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ジジとの激闘から数日が経過した。
本当にあの戦いはあったのだろうか、と思ってしまうほど、日常が戻っていた。
ここのところ雨も降らず、空は快晴のままだ。
しかし、因幡にとって『いつもの日常』の変化は、もうすぐだ。
季節が当たり前のように、『その日』を連れてきてしまう。
昼下がり、因幡は、校舎の渡り廊下付近にある自販機に背をもたせかけて座っていた。
周りには生徒がおらず、貸切の空間だ。
耳を澄ませば、スズメの鳴き声が聞こえ、暖かい春風が頬を撫で、髪をなびかせる。
飛んできた桜の花びらが目の端を通過した時だ。
「グッモーニン、因幡氏。ごきげんうるわしゅ~」
のんびりとした声に顔を上げる。
いつの間にか、ツナギの上に学ランを着たなごりが目の前に立っていた。
「気配身に着けて出直して来い」
「ついクセで。なにせ、あれからそんなに日が経ってないもんだから」
因幡が呆れて言うと、なごりは反省するように苦笑した。
そうやって生きてきたのだから、因幡もそれ以上は何も突っ込まなかった。
「めずらしーの飲んでるな」
「ん?」
なごりはしゃがんで因幡と視線を合わせ、因幡が口にしているものを指さした。
いつものキャンディーではない。
ヨーグルッチだ。
「嫌いじゃなかったっけ?」
「嫌いじゃなくて、飲めないようにしてたんだよ。胸が大きくなっちまうからな。…なのに、神崎の奴、「約束通り、ヨーグルッチの刑だ」っつって、1週間、アメ代わりに飲ませようとするし」
ズズズ…、と底まで飲み切ってからパックを握りつぶす。
「でも、誰もいないとこで飲むってことは、案外気に入った?」
「言うな。ちゃんと飲んでみたら美味かったんだよ」
確かにクセになる味だった。
一度立ち上がった因幡は、自販機のすぐ横にあるゴミ箱にカラのパックを捨て、なごりを見下ろして尋ねる。
「おまえ、ソレをどうするつもりだ?」
「ソレ?」
「とぼけんな。オレが気づかねえわけねーだろ」
「…ああ」
睨みを利かせて問い詰めると、観念したように目を伏せたなごりはポケットからスマホを取り出し、画面を点けた。
微弱ながら、そこからあるはずのない魔力を感じ取る。
ジジの魔力だ。
「……ジジを拾って封印したのか? なんでわざわざ…」
再度尋ねると、なごりはくつくつと笑い出した。
「このジジの力を利用して、『せかいせいふく』ってのもいいと思ってな…。全世界の制服を我が物に…!!」
「茶化してると転がすぞオラ」
「ジョーダンだってば」
いきなり右足に魔力を纏い出した因幡になごりは逃げ腰になる。
なだめようと手で制して理由を話した。
「オレも初めは殺すつもりだったけどさ。…見えちまったんだよ、ジジの中が」
「!」
「たぶん因幡氏には見えてないだろうな。オレの方がジジとマッチングしてたから」
馴染んだ分、ジジの本心まで垣間見てしまったのだ。
「……………」
「ジジは略奪と破壊しか頭になかった。そういうふうに育てられてきたんだからな。平穏な暮らしをしていた奴には、理解できない」
大昔、魔界のどこかに存在していたはずの王国は、別の王国同士と争いを繰り返してきた。
生まれた時からジジはその真っただ中にいた。
勝利の事にしか興味がない親から愛情を注がれることもなく、教わったものは勝利への執着と、その為の破壊のみ。
卯月に教えて来た事と同じだ。
「―――すべてを手に入れれば、何かが見えるとか思ってたんじゃないかな…」
それでも、孤独を感じなかった日はないのではないだろうか。
*****
戦いが終結してから数日が経過し、石矢魔高校の屋上でひとり、なごりは画面をタッチして確認する。
画面は真っ暗で、中心に赤い目がゆっくりと見開いた。
“……貴様、何のつもりだ…”
「ようやく意識を取り戻したか」
スマホにジジを取り込んでからすぐには応答がなかった。
気を失っていたのだから仕方がなく、なごりも一か八かで実践した魔言だ。
“我をここに閉じ込めて、じっくりといたぶるつもりか?”
自嘲気味に言うジジを、なごりは一笑する。
「悪シュミなてめーと一緒にすんな。取り込んだのはてめーの意識だけで、オレの魔力で生かしてやってる。オレが死ねば、てめーも道連れで死ぬってこと。やり方はてめーがクロト達を取り込んだ時と同じだ」
“……なぜ生かした?”
「……てめーはオレ達を目を通して監視していたクセに、手に入れようとした世界の事は何も知らねえだろ。…何もな」
“……………”
何もかも手に入れようとしたジジの沈黙を肯定ととらえる。
「そういうふうに育ってきたんだもんな」
“貴様、我の何を見た”
余計な物を見られたのだと察したジジの声に再び怒りが含まれる。
なごりは臆せず言い返した。
「籠の中にいたのは、ジジ、てめーの方だ。オレの目を通して、世界ってやつを教えてやるよ。おまえにも、誰の手にもおさめきれないものだってな」
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