95:物語は、終わりません。
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続いて因幡がやってきたのは、とある探偵事務所だ。
雑居ビルの2階にあり、ビルの階段の脇に『探偵事務所FUYUMA 2Fにて』と看板があった。
「おジャマしまーす。フユマさーん」
数回ノックしてからドアを開ける。
カーテンで閉め切られた部屋の奥のデスクには、脚を投げ出し、アイマスクをつけたまま口を開けていびきをかくフユマの姿があった。
知り合いの中で、髪の長さまで容姿にあまり変化がないのは彼だけである。
「んがー」
来客用のガラスのローテーブルには、開けっ放しの菓子の袋や、カップ麺、空き缶が放置されていた。
自分が客なら、すぐに帰っているだろう。
因幡は事務所のカーテンを全開し、眩しい朝日を呼び込む。
「フユマさんっ」
少し声を上げて再度名を呼ぶと、フユマは「んが?」と反応を見せ、指先でアイマスクを上げた。
「おー、桃ちゃーん」
「鮫島がいないと行儀悪いな」
「あいつ今魔界に行ってるから」
手の甲で口端のよだれを拭い、アイマスクをとってサングラスをかける。
デスクのゴミをゴミ袋に放り込んだあと、因幡はデスクに近づいた。
「はいコレ」
デスクの上に散らばっていた書類や雑誌をどかし、封筒を置いた。
受け取ったフユマは中身の写真を確認してからニヤリと笑う。
「ごくろーさん」
「浮気の証拠写真くらい、鮫島に頼んだら一発だと思うけど?」
「むりむり。あいつ写真撮るのゲロヘタだから」
以前やらせたことはあったが、ピンボケしていたり、指が入っていたり、見切れていたり、そもそもデジカメの電源さえ入ってなかったりと腕前は最悪だった。
そこでフユマは才のある因幡に依頼したのだった。
「オレの本業、こっちじゃないんですけど」
「そう文句言いなさんなって」
「ダッチ達は?」
「そいつらよりも上手いから頼んでるんじゃん」
2年前、ジジを倒して行き場もなくなったダッチを拾ってから、フユマの元で働かせていた。
「それに…」とフユマは言葉を継ぐ。
「あいつらは魔界要員だから」
請け負う依頼は人間界だけでなく、鮫島を通じて魔界からも引き受けることがある。
ダッチ達を目標の調査に向かわせ、収穫を得るやり方だ。
人間界では主に鮫島と時々因幡に任せている。
依頼を達成するほど名も広まった。
ジジを失った卯月達は半分は姫川に引き抜かれ、半分は自分がやりたかったことをやっている。
もう一度卯月の会社を立ち上げようとする者までいた。
そんな中、2年前にフユマが探偵事務所を立ち上げた理由が、ミステリー小説を読んでいて「オレ、探偵になるわ」から始まった。
なんともアバウトかつ唐突な始まりだったが、ダッチ達を雇い、これで人間界でも魔界でも成功しているのだから呆れを通り越して尊敬してしまう。
「これ、小遣い」
フユマは引き出しから金の入った封筒を取り出し、因幡に差し出した。
「まったく、ガキのお使いじゃないんだから」
呆れながらも中身を確認すると、「あれ?」と目を丸くする。
「多くない?」
「ボーナスボーナス。今日は久々にみんなと会うんだろ? 飲んで来い」
「♪」
気前のいい事に因幡の機嫌も良くなる。
ふと、デスクに飾られた写真に目が映った。
笑顔で仲良く写っているなごりとユキだ。
撮影場所はオーストラリアのエアーズロックだ。
目元のクマがすっかり薄くなったなごりは伸びた前髪を後ろにしばり、ユキは思い切って短髪にして左耳にリング状のピアスをつけていた。
「…なごとユキは今どこにいるんだっけ?」
「今はカナダに落ち着いてる」
「…ジジの方は?」
「そっちも変わらず、なごシリと仲良くしてるみたいだ。ついにはオンラインゲームのキングにまで成り上がっちまったらしいからな。チートか、って疑われながらも毎日毎日チャレンジャーの相手をしてるみたいだ。なごりもそれで儲けてるとか」
苦笑いしか出てこない。
最初はあれだけ持て余していたというのに逆手にとって生活費を稼いでいるようだ。
フユマは、「ああ」と思い出したように言った。
「そろそろ結婚するとかぬかしてたな。あのバカップルが」
その気になればお気に入り登録している、なごりのブログに飛ぶことができる。
「アンタも相当親バカだと思うな;」
「いつの時も息子共の安否は気になるもんだろ。子どもを作ればわかる。あ、彼氏できた? まだこっちは成長中みたいだし、よりどりみどりだろ?」
ニヤニヤとしながら自分の胸を示すフユマに、因幡は笑顔で答えた。
「…こっちにはいずれ最強の弁護士(お兄様)がついてるから、口だけには気を付けた方がいいっスよ」
「…オレ様、あのキツネ君苦手なんだよ」
シャレにならない脅しだ。
青ざめるフユマをよそに、因幡は背を向ける。
「それじゃあ、お仕事頑張って。まいどどーも」
「桃ちゃん」
「ん?」
ドアノブに手をかけたところで声をかけられ、肩越しに振り返った。
「いい写真家になれるよ」
「…どーも」
少し恥ずかしげに笑った因幡は、そのまま事務所を出て行く。
それから見計らうように、フユマの隣に鮫島が現れた。
「戻りました」
「おかえりー」
長かった赤髪を少し切ってセミロングにし、秘書でも気取るかのような眼鏡をかけている。
「…元気なことで」
「おまえも顔合わせくらいしとけばいいのに。照れてる?」
「しばらく神崎君との関係者からは距離を置いてますので。私、こう見えて失恋中ですよ?」
「2年も経ってるっつーのに、女々しいヤロウめ。オレ様でガマンしとけって。なーんて」
鮫島の背中を叩きながらケラケラと笑うフユマだが、鮫島は困ったように笑う。
「フユマ様がそう言う発言をするたび、奥方の目が光っているのを知ってますか?」
「ん? ツバキが何?」
「……いえ」
ツバキが近々出版社に持っていこうと密かに描いているのが、『執事に夢チュー』だ。
名前まで使われていることはもちろん、陰で描かれていることさえ、フユマは当然知らない。
「? そんなことより、仕事疲れたからマッサージして?」
「してないでしょう、仕事。まずは部屋の片づけからです」
「えー」
「相変わらず、身の周りのことは鮫島に任せきりか」
「!!」
どこかから、懐かしい声が聞こえた。
フユマの反応を見た鮫島は優しく微笑む。
「仕事ついでに、連れてきてしまいました」
ぴょん、とデスクの上に黒いウサギが飛び乗った。
「あ…」
「やはりおまえのところが落ち着くな、フユマ」
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