86:水面の心。激昂の一撃。
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今の状態にコマちゃんの不安が募る。
「ほ、ホンマにこれで行くん?」
「ええ」
邦枝は至って真剣だ。
コマちゃんは邦枝の木刀を口で咥え、短い両手両足で邦枝の右手首をつかまっていた。
手の感覚はないが、腕の力だけでコマちゃんが支える木刀を振ろうと考えたのだ。
傍から見ても滑稽な光景だが、両手の神経が麻痺している以上、他に方法が思いつかなかった。
フロリダは鼻で笑い、長刀と化した鞭の切っ先で床を軽く叩く。
「それが奥の手?」
「今のうちに笑っておきなさい」
「葵ちゃん、せめて胸につかまりたい…。あ、つかまるとこ無…」
ゴッ!!
左肘で気絶しない程度に額をどつく。
「悶えさせてあげるわ」
先にフロリダが動き出した。
「コマちゃん、絶対に振り落とされないで」
そう言いながら邦枝も動き、コマちゃんは「おわぁっ!」と叫びながらも必死にしがみついた。
真正面からフロリダの長刀が急接近する。
邦枝は回転で勢いをつけ、魔力を纏わせた木刀で跳ね返した。
飛散した斬撃が、床や壁、天井を切り裂き、邦枝の体に少量の切り傷をつける。
そこから先も、邦枝が防戦一方を強いられた。
完全に受け流せず、限界であるはずの体力がさらに削り取られ、消耗していく。
優勢に立つフロリダは高笑いをしながら、弄ぶように長刀を振るい続ける。
「あなたとそこのマスコットちゃんからもらった魔力も加わってるのよ。こうしてる間にも、あなたの魔力を食べてるの。わかる? 感じる? 痛覚で麻痺しかけてる痛々しい体で何ができるの!? 何が守れるの!? キュートにお尻を振りながら逃げなさいよほらぁ!!」
邦枝の両手が木刀ともに垂れ下がったのを見逃さず、フロリダは長刀を振り下ろした。
床が割れるほどの斬撃だ。
しかし、
「!?」
邦枝は割れた床のすぐ横に立っていた。
フロリダは怪訝な顔をする。
(避けた…? あの体で? それに、雰囲気が…)
先程より落ち着いているように感じた。
なのに、諦めたようには取れない。
その瞳はフロリダを真っ直ぐに射抜いている。
一度後ろに飛んで距離を置いたフロリダは、警戒心を抱いた。
「何よ、その顔は」
満身創痍だというのに、痛みに気を取られてもいない。
「もういい加減イッてくれないかしら!? 早いのも嫌だけど、遅いのもイライラするのよ!!」
フロリダが再び長刀を振り上げる。
その際、邦枝はゆっくりと深く息を吸い込み、フロリダが長刀を振り下ろすと同時にゆっくりと吸い込んだ息を吐きだした。
ドンッ、とダンスホールに轟音が響き渡る。
だが、舞い上がる粉塵の中、邦枝は無傷で立っていた。
「…どういうこと…?」
斬撃もすべてかわしている。
邦枝はゆっくりとフロリダに向け、歩を進め始めた。
フロリダは小さな恐怖と焦りを覚え、ひたすら長刀を振るう。
「どうして…!?」
(なぜ…!! 当たらない!!?)
まるで長刀を振り下ろす前から当たる場所がわかるかのように、邦枝は足を止めることなくわずかな動きで避けている。
「な…」
フロリダがはっとした時には、邦枝は目前まで迫っていた。
「あなたの荒々しい殺気と魔力が、教えてくれるの。私は、水面に生じた波紋を感じ取っているだけ…」
吸い取られた分、その波紋が大きいほど邦枝には手に取るようにわかるのだ。
攻撃を受けながら、この時を待っていた。
喉元に突き付けられた木刀。
そのまま下に降り、とん…、と伸ばした真っ直ぐな切っ先が、フロリダの胸元に当てられる。
「っ!! メス豚が!!」
フロリダが長刀を振り上げる前に、邦枝が先に動く。
「あなたの負けよ」
ドンッッ!!
長刀は粉々に砕け、フロリダの体は、竜巻にぶつかったように宙を舞い、受け身も取れずに床へと落下した。
「う…」
「行かせてもらうわ。出口はどこ? どこへ行けば、因幡に会えるの?」
問い詰めるために、気絶させなかったのはわざとだ。
フロリダは床に手をついて上半身を起こし、邦枝を見上げた。
「あ…」
「言いなさい」
「……その…前に…」
「?」
ニヤリと笑うフロリダ。
その瞳は、恍惚の色へと変わった。
「このいやしいメス豚をお踏みくださいませぇぇ!!!」
邦枝の足に絡みつき、頬ずりをし始めた。
「え゛」
唐突なドM発言に頭の中が真っ白になる邦枝。
逆転するなら今の内だが、フロリダは油断させるために発言したわけではない。
「ええ、ええ、これが私の本来のいやしいいやしい姿でございますぅ!! 誰も私のドM心をくすぐる殿方にお会いすることができませんでした!! 弱すぎて!!! これも運命!! さぁ、足が嫌なら、何度もぶってくださいまし!!」
むしろ知りたくなかった。
「どうか、行ってしまう前に存分に可愛がっt」
“撫コマちゃん”!!!
コマちゃんを顔面に押し当てて“撫子”でトドメを刺した邦枝の顔は真っ青だ。
手加減はできなかった。
頭にコブを膨らませたコマちゃんはおそるおそる尋ねる。
「……えーと、ええの?」
「つい…」
反省しながらも、フロリダが起き上がらないか警戒する。
その時、出口が開いた。
勝利をおさめれば開く仕組みだと気付く。
手の感覚がゆっくりと戻ってくるのを感じた。
「…ふぅ。強敵だったわ。ある意味」
フロリダは幸せそうな顔で気絶している。
邦枝は目の端でそれを確認し、出口へと向かった。その口元は苦笑している。
「やっぱり本当の姿って、軽々と見せるべきものじゃないわね」
邦枝VSフロリダ―――勝者・邦枝葵
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