90:コブシで語りましょう。
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耳を疑い、因幡の意図が理解できず、ジジは眉をひそめた。
「血迷ったか? ベルゼバブや王臣達でも我に苦戦を強いられているこの状況で、貴様、何と言った?」
因幡は口を尖らせてもう一度指をさす。
「だから、タイマンだっつってんだろ。1対1のケンカ」
「ケンカ…。正気か?」
ついにおかしくなったのか、と思わず失笑してしまう。
殺し合いのつもりが、「ケンカ」と言い出したのだ。
この期に及んで何を言っているのだ、と疑問ばかりが募る。
「治癒の為に魔力を大量に使っておきながら、気取るな小娘。1対1というのなら、せめてベルゼバブを出せ」
ベル坊は「アイ?」と自身を指さすが、出しゃばるつもりはないのか「アーイ」と首を横に振った。
次に嘲笑ったのは因幡だ。
「手下仕掛けて男鹿達を弱らせ、勝った気でいるような奴こそ、王様気取ってエラそうにしてんじゃねーよ」
「……………」
「望み通り、てめーの土俵で喧嘩してやる。けど、オレがタイマン張りたいのはてめーじゃねえ。なごだ」
ジジは何度目かの屈辱的な苛立ちを覚えた。
身体を奪ったはずの主だけしか見ていない。
因幡の時もそうだ。
どれだけジジに追い詰められていようと、男鹿達の瞳は、ジジの中に閉じ込められている因幡が戻ってくると信じ、希望の輝きを纏っていた。
本当に男鹿達は手を出してこないのかと疑い、ジジは男鹿達を尻目に確認する。
「この辺でいいか」とベル坊を胡坐の上にのせて観戦体勢でいる男鹿。
「もうちょっとつめろ」と男鹿の肩を押す東条。
「やっと座れる…」と腰を下ろす姫川。
「じじくせぇこと言ってんじゃねーよ」と呆れる神崎。
「みんな座って観戦する気満々ね」と男鹿の隣に座るかどうか悩んでいる邦枝。
「あいつらはあんなカンジだし、気にするな」
快くこの戦いを承諾してくれたほどだ。
「……愚か者共が…。なぜ我を見ない!!?」
怒りのあまり、ジジの身体が変化する。
指からは研ぎ澄まされた爪、口からはキバが生え、体に紋様が浮き上がった。
魔力を解放したなごりの姿だ。
「なるほど、ウサギの皮を被ったオオカミってとこ…」
言いかけている途中で、因幡は腹に衝撃を感じた。
先程よりも格段にスピードアップし、一瞬で移動したジジのコブシが腹にめり込んだからだ。
打ち上げられた体は天井に激突する。
「いきなり飛ばされてんじゃねえよ!」
神崎は天井に向かって声をかけた。
思わず立ち上がりかけたが、穴が空いた天井から真っ直ぐに氷の柱が伸び、床に突き刺さったのを見て動きを止める。
“ラビットロード”
「ゲホッゲホッ。せっかちなやつ…―――」
口端の血を拭いながら、因幡は氷の柱を伝って下りて来た。
その途中で背後に気配を感じ、咄嗟に左の足裏を後ろに突き出す。
「だな!!」
ドゴ!!
背後から攻撃しようとしたジジの左頬に見事にめり込んだ。ブッ飛ばされたジジは壁に激突したが、すぐに襲いかかってくる。
因幡は赤い瞳で俊敏な動きを追いながら、それに応じた。
床に着地するまでの空中戦だ。
どちらの動きも目で捉えるのは普通の人間ならば不可能だろう。
修羅場を潜ってきた男鹿達には辛うじて見えている。
「とんでもねぇな…」
姫川は手に汗を握りながら呟いた。
ぶつかるたびに、衝撃がこちらまで届きそうなくらいだ。
近くの壁や床には衝撃波でヒビが刻まれる。
「一見因幡が余裕に見えるけど、明らかに無理してる…」
邦枝が傍観しながら呟いた。
ジジの言う通り、治癒の為に大量の魔力を消費した因幡にとっては分が悪い。
体力的にも限界のはずだ。
それでも、と男鹿は口角を上げて言う。
「あいつ、ピンチとケンカを楽しんでやがる…」
石矢魔の不良らしく。
だからだろう。
こうして自分達が腰を据えて待っていられるのは。
心配はするものの、横槍を入れる気は一切なかった。
「!」
突き出された右コブシを、因幡は宙で背を反らしてかわし、宙返りしてジジの右腕を両脚で挟んだ。
「あああ!!」
そのまま両脚をひねってジジを床に投げ飛ばし、叩きつけた。
「!!」
ズン!!
叩きつけるだけでなく、うつ伏せに倒れたその背中に膝蹴りを落とす。
突き刺さるようにめり込み、込み上げた血がジジの口の周りを汚した。
鋭い殺意を感じた因幡は、すぐにジジの背中から飛びのいた。
背中からイバラの剣山が生えたからだ。
かすったトゲで顔や腕に傷ができる。
むくりと起き上がったジジは「ごほっ」と口の中の血を吐き捨てた。
「喉に詰まる」
吐き出された血は魔力の冷気に当てられて凍りついた。
ジジの動きに注意しながら因幡は距離を保つ。
「理解できんな、小娘が…。貴様、自分を嫌っていただろう。我の中にいれば、理想の世界に永劫居続けられたというのに…」
ジジの問いかけに、因幡は鼻で笑った。
「理想…? オレの目を通して観察した挙句作り出した、てめーの勝手な妄想ワールドだろーが。確かにオレはこの女の身体が嫌いだ」
自身を親指で指し、言葉を続ける。
「ナメられるし、なかなか筋肉ムキムキになってくれねーし、胸はジャマで肩こるし、サラシするから窮屈だし、測ったらまた大きくなってたし…」
「大変だな、女も」
男鹿とベル坊と東条の視線が邦枝の胸に移る。
「ちょっとどこ見てんのよ!!」
「いや、邦枝の場合、その点は苦労する事ねーだろ」
姫川は冷静に分析した。
悪気はない。
“撫子”!!
姫川のリーゼントが床に突き刺さった。
「姫川ぁ―――!!」
叫ぶ神崎。
男鹿と東条の顔は青白い。
「ぬいてくれ…」
辛うじて意識を失わずに済んだ姫川。
「何か言いたいことは?」
「「「「いえ、別に」」」」
男鹿、東条、神崎、姫川は、目の前の戦いに集中する。
「静かに観戦できねえのか、おまえらは」
やり取りを見ていた因幡はつっこんだ。
「ちなみにカップはゲフゥ!!」
黙ってられなかったコマちゃんが手を挙げて出現すると同時に、手加減して蹴飛ばした床の破片がぶつけられた。
「てめーは引っ込んでろエロ犬。…と、非常にウザいちょっかいを出してくるやつもいる」
青筋を立たせたまま因幡は説明する。
一方、
「ちなみにカップはガハァ!!」
「キモい奇声上げないで!!」
傷も回復して起き上がった古市が寝言と共に叫ぶと、傍にいたラミアからドクターストップ(怪しい麻酔)を食らって再び夢の中へと落ちた。
場面は戻る。
「ならば何故戻ってきた…?」
コハルに導かれたにしても、結局戻ってくるためには自身の決意が必要なのだ。
心が脆ければ再びジジの中に閉じ込められていただろう。
因幡は親指を自身の胸元に当てて答える。
「余計なもの以上に大事なモンが、この体に、破裂しそうなくらい詰められてるからだよ。オレにとってはいらないものだったはずなのに…!」
神崎達に出会い、こんな自分を受け入れてくれた日から、嬉しい事、楽しい事、刺激的な事、苦しい事、悩んだ事、悔しい事…。
すべてが宝物に思えるくらい、数々の想いが、嫌っていたはずの身体に詰め込まれているのだ。
「捨てられるわけねえだろっっ!!!」
今の自分があるのは、苦しい思いをしてこそ乗り越えたものがあり、支えてくれた神崎達の想いもあってこそだ。
そんな自分を、今は、邪魔だったはずの胸を張って、好きだと云える。
受け入れることができる。
はっきりと言い切る因幡に、神崎達の口元が緩んだ。
「…ククッ。しかし、なごりは、そうはいかんだろうな…」
「!」
熱い想いは理解できないジジでも、正反対の想いは馴染み深い。
「なごりは、貴様と違い、偽りの自分自身を受け入れてきたのだから。今も認めようとはしない。だから、我の身体とよく馴染む…」
「……………」
「奴が貴様のように現実を受け入れて戻ってくることはない、絶対に」
なごりの闇は深い。
頑丈な硬いドアの向こうで、膝を抱えて子どものようにうずくまっているように見えた。
だが、はいそうですかと諦める因幡ではない。
靴の爪先で床を叩く。
「オレが首根っこひっつかんで連れ戻せばいい。それだけの事だ」
多少荒っぽくはなるだろう。
それでも、誰かがその闇の中に手を突っ込み、差し伸べなければ。
「なご、そんなトコいないで、続けようぜ」
いつかの自分がそうされたように。
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