因幡の左足によって、なごりの体から、禍々しい魔力を帯びた物体が弾きだされた。


「出た!!」

「あれがジジの本体か!!」


邦枝と姫川が声を上げる。


ふよふよと浮かぶ、真っ黒なモヤのような球体から、２つの赤い目が光った。

不気味な眼光だ。

目が合っただけでヘビに睨まれたカエルのように動けなくなってしまう。

あのような姿をしていても、未だに脅威が感じられた。


「見たな…!? 屈辱的な、この姿を!!!」


余程見られたくなかった姿だったのか、ジジはぐにゃぐにゃと形を歪ませながら激昂を表した。

殺意を混ぜた魔力が目に見える。


（ここで!!）

（潰さねえと!!）


あの状態になっても、何か仕掛けてくる気だ。


勘付いた因幡と男鹿は同時に動いた。


因幡は「もういっちょ!!」と左脚を振り上げ、男鹿は「ウラァ!!」とコブシを構えて突進した。


「寄越せ寄越せその身体ぁああああ!!!」


怒号を上げながら、ジジは因幡の股下を潜り、男鹿の脇を通過した。

目では追いつけないスピードだ。


狙っているのはなごりの体だ。

大半が悪魔の血なので馴染みやすいのだろう。

再び、胸の中に飛び込もうとした。


「っ！」


なごりはすぐに動くことができず、ユキも氷の爪を形成しようとしたが間に合わない。


「なご!! 逃げろ!!」


因幡が叫ぶ。


「懲りねえ奴だ!!」

「また身体を奪う気か!!」


なごりの近くにいた東条と神崎も勘付いて駈け出した。


ガンッ!!


「!?」


その時、ジジが野球のボールのように吹っ飛ばされた。

壁と床を弾み、再び宙に浮いて攻撃した人物を睨みつける。


フユマだ。

壁からはぎ取った氷柱でジジを打ったのだ。


「親父!?」

「やられてばっかのダメ親父だと思うな!!! 許さねえ…!! こいつらを傷つけやがって…!!!」


大事な家族を傷つけられ、ジジを睨みつけるフユマの顔は、我が子を守ろうとする、立派な一人の父親の顔だ。

氷柱の鋭利な先端をジジに向け、背中でなごりとユキを庇う。


「てめーはここまでなんだよ」


因幡が言った。


ジジは周りを見回す。

こちらが少しでも攻撃しようものなら、男鹿達も黙ってはいない。


「…我を消すか？」

「……………」


因幡は答えず、ジジの動きに注意する。

ニヤリ、と球体が笑ったように裂ける。


「それが、シロトとクロトの消滅を意味することであってもか？」

「!?」


因幡の表情が強張った。

フユマとユキも硬直する。

なごりは知っていたのか、目を伏せた。


「…え？」

“……………”


シロトは否定しない。

因幡は耳を疑ったまま、右靴を見下ろした。


（シロトが…消える？）


「はははは!! 知らなかったようだな…!!」


因幡のリアクションを見て、ジジは好機だとばかりに声を上げて笑った。


「シロト…！」


「違う」と言ってほしかった。

再度尋ねる因幡に、シロトは静かに答える。


“―――本当じゃ…”

「!!」

“隠しても仕方ない…。ワシとクロトはジジ様の魔力で生かされておる…。もしジジ様が消えてしまえば…”


シロトとクロトが消えてしまう。


ここまで来て知ってしまった事実に、因幡は迂闊にジジを攻撃できなくなってしまった。


“悩むな桃!!!”


耳元で怒鳴られるような一喝にはっとすると、ジジが突っ込んできていた。

胸に飛び込まれる前に、身を投げ出して左にかわす。

危うく、文字通り弱みに付け込まれるところだった。

ジジは舌を打つと、大きくカーブを描いて猛スピードで迫ってくる。

攻撃しようとしたが、因幡は脚を上げることを躊躇った。


「ボーッとしてんじゃねえ!!」


男鹿が前に躍り出て右脚で宙を切った。

ジジは真上に逃げて避ける。


「因幡!!」


肩越しに振り返る男鹿に、因幡は躊躇の表情を見せた。


「ジジを倒したら…、シロトが消えちまう…!!」

「なら、どうすりゃいいってんだ!?」

“桃、ワシの事はいい…。クロトも腹をくくっとる…。だが、やらねばならん!! 大事な者を消されてもよいのか!?”

「いいわけねえだろ!! でもっ、おまえもオレにとっちゃ大事なモンなんだよっ!! 教えろよ!! どうしたら消えずに済むんだ!? シロト…!!」


共に戦い、共に過ごしてきた大切な存在だ。

因幡にとっては、単に利用し合う契約悪魔ではなくなっていた。


“…!!”


シロトは言葉を失った。


繰り返してきた契約者の中とは違う因幡の存在に、今度はシロトが大きく戸惑ったのだ。


（馬鹿者が…）


身体はとうの昔に失ったはずなのに、胸が締め付けられるようだ。


「解決などあり得ない。我らは元々一つとなった存在なのだ。滑稽な希望など、持たぬことだ!!」


残酷な事実を告げるジジに、その場にいる全員が怒りを覚え、目つきを鋭くさせた。


「ここまできて、そりゃねえだろうが…っ！」


神崎は奥歯を噛みしめる。


“桃…”

「消えようが、消えまいが、もう貴様らは用済みの存在だがな。裏切者は、契約者とともに潰れて死ね」


城の壁の亀裂が加速した。

ジジが意図的に崩壊させているのだ。


「城が!!」


姫川は天井を見上げて叫んだ。


城内に漂う残りの魔力がジジに集まってくる。

こうしている間にも、瓦礫が真上から降ってきた。

大きな瓦礫は、男鹿はコブシで、邦枝は木刀で砕く。


「っ!!」

「わああ!!」


なごりとユキの真上に降りかかる瓦礫の塊に、フユマは咄嗟に２人を庇うように抱きしめた。

３人に落下してきた瓦礫を砕いたのは、因幡だ。


「おまえら、こっちに集まれ!!」


呼びかけたあと、因幡は右足で床を踏みつけた。


“ラビットハウス”!!


出現した氷が、かまくらのようになごり達を覆った。

出入りできる穴もあり、東邦神姫もそこへと逃げ込む。

厚い氷は頑丈で、落下してきた瓦礫が当たっても砕けない。


「男鹿!!」


邦枝が催促するが、未だに外にいる男鹿はジジを睨んで見上げたままだ。


「ベル坊!!」

「ダブダ!!」


構えた右のコブシに雷を纏った。


“ゼブルブラスト”!!


真上に一直線に放たれた凄まじい雷撃。

それは天井を突き破り、瓦礫を塵へと変えた。


衝撃で壁が連鎖的に爆発で吹っ飛んだ。

因幡の作り出した氷のかまくらごと吹っ飛ばされそうになり、中にいる因幡達は衝撃に耐える。


氷の城はうさぎ小屋ごと全壊し、因幡達が立つ場所はむき出しとなった。


空は暗雲のままだ。


まだ終わりではないことを告げるように。


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