90:コブシで語りましょう。
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「所詮は悪あがきだ」
嘲笑うジジが急接近してくる。
両の手首から生えたイバラは握りしめられたコブシに巻き付き、トゲのグローブとなった。
ドッ!!
たじろぎもしなかった因幡の横腹に、左ストレートが命中した。
トゲは肌に突き刺さり、激痛をもたらす。
「っっ!!」
男鹿達は目を見開く。
(避けなかった…?)
因幡の戦いぶりを見てきた男鹿達は違和感を覚えた。
「つッ~…。痛ってぇな…」
口端から血を滴らせながら、因幡は睨み据えた。
「…!!」
ジジと目が合った瞬間、傷口から、眼差しから、なごりの胸中を垣間見る。
彼はまだ、消えることなくそこにいる。
ジジが作り出した夢の中に。
シロトと共鳴し、因幡の意識がそちらに持っていかれた。
(なごの世界…)
どこかの街並み。
石矢魔町と大差はなく、夢と思わせないほどリアルだ。
意識がたどり着いたのはとある一軒家だ。表札には『卯月』とかけられてある。
次に見た場面はどこの家庭にもあるような食卓だ。
ツバキとフユマがいる。
ツバキは作り立ての温かい朝食を運び、フユマはコーヒーに口をつけながら食べていた。
遅れてやってくる、階段を駆け下りる忙しない足音。
急いだ様子で学ランに着替えながら現れたのは、なごりだ。
「早めに起こしてっつったじゃん!」
「何度も起こしたヨ」
ツバキは呆れながら、なごりの席に朝食を並べた。
「こっちは中間テスト控えてるのにー」
文句を言いながらも朝食には手をつける。
ピーナッツバターを焼きたてのトーストに塗り、もぐもぐと咀嚼した。
「おまえなら余裕だろーが」
フユマは笑いながら言った。
「鮫島先生の物理が意地悪なんだよ。引っかけ多いし…」
「なごちゃーん」
外から聞こえた声。
ツバキは意味ありげに微笑みながら「呼んでるヨ」と声をかける。
「今行くー!」
口に残りを突っ込み、両手を合わせて「ごちそうさん」と言って席を立ち、学生カバンを手に「行ってきます」と手を振って玄関を出る。
そこで待っていたのは、女子の制服を着たユキだ。
体も女なのか、胸に小さな膨らみがあった。
女性だとコハルそのものなので、因幡は思わずぎょっとした。
「口の中しまってからきなよ」
「もがもが」
「あははっ。何言ってるかわかんないよ、なごちゃん」
彼らが向かう先は、学校だろう。
傍観していた因幡は唖然とする。
登場人物の設定は多少違えど、驚くほど、ありきたりな日常なのだ。
「ここが、なごの理想の…」
呟いた瞬間、場面は現実へと戻される。
はっと気が付けば、突き飛ばされるように弾かれ、体勢を変えて地面を削るように滑って留まった。
「なごりにとって『当たり前の日常』は許されないもの…。まるで放し飼いの猫のように、我への忠誠を見せつけるために、出会った人間を次々と騙し、己を騙した…。結局は全てが無に帰したがな」
「……………」
「!」
ゴッ!!
ジジがくつくつと笑っていると、不意に胸倉をつかまれた。
怒りを露わに、因幡はコブシを握りしめてジジの右頬を殴りつける。
「なご!! こっち向けコラァ!!!」
胸倉をつかんで再び目を合わせ、意識を飛ばす。
「…!」
通学の途中、突然呼ばれた声になごりは振り返った。
そこには、なごりの空間に足を踏み入れた因幡がいた。
なごりの様子に、因幡は「ん?」と違和感を覚える。
最初にこの世界で見た時と恰好が異なっている。なごりは学生服をきちんと着こなし、眼鏡をかけていたからだ。
まるで優等生だ。
周りには、先程いたはずのユキがいなくなっている。
「だ、誰ですか…?」
「あ? 何言ってんだ。迎えに来たんだよ!」
「ボクをですか…? 何を言って…」
目に見えておどおどしている。
今までと違うなごりの雰囲気に困惑しながらも、因幡が近づこうとすれば、なごりは浮足立って大きく下がった。
「なご…?」
因幡は警戒させないために動かず、手だけを差し伸べた。
じわりとなごりの顔に冷や汗がびっしりと張り付く。
ナイフを向けられているような、怯えた表情をしていた。
「ご、ごめんなさい! 急いでて…!」
「あ! おい!!」
そのまま踵を返して逃げてしまった。
「なご…?」
追いかけようとしたが、再び意識が戻される。
ドガッ!!
伸ばされた手が因幡の頭をつかみ、割れる勢いで床に叩きつけた。
「う…」
「今度はどんななごりに会えた?」
ジジは不気味に笑う。
「どういう…事だ…」
「理想は『平穏な日常』だが…、なごりはわからんのだ、そこに在るべき、『理想の己』というものが…。理想の自分に到達できず、結果、先程から何百何千と今まで演じてきた己で『日常』を巡っている。なごりがいつも楽しんでいたシュミレーションゲームのようにな…。我は知っている。相手を騙すために、色んな人間に成りすました。人間には『個性』があるというが、奴にはない。必要ないからだ」
ずっと嘘をついて生きてきた。
まるで道化のように。
抱えているものを誰にも言えずに押し込み、必要に応じて偽りの自身を演じていたのだ。
ジジは滑稽だと笑う。
「奴の役者ぶりには度々拍手を贈っていた。我まで騙そうとしていた愚かな道化だったが、今までの働きぶりを称し、幸せな日常の中で消してやろうと思っている」
せめてもの情けだというように。
「……………」
今までのなごりを振り返ってみる。
敵になったかと思えば味方についたり、また敵へと戻ったり、すべてはジジを倒すために行動していたことだ。
けれど、本当にすべてがウソなのか。
もっと、なごりという男を知るべきだ。
因幡は押さえつけるジジの手を払い、バク転して床に着地する。
眩暈を覚えて片膝をつきかけたが、なんとか踏み止まった。
“桃矢、あまり繰り返すな…。意識と身体がついていかんぞ”
「おう…。調整よろしくな、シロト」
“まったく…”
忠告を聞く気のない因幡に、呆れてため息をつくシロト。
「因幡、チェンジなら言えよ」
「問題ねーよ。余裕のダンスでもしてやろうか?」
当然掛け声をかけた男鹿も、交代する気はさらさらない。
因幡はなんでもないと笑いかける。
「諦めの悪い小娘だ…。くだらん戦いを続けるのも飽きてきたな」
ジジの言葉に、因幡は「は?」と挑発的に笑った。
「ボケてんじゃねえよ。オレが相手してんのはなごだ」
ピク、とジジのこめかみが反応する。
見逃さず、挑発を続けた。
「さっきからうるせーし、引っ込んでてくれねーかな。オレとなごのジャマすんな」
決して諦めない。
なごりがこちらを振り向くまで、何度も閉ざされた心を叩くつもりだ。
.To be continued