89:本当の。
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生温かい血が空いた胸からドクドクとあふれ出るにつれ、体が冷たくなっていくのを、神崎は感じていた。
倒れた体を両腕で受け止めた姫川が、神崎を抱き起こして必死に何かを叫んでいるが、神崎の耳には聴こえづらい。
ごぷ、と口からも吐血した。
それから自嘲的な笑みがこぼれる。
(オレは…、大事な事に気付く時は、何かと遅い…)
「神崎…!!」
姫川は神崎の傷口をぎゅうっと強く押さえつけるが、指や手のひらのわずかな隙間から血は抗うように流れ出る。
「クソ…!! 血が…止まらねぇ!!」
「あと数分もしないうちに死ぬ」
「!!」
冷たい声にはっと顔を上げると、ジジは嘲笑の笑みを浮かべながら、ゆっくりと血の気を失っていく神崎の顔を見下ろしていた。
「せっかちな男だ…。2番目に殺してやろうと思っていたのに…。予定通りにはいかないものだな」
瞳からは涙が流れていた。
因幡の涙だ。
ジジは鬱陶しいというように手の甲で拭った。
「てめぇ…!!」
姫川は神崎を抱いたまま立ち上がろうとしたが、異変に気付く。
自身の腹部の傷口に張り付いた氷が徐々に体に拡がっているのだ。
「嘆くな。あとで天で再会するといい」
冷淡な声とともに、神崎の血が付着した氷剣を振り上げた時だ。
「!」
ジジが横に大きく吹っ飛び、玉座の部屋の柱に背中からぶつかった。
「……………」
柱が粉々になるほどの衝撃を受けても、ジジが負った傷口はすぐに跡形もなく消えた。
突然の事に多少驚きながらも、先程自身が立っていた位置を見据える。
そこには、姫川と神崎を庇うように、男鹿が立っていた。
「今…、何した?」
コブシを握りしめたまま、男鹿は静かに尋ねる。
背中のベル坊も「ヴー」と唸っていた。
「男鹿…」
姫川は男鹿の背を見上げて呟く。
今、表情が消えた男鹿には目に見えるくらいの怒りが纏われていた。
「その身体で…―――、そいつらに何したかって聞いてんだ!!!」
ビリビリと空気が震える。
ジジは、怒号を上げる男鹿からその後ろにいる神崎に視線を移し、答えた。
因幡の声で。
「死に損ないの虫を潰しただけだが?」
ゴッ!!
瞬時にジジの目前に移動した男鹿の振るったコブシが、ジジの眉間に打ち込まれた。
さらにジジが柱にめり込み、柱の1本が完全に崩壊する。
土埃が舞う中、男鹿はコブシをおさめず言い放つ。
「因幡…、本当にそいつの好きにさせていいのかよ…!? 何やってんだ!! とっとと…」
ドッ!!
言いかけている途中で、男鹿の右横腹を氷剣が貫いた。
「黙れ。我が強いのは、あの女が我に自ら身体を譲っているからだ。もうあの女には未練もなく必要ない身体だからな…!!」
男鹿のコブシごと顔を上げたジジの口元は嗜虐的に笑っていた。
突き出した右足で男鹿の胸を蹴り、向かい側の壁へと激突させる。
お返しというように、ジジは男鹿に接近して何度も勢いよく蹴りつけた。
「男鹿!!!」
邦枝が叫んだ。
すぐに動いたのは東条だ。
ジジの背後に近づいてジャンプし、後頭部に回し蹴りを食らわそうとする。
「!?」
しかし、ジジは同じく体を回転させると、対抗するように東条の右脚に自らの左脚をぶつけた。
「な!?」
力負けしたのは東条だ。
横に吹っ飛び、床を転がった。
「ははは!! 次に転がされたいのは貴様か!?」
まるで子どもがボール遊びするかのように、東条が吹っ飛んだ方向へすぐさま回り込み、東条を何度も蹴り上げた。
ガッ!!
「っっが!!」
トドメに、爪先が思い切り東条の腹にめり込むと、因幡より大きな東条の体は真っ直ぐに打ち上げられ、真上の固い天井にぶつかった。
意識が飛びかけ、東条は衝撃で一部崩れた天井とともに床に落下し、強く打ち付けられた。
その横を通過した邦枝は、木刀を構えながらジジに突進する。
“心月流抜刀術―――”
仕掛けようとしたが、不意に伸ばされた手によって柄を押さえつけられる。
「!?」
ジジは至近距離で邦枝の耳に囁いた。
「貴様の攻撃は、憶えている」
「―――っ!!?」
邦枝は、ジジと一族の視覚が繋がっていることを思い出し、ゾクッと寒気を覚えた。
直後、ジジのコブシが邦枝の腹に打ち込まれる。
「っは…」
一瞬呼吸を忘れてしまった邦枝の体は、背中から壁にぶつかった。
すぐに体勢を変えて応戦しようとするが、
ドスッ!!
「!!」
壁から離れる前に、真っ直ぐに投げつけられた氷剣が邦枝の右肩を貫き、邦枝の体を壁にはりつける。
木刀を落とした邦枝は、声にならない叫びを上げた。
「なんだ…、それほど時間はかからなかったか…」
呆気なさに、ジジは一度は口を尖らせるが、自身の手のひらを見つめ、また何度目かの冷笑を浮かべた。
「だが、それほど我が強くなってしまったという事か…。ククク…」
空間は一気に絶望に包まれた。
怪我を負っているとはいえ、男鹿達がここまでやられてしまうとは。
辺りを見回した姫川の顔が真っ青になる。
悪夢を見ているようだ。
(あいつ…、手下ども仕向けて、手下どもの視覚でオレ達の攻撃や行動を観察してやがったんだ…)
だから邦枝の攻撃も簡単に見抜かれた。
男鹿達にも異変が訪れる。
傷口から出現した氷が徐々に男鹿達の体を覆っているのだ。
男鹿が氷漬けになってしまえば終わりだ。
人間界どころか、魔界まで乗っ取られてしまう。
ベル坊の魔力を奪ったジジなら、実現は可能だろう。
「とーたん!!」
ベル坊自体は氷漬けにならず、男鹿を呼びながら、起こそうと揺すっている。
「終わり…なのか?」
姫川は頭を垂れ、呟いた。
問いに答えたのは、振り返ったジジだ。
「ああ。終わりだ。もっと我を恐怖し、嘆け、憎め、怒れ、そして…絶望しろ。そのような、冷たい『負の想い』が我の好物だ」
舌なめずりし、ゆっくりと歩を姫川へと進めて行く。
「哀れにも身を犠牲にしたその男も、長くは持たん。やはり順番通りでなければ気持ち良くは終わらんな。貴様が死ぬのが早いか、その男が死ぬのが早いか…」
自身で作り出したゲームを楽しんでいる。
それだけは見て取れた。
姫川はジジを睨みながら、神崎を守るように抱きしめる。
すると、神崎の手がゆっくりと姫川の頬に当てられた。
「神崎…」
「姫…か…わ」
(伝えねぇと……―――)
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