12:新しい巣です。
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2人は5階の非常階段の踊り場にいた。
因幡は稲荷に背を向け、キャンディーを咥えながら、欄干の向こうを眺めている。
「本当に…、すまないことをした…。ボクがいない間に…。豊川達の代わりに謝るよ」
その声を聞けば聞くほど、変声機能で聴いていた声と口調はまったく似ていた。
ただし、豊川が作っていた声と違って敵意は感じられない。
因幡は振り返らずに返す。
「…あんたが代わりに謝る必要ない…。それに、豊川自身にも謝ってもらった」
姫川もその様子をバッチリと携帯で録画していたし、脅しも入れておいた、ということは黙っておく。
「……これからおまえら、どうするわけ?」
そこでようやく因幡は振り返って因幡と顔を合わせ、欄干に背をもたせかけた。
「…黒狐は…、今度こそ解散だ。それで全部償えるとは思ってないけど…、それは最優先にすべきだと思ってる…!」
稲荷の脳裏に、まだ黒狐にいた頃の記憶がよぎり、うつむきながらコブシを握りしめた。
因幡は「はぁ~」と盛大にため息をつき、目付きを鋭くさせ、稲荷に指をさす。
「バァーカ、そこまでしろなんて誰が言った? …逆だ。てめーがあいつらのところに戻ればいいだけだろ」
「え…」
稲荷は目を見開いた。
それでようやく黒目と白目が確認できた。
「てめぇがいない間は解散同然のバラバラグループだったじゃねーか。リーダー代理放っといてひとりで逃げる有り様だ。…夜叉のリーダーが言ってたぜ。「昔の方が、黒狐は最強だった」ってな…。…あんたがまだいた頃だろ? そう言われてたのは…」
「……………」
「……豊川も…、てめぇがいない間は必死でてめぇの黒狐を守ろうとしたんだ。それが、本人も気付かずに歪んだ方向に向かっちまっただけ…。…形は歪になっちまったけど、てめぇが復帰して戻ってこれるようにちゃんと残そうとしたんだよ、あいつは。少なくとも、伏見もその気持ちを汲んでたようだぜ。それを…、てめぇ自身が踏み潰してどーするよ?」
「……キミは、それでいいの?」
「こっちはちゃんと決着をつけたと思ってる。もうオレや周りに手だししてこないなら、あとは勝手にしてくれ」
「……………」
前までは、黒狐に一切同情なんてものは持たなかった。
そんなことを言った因幡も内心ではそんな自分に驚いていた。
けれど、理由はもうわかっている。
「まあ…、そりゃあ前まではおまえらのこと…、殺してやりたいほど憎かったけどさ…。…今は妙なことに…、感謝してるんだ」
「?」
不思議そうに見つめる稲荷に、因幡は笑顔を見せて言う。
「――――――――」
それを聞いて、稲荷も微笑んだ。
「…キミは、思っていた奴とは全然違うね」
「?」
「いや…、伏見を倒すためにコンクリートをぶつけたり、橋から突き落としたり、豊川に火傷を負わせたり、他のメンバーを次々と卑怯なやり方で病院送りにしたクソヤロウって…、思ってた」
「…はは」
笑顔がただの苦笑いに変わり、目を逸らす。
(こいつなりにオレに恨み持ってたわけか…)
「もう、一生関わらねぇことを祈ってる」
因幡はそう言って非常口を出て行こうとドアノブをつかんだ。
「因幡、ひとついいか?」
「あ?」
稲荷に呼びとめられ、扉を半分だけ開けた因幡は立ち止まり、肩越しに見る。
「…今回の件は、ボク達(黒狐)だけじゃなく、別の奴が関わっているようだ」
因幡は目を細める。
「…どういうことだ?」
「伏見から聞いた話だが、キミに関する情報をリークした奴がいたらしい。突然黒狐の前に現れて、豊川を煽るようなことを言って…」
『黒狐がたかが女ひとりに壊滅されたなんて知れ渡ったら、おまえのリーダーも戻ってきやしない。桃ちゃんの情報はすべてあげる。獲物の狩り方を忘れた老いた狐じゃないだろう? 美味そうなウサギは狩ってしまえ!』
焦燥感を煽られた豊川は、突如現れたその人物の言う通りに動き、黒狐のメンバーを率いてこの町にやってきたそうだ。
「…発端はそいつか…。どんな奴?」
「パーカーのフードで顔を隠しててわからなかったそうだよ。…けど…、首筋に大きな傷跡があったって…。情報だけ流して去って行った…」
それだけの特徴では、因幡の記憶の中に該当する人物はいない。
ただの逆恨みか。
それとも。
「……情報をどうも。ここ、開けとくぞ」
因幡は扉を全開に開けて留めておく。
「…また、ボク達とは別の奴らをけしかけられるかもしれない…。気をつけて」
「…そんな奴ら、即効でオレが転がしてやる」
まったく動じていないその背中を見送った稲荷は、心が決まり、とある病室へと向かった。
ノックをし、返事を待たずに扉を開けて中へと入ると、中にいた豊川と伏見に驚かれた。
「稲荷さん…!?」
ここは豊川と伏見の病室だ。
「懐かしい顔ぶれだな…。豊川…、迷惑をかけた…。ボクの代わりを務めてくれて、ありがとう。伏見も…」
「…っ、けどオレ…、グループを固めるどこか…、バラバラに…っ」
豊川は申し訳ない思いいっぱいで体を小さく震わせながらベッドのシーツを握りしめ、うつむき、歯を噛みしめる。
稲荷は豊川のベッド脇に移動し、その頭を優しく撫でた。
「また始めからやり直そう。…ボクはまだこんな状態だけど…、また…、3人で頑張ろう」
「い…っ、稲荷さん…っ!」
豊川の目から涙が溢れ出る。
隣のベッドでそれを見ていた伏見は、安堵の笑みを浮かべた。
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