91:しっかりつかんでください。
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「!」
ありきたりな住宅街は、一変して『うさぎ小屋』の前に変わった。
鋭いイバラの檻に囲まれた館がぽつんとあり、その門の前には、なごりが立っている。
こちらに振り返らず、茫然と閉められた門を見上げていた。
「……………」
因幡が一歩踏み出して声をかけようと口を開けたところで、背を向けたまま、なごりが言い出す。
「しつこい…」
「!」
「胸の中を引っ掻き回されてるようで、気分は最悪だ。…なーんて、かっこつけてみたり?」
肩越しに振り返ったなごりの口元は笑っている。
「…今度は、どんななごだ?」
「だったらこう言ってみようか、ハニー? オレ嫁? ん―――、因幡桃…。とりあえず、ハニーと出会ってからのオレかな」
名を知っている、ということは、因幡が何者なのかも記憶しているのだろう。
それでも、と因幡は怪訝な眼差しを向けながら考えた。
「それでも、本当のおまえじゃないって?」
「これも、余裕ぶりたくて作っちまったボクかなぁ…。……あれ? オレ…だっけ? ……わかんねーや、めんどくせ」
人格が統一できていない様子だ。
なごりの目が諦めたように伏せられる。
「ウソにまみれて、よくわからない。埋もれたまま…ミツカラナイ」
「…なご、わからねーくらいなら、こっちに戻って来い。てめーが何者なのか、ユキ達が教えてくれる」
名を聞いた途端、なごりは自嘲するように笑った。
「ユキ…か。……会えねえよ…。父さんにも……」
うさぎ小屋の扉が開かれる。
なごりがそちらに走ってしまい、因幡は追いかけようとした。
「待…」
「桃!」
不意に足下に現れて止めたのは、白いうさぎの姿をしたシロトだ。
「シロト!?」
「これ以上先に進めば、再び意識を呑みこまれてしまうぞ!!」
開門されたうさぎ小屋は、大口を開けて待っているようだ。
中から見える暗闇に手招きされているようにも見える。
固唾をのむ因幡だったが、あとに引かず先を急いだ。
「桃!!」
「ユキ達の名前を出してここに来たら、オレのことを覚えてるなごと会ったんだ…。この先に、あいつの中心がある…!!」
クリアに近いルートならば、進むしかない。
そうしなければ、また逃げられるばかりのルートが続いてしまう。
覚悟を決め、うさぎ小屋の中に飛び込んだ。
シロトは見失わないように因幡を追いかけた。
1本道の廊下を駆け抜ける間、走馬灯のように目の前に様々な光景が流れてくる。
最初になごりの心に触れた時のように。
幼い頃、書斎で見つけた、1冊の本。
それがなごりの運命を大きく変えた。
コハルの時と同じだった。
頭の中に流れ込んできた、卯月の歴史。
すべてを理解したなごりは、静かに本を閉じていつもの日常を過ごすフリをした。
本を閉じた瞬間から、なごりは自分自身を押し殺し、頭の中で始まりから終わりまでのシナリオを構成し始めたのだ。
すべてはハッピーエンドを迎えるために。
その為には、道中に、バッドルートが必要だ。
魔言に関しての知識は、幼い頃からずば抜けていた。
コハルよりもだ。
それを隠すために、普段は大人たちの前でヘラヘラとお調子者として過ごし、ジジと、家族であるフユマの目も欺いた。
魔言の知識は、例の禁術も含まれていた。
コハルと同じ人間を作り出そうとした禁術だ。
実験は成功していた。
幼馴染で許嫁として共に過ごした、ユキ。
ジジと卯月が作り出してしまったその存在を、失敗させなくてはならなかった。
『ユキ、遊ぼう』
『うん!』
ユキの中の魔力をこちらがいじるだけだ。
遊んでいる最中、ジジに気付かれずに仕掛けることに成功した。
結果、ユキは無傷だが、男の身体になってしまった。
ジジたちにとっての『失敗作』の出来上がりだ。
泣きわめくユキを、なごりは茫然と眺めていた。
これでシロトの後継者選びは先延ばしされる。
そして、なごりが求める力を持った、因幡桃が選ばれた。
次に通るべきルートは、因幡の力の覚醒だ。
このままでは宝の持ち腐れ。
一度うさぎ小屋を離れ、時間をかけて人間について学び、因幡を観察してから行動に移ることにした。
数年をかけた。
今度は、激昂するユキをぶつけようとした。
その為には、フユマからクロトを奪い取らせるしかない。
思惑通り、ユキはフユマを半殺しにしてクロトを奪い取った。
なごりは、別の場所で、見て見ぬフリをしていた。
これでまた、ハッピーエンドに近づいたのだ。
『オレが終わらせる。たとえ、大切な家族を傷つけてでも―――…』
バン!!
因幡は見えて来た大きなドアを蹴り飛ばした。
その部屋で座り込んでいたのは、小さななごりだ。
「後ろめたいことがあるから戻れねえってか…?」
声をかければ、ビクッ、と小さな背中が震えた。
クロトは前に出ると、毛並みを逆立たせて威嚇を表す。
「勝手に入ってくるな…!!!」
「クロト!!」
因幡の前に出てクロトに向き合うのは、同じく毛を逆立たせたシロトだ。
「シロト…!!」
「らしくないのう、クロト。ジジ様の為ではない…、なごりの為に感情を高ぶらせすぎではないか?」
「黙っておれ、人間に飼い慣らされた愚か者が…!!」
「愚か者は貴様じゃろう!! 図星を突かれたのが丸わかりじゃ!!」
「うるさいっっ!!!」
突進したクロトがシロトに頭突きをかました。
2匹は床を転がり、シロトはクロトの下敷きになってしまう。
「シロト!」
「こちらに構うな。貴様はなごりと話があるじゃろう!」
「なごり! 耳を貸すな!!」
「クロトは黙っておれ!!」
シロトが腰に力を入れると、巴投げされたクロトは壁に当たり、ぽて、と倒れた。
シロトは見下ろしながら言う。
「なごりと己を重ねているのだろう…。弱い自分でありたくないと、無理に偽りの自分を作り…」
「ムリなどしていない…!! これが我だ!! ジジ様のようにお強い、我なのだ…!!」
「どれほど似せようとしても、ワシらはあの方にはなれん…。ワシは…、共に過ごしていた時代のクロトの方がよい。これ以上…、何もせんでくれ…。もうワシは終わらせたいのじゃ…。貴様と共に、終わりたいのじゃ…」
「……………」
2匹の離れ離れの時間が長すぎたのかもしれない。
虚しさに襲われ、クロトは言葉が返せず、滲む瞳をぎゅっとつぶるしかできなかった。
因幡はなごりの背中に近づいた。
震える体は、頭を庇うようにうずくまる。
「オレは、ユキと親父に殺されるなら本望だ…。けれど、嫌われたくない…!! それが一番怖い…っ!! ユキの想いを踏みにじった…。親父を見捨てた…。こんなオレが、平然とそっち(現実)に戻れるわけがない…っ」
ゴンッ!
「お゛ぐっ」
なごりの頭に、手加減しても少し痛い踵落としが落とされた。
「は?」
「……桃?」
ぷっくりと幼いなごりの頭にコブが出来る。
涙目のなごりがおそるおそる因幡を見上げた。
「やーい、泣き虫ーっ。うそつきー。よーわーむーしー」
「な゛…」
これにはさすがのシロトもクロトも、仲良く口をあんぐりと開けて唖然とせざるをえない。
どう見ても、大人げない、いじめだ。
「こんな腰抜け野郎、わざわざ呼びにくるまでもなかったぜ。オレはてめーの不幸自慢聞きにきたわけじゃねーんだよ。あーあ、損したー。もう帰っていい?」
肩を竦め、因幡は踵を返して出入口へと向かい始めた。
はっとしたなごりは「ちょ…っ」と手を伸ばして止めようとするが、因幡は足を止めずに興ざめの言葉を残していく。
「ここまで言われて殴り返してくる度胸もねぇ、みっともねー男には興味ねーんだよ。てめーのウソに騙されてたユキと父親もかわいそうにな。一生そこで画面見つめて、目が潰れるまでゲームしてろよ。どうやったって、今のてめーじゃ、ビギナーレベルもクリアできねーだろうよ」
因幡は「じゃあな」と言って、自ら出口を出て行ってしまう。
ドアが再び閉まろうとしていた。
「……やがれ、」
か細い声が聞こえた。
クロトははっとする。
扉が閉まる瞬間、扉の間に手が差しこまれた。
見えたのは、10代後半の立派な男の手だ。
「待ちやがれえええ―――っっ!!!」
激昂し、怒号を張り上げるなごり。
意識が戻る瞬間、振り返る因幡の口角が、待ちわびていたようにつり上がった。
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