95:物語は、終わりません。
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桜たちに挨拶を済ませ、病室を出て廊下を渡り、病院のロビーを通過しようとした時だ。
「げ」
噂をすれば影。
ちょうど、ばったりと出くわしてしまった。
「コキ使ってるつもりはないよ。仕事を与えてるだけだ」
「これはこれはお義兄様。呆れるほどの地獄耳だとことで」
嫌味を含めて因幡が言い返した相手は、前髪を左に分け、黒縁メガネをかけたスーツ姿の、稲荷だ。
現在、弁護士の卵だ。
桜と結婚したのが半年前、楓が生まれたのが今年。
因幡もまさか桜と稲荷が付き合うとは予想もしていなかっただろう。
結婚前に交際していることを告げられて仰天した挙句ひっくり返った日向を忘れられない。
何がきっかけで2人が出会って結ばれたのか、未だに謎なのであるが、不本意にも義兄には違いない。
たまに弁護人の有利になるような証拠写真ばかり撮影するよう依頼されることもある。
(仕事を与えるって、物は言いようだな)
口では敵わないのであまり憎まれ口は叩けない。
「あ、おまえらもいたのか」
遅れて出入口の自動ドアから入ってきたのは、豊川、伏見、寿だ。
右頭部に剃りこみを入れた、ギターのケースをかけている豊川。
ヘアバンドをし、サングラスをかけた伏見。
2年前より髪を数センチほど伸ばし、スーツをラフに着こなす寿。
因幡にとっては数ヶ月ぶりのメンツだ。
「久々だってのに失礼な奴。サインしてやらねーぞ」
「何度も言うぞ。いらん」
慣れているようにペンを取り出した豊川を一蹴する。
「少し遅れた?」
一緒に入ってきたと思っていた稲荷が豊川に聞いた。
「すみません、ちょっとそこで捕まってしまって…」
「伏見がだろ」
「……………」
現在、豊川達は、ギャングチーム『黒狐』を引退して信頼できる新参者に任せ、本格的に音楽活動を開始し始めたのだ。
グループ名は『ブラックフォックス』。
まんまである。
驚くのは担当だ。
歌が下手な豊川のポジションはギターで、ボーカルは伏見だ。
1年前、とあるライブの本番でボーカルが突如の風邪で来れなくなり、ライブを見に来ていた伏見をダメ元でボーカルとして参加させたところ、美声の上に歌唱力もハンパなく上手いことが発覚したのだ。
普段の片言では想像もつかないだろう。
今では名は少しずつ売れ始め、ただでさえ2m越えの巨体なので町を歩けば気付く通行人もいる。
「あまり…、堂々と…歩きたくない……」
「何言ってんだ、さだめだよ、さだめ。オレ以上に人気になりやがれ」
「う……」
豊川に脇を小突かれる伏見。
「本当にボーカルに見えねぇ…。確かにおまえ声いいよな」
呟くような片言をよく聞きとれば、渋さも含めた通りの良い声をしている。
「伏見は歌詞というか、台本さえ覚えればスラスラ言えるんだ。ラップもマジでパーフェクト。今度は何を歌わせようか毎回楽しみなんだよな」
そう言って口元を緩ませるのは寿だ。
作詞作曲を担当していて、その才能が発覚した時は、一時同じチームにいた因幡も驚いた。
夜叉に戻る前は、作詞作曲した曲を動画サイトにアップしていたとか。
「次またライブあるから見に来いよ。チケット数枚やるから」
寿にチケットを渡され、「日が空いてたらな」と因幡はポケットに入れる。
「そいや、明智も元気にしてるのか? 最近会った?」
ふと明智の事を思い出し、寿に尋ねた。
寿は肩をすくめて答える。
「未来の警察官様は、勉学に忙しいからな。息抜きしろって言っても聞きゃしねー。…けど、たまにあいつんちに顔出しするけどな。今のところ、過労でぶっ倒れてもないようだし」
現在、明智は警官になるために警察学校に通っていた。
完全に禁煙を果たし、髪は少し伸びて、たまに神崎を誘って飲み屋で飲むことがあるそうだ。
気に掛けている寿も、家に押し入っては料理を作ってあげているらしい。
「警官になったら、神崎と敵対しないか?」
豊川が疑問を口にするが、因幡が即座にフォローを入れる。
「神崎だぞ。敵対するような悪いことはやってねーよ」
極道でも神崎は警察に目をつけられるようなことに手は染めないはずだ。
「遮るようで悪いけど、時間、大丈夫?」
「あ」
稲荷に言われ、ロビーの受付近くの壁時計を確認すると、予定より遅れていることに気付いた。
「もうそんな時間か。じゃあな、運が良ければライブ会場だ」
「チケット無駄にするなよー」
足早に出入口を出て行こうとする因幡に、豊川は手を振って見送った。
すぐに飛び去るようにジャンプした因幡を見て、稲荷は静かに笑う。
「相変わらずだね…」
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