ラビット西遊記
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物語を始める前に、西遊記に登場する『玉兎(ぎょくと)の精』を紹介しよう。
玉兎の精―――それは、誰もが一度は耳にするだろう、俗に言う「月の兎」のこと。
とてつもなく長い『西遊記』の終盤に登場した、三蔵法師一行の最後の敵である。
天竺国の王女に化けて三蔵法師を婿にしようと企み、それを見破った悟空と半日に渡って空中戦を繰り広げ、結果、敗北して月へと送り返された。
本来は天界にある月宮殿にて、月神である太陰星君のもと、臼(うす)と杵(きね)を用いて仙薬をついている。
ちなみに、『西遊記』だけでなく、玉兎の話はいくつか存在するが、登場する玉兎は、総じて女性である。
さて、今回はその玉兎がとある事件に遭い、とある妖怪2人組を巻き込んで西へ旅をするお話である。
ここは平頂山蓮花洞―――金角こと姫川と、銀角こと神崎の兄弟魔王が住んでいる。
毎日悪事をしているわけもなく、今日はたまたま暇を持て余していた。
呑気に、買いためていた古書や漫画を読みながら。
「…ヒマだな…」
「ああ…」
「…このあとどーするよ?」
「んー…」
「…腹減ったな」
「そーだな…。……今日なんにする?」
ほとんど生返事だ。
先程もほぼ同じ会話を繰り返している。
「熟年夫婦かっっ!!」
「「!!?」」
音もなく現れてつっこんだのは、玉兎の精こと因幡だ。
つっこみで2人の背後に積まれた本が崩れた。
「びっくりした」と姫川。
「急に現れてんじゃねーよ、因幡」と神崎。
「久々に来てみれば随分とヒマそうじゃねーか、兄弟魔王」
明らかなヒマぶりに脱力し、垂れた頭を上げて2人を指さす。
「家の中くらいその飾りとか鎧脱いだらどーだよ暑苦しい」
「ウチでどんな服装しようがオレ達の自由だろ。なぁ、姫川」
「ああ。大体、オレ達は大妖怪で魔王だぞ。家にいる時も半日以上はこのカッコだ。てめーこそ仕事着じゃねーか、因幡」
「普段着だよ」
因幡の格好は、白の頭巾を被り、左耳には鈴のついた耳飾り、メンズの白のチャイナ服を着ている。
目の下には水色のラインがある。
「遊びに来たんだったら貢ぎモンはあるんだろーな」
「つまらないものですが」
言われるのをわかっていたかのように因幡は紙袋いっぱいのヨーグルッチを手渡した。
一瞬喜びの表情を浮かべた神崎だったが、“うがい薬風味”と書いてあり微妙な気持ちになる。
「遊ぶっつっても、マンガとかゲームしかねーぞ」
「思いっきり室内で遊べるじゃねーか。…いや、ただ遊びに来たんじゃねーんだよ…」
用件を口にしようと思った途端に言いづらくなる因幡。
その様子に神崎と姫川は「?」を頭に浮かべた。
休日はたまにこちらに遊びに来るが、土産を持ってくることはなかった。
珍しいと改めて思い、同時に嫌な予感がした。
「……………」
しばらく黙って何かを思案している仕草をした因幡は、渋い顔で頭巾ごと頭を掻き、その場に胡坐をかいて座る。
「……困ったことがあってよー…」
((あ、やっぱなんかあるんだ))
同じことを考え、耳を傾けながら構えた。
「実はな…―――」
いつものように月宮殿で太陰星君の命で仙薬を作っていた時だ。
自前の臼に、杵で仙薬の材料を粉末になるまでつく。
完全に粉になるまで延々とつかなければならないので、途中で疲れも出てきた。
寝不足もあり、少し休もうと自室で眠って数時間後、戻ってきた時には、臼がなくなっていたそうな。
「あの時睡魔に襲われなければ…。つーか、太陰星君もこき使い過ぎなんだって…」
後悔と愚痴を口にしながら頭を抱える因幡に、姫川は呆れたため息をついた。
「寝てる間にヘマするなんざ、どっかのウサギとカメの競争だな」
「案外こいつがモデルだったりしてな」
神崎は失笑しながら因幡を指さす。
それに一瞬ムッとする因幡。
「笑ってんじゃねーよ。…なぁ、一緒に捜してくれねーか? オレはおまえらと違って下界慣れしてねーし、太陰星君に大事な臼なくしたなんてバレたら今度こそ月から追放されちまう」
この通り、と両手を合わせて頼み込んだ。
それに対して神崎と姫川の対応は冷ややかだ。
「探してくれっつってもなぁ…」
「オレ達は下界案内するほど暇じゃねーんだよ」
「さっきまでヒマしてたろーが!!」
今も退屈そうな顔でマンガを読んでいる。
非協力的な2人を蹴飛ばしてやりたい衝動に駆られるが、コブシを握りしめて我慢した。
こちらが下手にでなければ腰すら上げてくれないだろう。
金角と銀角がまだ天界にいた頃からの知り合いだ。
2人の歪んだ性格は天界にいた時もこうなのだ。
「同じ妖怪同士協力してくれたっていいだろ」
「オレ達は確かに妖怪だが、おまえ妖精だろ」
姫川が設定を指摘してくるが、因幡は首を横に振って否定する。
「同じよーなもんじゃねーか! 要は言い方だろ! オレは「妖怪」って呼ばれる方がいい! カッコいいし!」
呼び方に関してはどうでもいい神崎と姫川。
なかなか本から顔を上げてくれない2人に因幡の苛立ちが募り、唸りそうな顔で睨みつけた。
(こっちが必死で頭下げてんのにナメとんのかこいつら。てめーらがケガするたびに出張で治療しにきてやってんのはオレだぞ!! 宝具奪って天界を出て行ったあと、それでも連絡とり合いたくてこっそり抜け出してたオレの気持ちも知らないで…!! 今度ケガした時は傷口にたっぷりカラシでも塗りたくってやろうか、かちかち山のウサギみたいに!! それかイケない本作って天界で売りさばいちまうぞ!! 金角と銀角のあることないこと禁断の兄弟愛で出版して…―――)
そこで何かを思い出し、怒りで熱された脳が冷めていく。
それから、ふぅ、と一度息をつき、立ち上がって背を向けた。
突然大人しくなった因幡に、神崎と姫川は本から視線を上げる。
「…問題を抱えてんのはオレひとりだ。無理強いはしねーよ。…邪魔したな」
とぼとぼとした足取りで出て行こうとする因幡に、神崎は姫川と顔を見合わせ、さすがに冷たくしすぎかと罪悪感が芽生えて「おい」と声をかけようとした。
「ああ、そうだ。神崎…」
「!」
一度足を止めて肩越しに振り返る因幡に、ゾクッ、と寒気を覚える神崎。
目元は陰をつくり、口元は不気味に笑っていたからだ。
「オレとおまえの初めての出会い、憶えてるか? 忘れるわけねーよなぁ? おまえ切羽詰まってたし…。オレはちゃーんと覚えてんだぜ? 美しい思い出だし、誰かに話したくなってきた…」
「…!!」
「?」
ギクリ、と肩を震わせる神崎。
姫川には、なぜ神崎が動揺しているのかわからない。
鮮明に思い出した神崎は、ぴしっ、と背筋を伸ばすように立ち上がって本を背後に放り投げ、眉間に皺を刻んで因幡の肩を組んだ。
引きつった笑みを浮かべながら怒気を含んだ声で耳打ちする。
「行ってやるからあのことは絶対にしゃべんな。特に姫川には…っ」
「だよなぁ? 美しい思い出は胸の内に秘めたいもの…いだだだだっ」
それ以上喋るな、と言うように因幡の首に腕をかけてチョークスリーパーをかけた。
ギブギブ、と手を叩く因幡と、若干本気の神崎を、姫川は傍で茫然と眺めているだけだ。
(美しい思い出? 初めての出会い? なんだそれ…。聞いたことねーぞ)
因幡と神崎だけしか知らない秘密に怪訝な顔をする。
疎外感も加わり、面白くなさげだ。
「―――ってことだ姫川! アジトの留守番は頼んだぜ」
言い放った神崎が因幡とともにそのまま行こうとするので、姫川は慌てて本を閉じて立ち上がる。
「待てよ。因幡、まず探しにいく場所を言え。遠出ならそれなりの準備が必要だろうが」
こうして、見事金角と銀角を(脅して)引き入れた因幡は、共に西へと旅立った。
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