90:コブシで語りましょう。
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暗雲は未だに晴れる気配を見せない。
時刻はとっくに夜を迎えていたが、空は月が出ているのかさえもわからなかった。
しかし、最悪な状況に著しい変化が訪れた。
結界を張っていた殺六縁起たちは目を丸くしていた。
「と…、止まった…?」
奈須が呟く。
イバラの進攻が急に止まったのだ。
まるで画面が一時停止したかのように。
禍々しい魔力の動きも見られない。
結界も限界に近づいていたため、それを見過ごすジジではないはずだ。
早乙女といる石矢魔勢も何事かとざわついていた。
「ジジに何か不都合があったようだな」
それでも油断はできず、早乙女は摩天楼を見上げながら言う。
「何かって…」
日向が尋ねようとした時、春樹が「親父」と声をかけた。
指を差された方向を見ると、摩天楼の上空を覆っている暗雲から何かが降ってきたようだ。
「……雪?」
夏目が目を細めて呟く。
「ただの雪じゃなさそうだ…。気を付けろ」
フユマは警戒しながら凝視した。
降りだした雪は淡く光り、魔力を感じる。
「お次はなんだ」
「マジで常識外ればっかりであんまり驚くなったぜ、オレも」
明智と寿は武器を構えた。
魔力の雪が降り注ぐ。
降ってきた一粒が、空を見上げる豊川の顔右半分に巻かれた包帯に染み込んだ。
「…!?」
「豊川!?」
違和感を感じ取り、豊川は顔の右側を押さえつけた。
いち早く異変に気付いた伏見は豊川の両肩を持ち、血相を変えて不安げに見つめる。
「な…んだ?」
痛みではない。
どちらかといえばほっとするように温かい。
だが、包帯の内側の違和感は拭えず、指を引っかけて無理やり解いた。
「!! おまえ…」
豊川の上げられた顔を見、伏見ははっと目を見開く。
「伏見? オレの顔……」
豊川は気付かない。
そこにあったはずの、過去に因幡に負わされた凍傷がなくなっていることに。
稲荷も驚きを隠せず、口を薄く開けたまま豊川の顔を見つめた。
変化は周りにも次々と起き始めていた。
卯月と戦って負傷していた石矢魔勢の傷が、雪に触れた個所から治っている。
「温かい…」と大森。
「雪なのに…」と花澤。
「これは…!!」と城山。
「うん…」と夏目。
「姉貴…!」と春樹の目に安堵の涙が浮かぶ。
「今しかない…」
「ユキ!?」
走り出そうとするユキを、フユマが手を伸ばして止めようとした。
先に止めたのは早乙女だ。
向かう先に回り込み、右腕を横に伸ばして通せんぼする。
「行く気か? またイバラが動き出すかもしれない」
「今しかないんだよ!! おねがい!! ボクを行かせて!!」
「ユキ…」
近づいたフユマは、その肩を叩いた。
「フユマ…」
「一人にするなっつっただろうが…。オレ様も行く」
驚いた表情を浮かべるユキから上げた視線が、早乙女を睨みつける。
どいてくれ、と訴えるように。
早乙女は「クソッタレ…」と大きくため息をついた。
「おまえ達はイバラに触れても死ぬことはねーが、ジジの燃料になっちまう」
「息子に会いてぇ。約束する…。ヘマだけはしない!」
フユマの意志に迷いはない。ユキもこくこくと頷いた。
父親の想いに同感したのは、日向だ。
「禅さん…、いいんじゃないですか…」
「ヒュウ」
「オレは妻から信じて待ってるように言われてるから、ここから動くはつもりはないが…」
フユマとユキがここに留まっている理由はないはずだ。
ユキの言う通り、イバラの動きがない以上、行くなら今しかない。
「……………」
それ以上何も言わず、早乙女は道を開けた。
意思を察した藤は一度結界を解く。
この状況でいきなりイバラに襲われたらひとたまりもないが、依然変化はない。
「礼を言う!」
フユマは、早乙女と日向に礼を言ってユキの手を引き、動きを停止したイバラの中を走り抜けた。
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