ傍でなごりの泣き声に起こされ、身を起こして泣きわめくなごりを抱っこしてあやす。
「どーしたなごり。オレ様の安眠を邪魔するとはいい度胸だな」
「マーマ…」
3歳になるなごりはオレ様の胸元に顔を埋めて母親を求めた。
「おい、なごりが…泣いて……」
眠る前にいたはずの母親の姿を捜すが、どこにもいない。
オレ様と、なごりと、母親が映った写真立ての前には、一枚の紙が置かれていた。
“ごめんなさい”
その一言だけ。
「パーパ…」
なごりが潤んだつぶらな瞳でオレ様を見上げた。
オレ様は小さな丸い頭を撫で、静かにその紙を見下ろす。
不思議と、怒りが湧いてこなかった。
また謝られた、またいなくなってしまった、そう思った。
数日後、なごりを抱っこしたまま、庭の池でコハルちゃんの様子を観察した。
「なごり…、コハルちゃんの子ども…―――桃ちゃんって名前だってさ…。父親似かな…? あまりコハルちゃんには似てないな…」
普通の人間の男とコハルちゃん、その間に生まれた子ども。
両親に挟まれた赤ん坊の桃ちゃんはガラガラを鳴らされ、きゃっきゃっとはしゃいでいる。
傍から見れば、誰もが夢見る幸せな家族だ。
コハルちゃんも、幸せそうだ。
映像は途中で切れてしまい、池にはなごりを抱っこしたオレ様の姿が映った。
だから、比較してしまったんだ。
オレ様と、コハルちゃんを。
ようやく現状が、理不尽であることを理解できた。
同時に、身の内に膨らんでいくのが憎しみであることも覚えた。
「ふえ…っ、ふえええええっ」
なごりが泣き声を上げる。
オレ様はぎゅっとなごりを抱きしめ、奥歯を噛みしめながら水面に映る赤い瞳と睨み合う。
「許さねぇ…」
あの日あの時、オレ様は激怒するべきだったのだ。
オレ様を見捨てたコハルちゃんに。
新しい日常の中に埋もれていたはずの小さな怨恨が、古傷の痛みとともに目を覚ます。
「オレ様だけなんて許さねえ…。謝っても、涙が涸れるまで絶望させてやる…!!」
今度はオレ様がコハルちゃんを泣かせる番だ。
数年後、オレ様の元には、なごり、ユキ、鮫島が集った。
そして、桃ちゃんにシロト継承の素質があることが判明し、満を持したオレ様は一族とともに動き出す。
まずは桃ちゃんの魔力をシロトの力が必要になるくらい限界まで引き出すこと。
そうなれば、コハルちゃんは否が応でもシロトを継承せざるを得なくなる。
平穏な日常はここまでだ。
オレ様の愛憎で壊してやる。
コハルちゃん、オレ様を見捨てた罰だ。
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