不安を胸に抱いてます。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「日頃の行いが悪いからなんて絶対思わねえぞ、オレは」
帰るための駅には、因幡を探す不良達が待ち伏せしていた。
最初に襲ってきた連中とは別の不良だ。
一致団結して因幡を倒すつもりなのだろう。
なぜ今日に限って、と舌を打つ。
姫川のマップ通り、町を駆けずり回ったのち、公園の滑り台の下に身を潜めていた。
不良達は町中に散らばり、因幡を発見したら連絡を取り合って移動しているのだろう。
今の因幡にはまさに多勢に無勢だ。
しかし、利用して逃げ切る方法はある。
女の格好をすればいいだけだ。
因幡は考える。
女装をしたとして、もじもじとしながら不良達に出くわした時のことを。
『えー、冷酷兎? なにそれ? 新種のウサギ? 桃、わかんなーい。お兄さんたちこわーい』
「さて、どうやって帰ろうかな」
考えなかった事にした。
(サラシを外した日は厄日だってことだな)
自分の中でジンクスを作る。
(まるで『逃走中』みてぇだ。この間テレビでやってたけど)
自分なら簡単に逃げ切れる、と思った番組だ。
「…そういや、今日父さん休みだったな…」
父親に頼るのは気が引けるが、サラシを持ってきてもらうか、迎えに来てもらうくらいは、とスマホを取り出した。
ちょうど、充電切れだ。
画面を点けた途端に電源が切れる。
「…っっ!!」
不運に思わずスマホを地面に叩きつけそうになったが、振りかぶったところで踏みとどまる。
平日の午前中は子どもの姿が見当たらない。
代わりにひとりキレている因幡を見つめているのは、公園のハトたちだけだ。
「ポ?」と因幡の行動に首を傾げている。
「…おまえらが伝書鳩だったらな…」
「ポ」
苦労など知る由もなく、虚しい発言にハトは呑気に返した。
「いたぞ!!」
「やべっ」
うっかり滑り台の陰から顔を出してしまった。
先程よりも大人数が駆けつけてくる。
「もう逃げられねえぞ…!」
「いつもの威勢はどーした? あ?」
「えらくカバンを大事そうに抱えてるじゃねえか。何入れてんだ?」
さすがに変に思ったのだろう。
因幡は後ずさりしながら、カバンを開けて中に入ってあるものを握りしめる。
「そんなに気になるか?」
その場にいる全員の視線がカバンに注目する。
取り出されたのは、コッペパンだ。
「「「「は?」」」」
「オレの昼食だったんだが…」
「ナメるのも大概にしろよゴラァァァ!!!」
小馬鹿にされてブチ切れた不良達が一斉に突進してきた。
だが、何も考えずカバンを開けた因幡ではない。
コッペパンを細かく千切り、豆まきよろしく不良達に投げつけた。
「そんなもん効くわけ…」
最後の悪あがきかと嘲笑の笑みを浮かべた不良だったが、異変はすぐに起きた。
公園のハトたちが一斉に飛び立ち、コッペパン欲しさに不良達に飛びかかった。
「うわ!!」
「ハトが!!」
「いてててて!!」
「ぎゃー!! フンがーっ!!」
ハトにつつかれたり、髪の毛を引っ張られたり、フンを落とされたり、静かだった午前の公園は騒然となった。
「うはははは!! オレを捕まえようなんて千年早ぇよバァ―――カッッ!!!」
愉快に笑いながら因幡はそこから逃げ出した。
一時は凌げたが、このまま1日中逃げ回るわけにもいかない。
どうにかして帰れないかと塀の上を猫のように駆けながら考えを巡らせる。
「1回学校に戻ったほうがいいかな…」
性別がバレてしまう恐れがあるので、できれば戻りたくない。
バレてしまった時、その反応が怖いのだ。
態度だって変わるかもしれない。
想像しただけで胸が締め付けられる思いだ。
それが仇となった。
塀から足を踏み外してしまった。
「い゛だっ」
体の前面をついてしまい、落下した拍子にカバンを手放してしまう。
「あたた…」
鼻も打ってしまったので痛そうに呻き、腹ばいでカバンを拾おうと手を伸ばした。
しかし、カバンは目の前に現れた不良に踏みつけられてしまう。
「あ…」
「見ぃつけた♪」
絶体絶命だ。
大人数の足音が近づいてくる。
(あー、オレ終わったかも…)
口元が引きつった。
両腕で胸を隠しながら、塀に追い詰められる。
そのカッコウが不審に思われ、不良達はニヤニヤとした。
「今度は胸に何を隠してんだ?」
「カバンはカモフラージュってことか」
「見せてみろよ」
「いつもの勢いが出せないくらいなんだろ!」
不良のひとりの手が因幡の胸に伸ばされる。
因幡は守るように自身をぎゅっと抱きしめた。
ゴン!!
因幡に手を伸ばした不良が倒れた。
頭にはコブが膨れ上がり、煙を上げている。
「見つけたぞ馬鹿」
「てめー、いきなり電源切ってんじゃねえよ」
「そこらへんの不良締め上げて吐かせたけどね」
現れたのは、神崎と姫川と夏目だ。
「おまえら…」
「げ!! 神崎と姫川!!」
「なんでここに…!!」
東邦神姫の2人が現れ、不良達は早くも逃げ腰になる。
その時、背後の殺気を感じ取って振り返った。
サラシと釘バットを握りしめた日向だ。
「どうも、サラシ屋DEATH(デス)」
(((((首晒される――――っっ!!!??)))))
駄々漏れる殺気に勘違いする不良達。
(父さん…)
父親だとバレないようにあえて口には出さなかった。
「受け取れ」
投げ渡されるサラシ。
ぱっと顔を輝かせた因幡はそれを宙でつかみとり、神崎と姫川と夏目は、因幡を隠すように背を向けて壁となった。
「桃矢様ふっか―――っっつ!!!」
数秒で慣れた手つきで胸に巻き付けて縛った因幡は、一気に本調子を取り戻した。
目立つ膨らみは消えている。
「な、なんだ…?」
急に元気になった因幡に不良達は怪訝な顔をするが、すぐに恐怖に歪ませた。
「ブッ転がして、いいDEATHEか?」
そこから先は因幡一人で十分だった。
ナメきった根性を叩き直すように気が済むまで蹴り転がしていった。
時間はわずか数分。
歩道の隅に転がされた、哀れな不良達。
「あ―――、スッとしたぁ~」
ガマンしていた分のストレスを解消した因幡はすっきりとした顔をしていた。
「世話の焼けるやつだぜ、感謝しろ」
神崎は、ゴツ、と軽く脳天を小突く。
「アリガトウゴザイマス。…父さんも」
「学校に置きサラシした方がいいんじゃないか? まだいっぱいあるけど」
「あるのかよ」
「置きサラシってなんだ。置き傘みたいなそれか?」
神崎と姫川は呆れた表情を浮かべた。
日向が車で帰ったあと、サボるか学校に戻るか相談し、結局、因幡達は学校へ戻ることにした。
「いい機会だと思ってたんだけどね。バレても、みんななら大丈夫だとオレは思うよ」
「古市はうっとうしいと思うがな」
夏目の言葉に姫川が付け加える。
女好きの古市のことだ。
容姿端麗で女子の制服を着ればモテること確実な因幡に食指が動かないはずがない。
容易に想像がつく。
「古市がイヤってわけじゃねーけど…、まだそんな時じゃないと思うんだ」
「じゃあてめーはいつ打ち明けるんだ? まさか卒業するまでとか言わねえよな」
「オレにもわかんねーよ…。でも、『その時』は、何かにけじめつけたい時かもしれない…」
それは女が一大決心をして髪を切るのと同じかもしれない。
「おまえらだけが知ってるって、スゲー特別なんだぜ?」
そう言って因幡は笑った。
いつか彼女の胸の縛りが解ける日がくるのか。
案外、それほど遠い未来ではないかもしれない。
.END