86:水面の心。激昂の一撃。
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「!?」
ダッチは目を見開いた。
シャボン玉の群れが神崎に触れる直前、神崎は手を伸ばして倒れたテーブルのクロスをつかんだ。
それから力任せに引っ張って扇ぎ、シャボン玉の群れから身を守った。
シャボン玉が破裂すると同時に、神崎は余波を受けながらもダッチに突進する。
「人間も、最後まで何をするかわかんねーな」
面白げに笑うダッチの目の前に神崎のコブシが迫る。
「もらったぁ!!」
「それでも50点以下だ」
ベ、と舌を出したダッチの姿が、一瞬で神崎の視界から消えた。
「!!?」
ゴキッ!
「ぐは…っ」
ダッチは神崎の背後に回り、無防備なその背中に膝蹴りを打ち込んだ。
それから手を伸ばして神崎の髪を乱暴につかんで下に引っ張り、望みの位置になった横っ面にまた強烈な膝蹴りを炸裂させる。
吹っ飛ぶ際、髪の毛が数本抜けてしまう。
(―――こいつ…っ)
壁に背中をぶつけて力なく座り込んだ神崎は、鼻血と口元の血を手の甲で拭いながらダッチを凝視する。
(戦い慣れてやがる…!)
肉弾戦に持ち込まれても余裕の表情だ。
むしろそれが本来の戦い方のように思える。
まるで今までのシャボン玉の攻撃が、本当に子どもの戯れのように感じた。
ダッチは背筋と両腕を伸ばし、「ん~」と気だるげに口にする。
「やっぱり動くのはあんま好きじゃねーや。だるい。最悪××気分」
ゴキゴキと首も鳴らした。
それさえもだるそうに見える。
「…頼むからおとなしく殺されてくれねーかなぁ。とっととジジさまの願いを叶えたいんだよ、オレ達は。そうすれば、楽できる」
「っ…どういうことだ?」
「そのまんまの意味。人間界と魔界をまっさらな状態にしておけば、面倒な戦いなんてしなくていいんだぜ。もうさぁ、クソうんざりなんだよ。戦うこと自体は好きだけどよぉ…。誰かの為に、お国の為に、とかそんなクセェことがやってられなくなったわけ。特に、魔界での王族同士の諍いが落ち着いて、平和になったかどうかさえ曖昧になった時に。オレってこう見えて元はとある王国の兵士だったけど、『上』の都合で振り回されるのが嫌になったわけ。活躍しても結局はオレ個人が褒め称えられるわけじゃない。毎日毎日、××な気分。一夜で使い捨ての×××××みたいな生き方してるって思ったら耐えられなくなってきてさぁ」
思い出すだけでため息がこぼれてしまう。
うんざりした口調でダッチは言葉を続ける。
「余裕ぶって「しばらく戦闘はない」とか言っときながら、ヤバくなったら「戦闘準備を急げ」とさも当然のように命令された時は、さすがにキレたわ。隊長を半殺し、止めた奴らも半殺し、守るべき王族まで半殺し。×××のあとみたいにスッキリしたかと思えば、せまっ苦しい檻の中だ。―――そこで出会ったのが今のメンバー。ライラックは王族を騙して大金を巻き上げた罪、フロリダは奴隷商人として魔族を売りさばいた罪、タンは立入禁止区域の森を独占しようとした罪、そしてシルバは、若くして大臣にまでのぼりつめておきながら、国欲しさに一国の王を暗殺しようとした罪。投獄される理由はバラバラでも、周りのゴミと違って気が合ったね」
「だから脱獄も簡単だった」とダッチは含み笑いをした。
ジジの直属の部下になるよう話を持ちかけられたのは、国をひと暴れしたあとだ。
「どうせなら自由も世界も丸々いただこうってことで、ジジについた。終わったらオレは引きこもって、今まで無駄にしてきたオレの人生面白おかしく過ごさせてもらうぜ。まずは今まで見逃してきたDVDとかー、買ったけどそのままにしてたマンガとかー」
指折り数えてやりたいことを目を輝かせながら言うが、神崎の中には一抹の同情も湧かない。
むしろ、怒りが膨らむ一方だ。
「…ざけんな…。だったら、どいつも犠牲にしていいってか…? てめーらの享楽のために…! 因幡や他の奴らが死んでも…」
「うん。だから言ったじゃん。他の奴らも寂しくないように殺してやるから。どっちも文句なしハッピーエンド。おまえまさか、仲間が誰ひとり死なねえなんて××みたいな希望抱いてねーよなぁ?」
嘲笑の笑みを浮かべたダッチは、ジャージのポケットからケータイを取り出し、すでに登録されているアドレスにかける。
「…?」
神崎は怪訝な目でそれを眺めた。
「あ、もしもーし」
“…ダッチ”
数回のコールで通話に出たのは、ライラックだ。
「そっちの様子はどうなったか気になってよー。まーだ戦闘中? こっちは順調順調。あとはもうトドメ刺すだけ。確かおまえの相手は、あのリーゼントのガキだったよな?」
「!」
(姫川…)
わざとなのか、ダッチのケータイからはライラックの声が漏れて聞こえた。
ダッチは神崎の反応を窺いながらライラックの返事を待つ。
“あー、そうですか。よかったですね。こちらはとっくに片付けましたよ”
神崎の心臓が大きく跳ねる。
ダッチも呆けた顔をした。
「え、うそ。早くねーか? 本当に本人なんだろうな?」
それは神崎が聞きたいくらいだ。
“おかしな頭の男ですよ。眼鏡をかけた”
「まさか…」
“はい、死にました”
「――――!!」
断言した言葉に、神崎の頭の中が真っ白になる。
(姫川が、死んだ?)
ゆっくりと頭を垂れ、耳に入る言葉が受け入れられずにいた。
予想よりも早い報告にダッチは声を荒げる。
「ああ!? 嘘つくんじゃねーよ!! このウソツキ!! またいつもの…」
“ウソは好きですが、残念ながら本当です。大体、嘘だったらこんな電話してませんよ”
さらりと言われれば、ダッチは言いよどむ。
「う…っ、そ…、そうだよな…。あ、でも、どっちが先にジジ様に報告するかで勝負が決まるからな!! だからあと数秒待…」
瞬間、神崎は顔を上げてギロリとケータイを睨みつけた。
「ふざけんな姫川てめーコラ…!!」
「!」
立ち上がり、伸ばした手でケータイを奪い、ダッチの体を押しのけて感情のままに怒鳴りつける。
「行くしかねーんだ、とか抜かしたのはどこのボケだ!! 因幡助けんだろ!! 死んだフリしてねーで、とっとと蘇生しろ!! オレが先にこいつブッ飛ばして到着してやるから覚悟しとけ!! てめーにまだ言ってねーことがあるだろーが!!」
「おい、返せっ」
ダッチは奪い返そうと神崎の肩をつかんで手を伸ばそうとした。
“ははは、トドメ刺す前とは思えない元気っぷりですね。ダッチ、先にジジ様に褒められるのはライラックのよう…”
小馬鹿にするよう笑った直後だ。
“ネタバレしてんじゃねーよ、神崎”
「「!?」」
確かに、姫川の声だ。
ゴキンッ!!
“ほがぁ!!!”
同時に、えげつない音と悲鳴が聞こえた。
“うごっぉおおお”
聞いたことがないライラックの悲鳴に、ダッチも戸惑いを隠せなかった。
「どうした!? どうしたライラ―――ック!!?」
“ってことで神崎、オレは無傷だから、そっちもオレのこと心配してねーでとっとと片付けて追いついてこい”
紛れもない、いつもの憎たらしい姫川の声だ。
ホッと安堵しながらも、神崎はいつものクセで言い返す。
「な、なんだその言い草!! 別にてめーのことなんざこれっぽっちも1ミリも1ミクロも心配してねぇって切るんじゃねえええええ!!」
言いかけている途中で通話を切られてしまった。
言い逃げされてこちらが負けた気になってしまう。
舌打ちし、ダッチにケータイを投げ返す。
「…てめーのクソな願い通りにはなってなかったようだな…」
「時間の問題だっつの。大体、ライラックは知能戦向きで、肉弾戦得意じゃねえからな。ケリが早く着くとしたら、他の奴らよりも戦闘経験豊富な、このダッチ様だ! 」
「だったら姫川の方は大丈夫そうだな。今のあいつの狡猾さに勝てる奴なんてそうはいねーだろうし…、オレも、誰かのために戦う努力もしねえヤロウに負ける気はしねーな」
「『努力』…」
口元だけに笑みを浮かべるダッチの額に青筋が浮かび、言葉に怒気が含まれる。
「オレが一番嫌いなワードだ」
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