91:しっかりつかんでください。
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咄嗟に両腕で顔面を庇った因幡。
真っ直ぐに突き出された右ストレートによって、因幡は防御の体勢のまま床を滑った。
「また失敗か?」
神崎は双方の出方を窺う。
「……いや…―――」
異変に気付いたのは男鹿だ。
因幡の口元が、ほくそ笑んでいたからだ。
「あいつ、引きずり出したみたいだな」
「もっぺん言ってみろ!! ユキと親父がなんだって…!? オレのゲームの腕もバカにしやがったな!!!」
「おー、怒ってるなー」
青筋を浮かばせるなごりに、因幡はベェッと舌を出し、挑発を続ける。
「マザコンでファザコンでブラコンって追加してやる」
ブチブチとなごりの顔にも青筋が追加された。
『なごり!! 貴様、なぜ出て来れ…』
「やかましい!!!」
内から出てこようとしたジジを一喝して無理やり引っ込める。
険悪な雰囲気に変わりなく、神崎達は唖然としてしまう。
「おいおい、解決しそうだったのに悪化してねえか?」と東条。
「い、いや、あれでいい。人間だれしも、心底激情した姿が本来の自分自身だ。因幡もそこまで考えたか」と姫川。
「そこから先は考えてねーだろ」と神崎。
「本当のタイマンに持ち込みたかっただけじゃ…」と邦枝。
「ダブン…」とベル坊。
「本来のスタンスに戻っただけか」と男鹿。
「本気でかかってこいよ、なごり。オレはまだ、てめーの本気を見てねえし、てめーも本気で喧嘩したことねーんだろ?」
「調子ぶっこいてっとケガじゃすまさねーぞ…!! オレがどうして本気になってこなかったか、わかるか!!? ウソをつき通すしかなかったオレの10年なんて、てめぇにわかってたまるか!!!」
ブチ切れたなごりが必要以上に魔力を漏らす。
余計な消費だが、因幡にとっては都合がいい。
「わからねえな。オレはてめーよりかは恵まれてる。親にも、周りにも、力にも。それに気づけたのはごく最近だけどな…。シュミレーションで生きてきたおまえとは違う…! おまえ、オレが羨ましかったんだろ?」
「当たり前だ。憎らしいくらいに…!!」
「それが本音だ。もっと、ぶつけてこいよ」
楽しげに、因幡の口が緩んだ。
思い切り喧嘩ができるのだから。
騙すことなく、なごりが真正面から突っ込んでくる。
因幡もそれに応えた。
腕でガードしながらなごりのコブシを受け、目で追いかけて首を傾けて避けてからアゴを殴りつけた。
「っ」
それから回し蹴りを食らわせるが、なごりも腕でガードして踏み止まり、因幡の脚をつかんで投げ飛ばした。
「っと!」
着地するも、至近距離になごりが移動してきた。
はっとしたが、右肘で左側面を打たれてしまう。
よろける因幡だったが、なごりの鼻に頭突きを食らわせた。
「っふぐ…」
「ははっ! 思った以上に動けるじゃねえか!!」
因幡も興奮してきた。
なごりは鼻血を拭う。
その眼差しは闘争心でギラついていた。
ジジを騙すために向けられていた眼光とはいっそう違った。
なごりは本気だ。
「なご、ウソってのは色んなものがある。オレだって仲間に悪魔の事隠したり、男だってウソもついた。理由は嫌われたくなかったから…。おまえは、今まで、なんの為にウソついてきたんだ?」
「オレ…は…!!」
思い浮かんだのは、ユキ、鮫島、フユマ、そしてツバキだ。
揺らぐ意識を正すように、因幡の蹴りが顔面に打ち込まれた。
よろめくなごりはキッと因幡を睨みつけ、意識を握りしめる。
「悩むな!! 綺麗事で構わねえ!! 何の為だ!?」
続いて体勢を変え、脳天に踵落としを食らわせようとしながら叫ぶ。
「それとも、理由もなく平然と騙してきたのかよ!?」
なごりは右腕で防ぎ、かかる衝撃の重さに歯を食いしばった。
「…んなわけねーだろ…。苦しかったに決まってんだろ!!! それでもオレは耐えた!! 耐えて!! 必死に耐えて!! 自分を殺して…!!」
いや、殺しきっていなかった。
覚えている。
ユキが泣いてる時も、フユマが死にかけた時も、血が出る程、自分の手を握りしめていたことを。
ジジに気付かれないように、嗚咽を堪えて雨の中や浴室で泣いていたことを。
慣れていたと思っていた。
しかし、目からとめどなく溢れる涙が否定する。
「オレはただ…、ユキ達を、最悪な籠の中から出してやりたかっただけだ…! 一緒に、監視されることのない空の下に…。どんなことをしてでも…!!」
籠の外は広大で、その素晴らしさを知ってしまったなごりは、いつかユキ達の手を引いて、共にそこにあるはずの『日常』を過ごしたいと強く願った。
「たとえ他の奴から聞けば笑い事でも、堂々と胸を張れ。それがてめぇの本音で、てめぇ自身だろ!!」
「っっ!!!」
視線が合う。
合図に、因幡となごりは、右脚を、右のコブシを振るった。
ズン!!!
なごりのコブシは因幡の頬をかすり、因幡の脚は膝を立ててなごりのみぞおちにめり込んだ。
「……格ゲーも得意だった…の…にな…」
フ、と笑ったなごりがうつ伏せに倒れた。
因幡は頬を伝う血を拭い、倒れたなごりを見下ろす。
「格ゲーよりも燃えたろ?」
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