86:水面の心。激昂の一撃。
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床に飛散した血の中、邦枝はうつ伏せに倒れていた。
コマちゃんの姿も、完全にマスコットのような容姿に戻ってしまい、うつ伏せに倒れている。
両手の力が入らず、今も続く痛みの中心がどこかすらもわからない。
「ぅ…っ」
小さく呻き、腕の力だけで木刀に右手を伸ばすが、それはフロリダが蹴飛ばしてしまい、さらに距離が離れてしまう。
それからフロリダの足が、そのまま伸ばした右手を踏みつけた。
「っっ!!」
麻痺しているはずの右手からは痛みのみが伝わる。
邦枝は歯を食いしばり、悲鳴を押し殺した。
ヒールで踏みにじられ、穴が空きそうだ。
「さよならの時間が来てしまったわ。ごめんなさいね、時間が無制限ならもっと長くあなたと戯れたかったけど…。ねぇ、最期の顔くらい私によく見せて」
名残惜しそうにそう言って、邦枝の手の甲から足を上げると、勢いをつけて邦枝の腹を蹴飛ばして強制的に仰向けにした。
鞭で打たれた個所は生々しく残り、血を流している。
その姿に興奮するフロリダ。
息が荒くなり、吐息を吐いた。
「キレイなコが、満身創痍で倒れる姿って魅惑的よ。こんなに興奮したの、久しぶり。今までの『お楽しみ』は長続きしなくてつまんなかったし。…その生温かい息を止めるのも勿体ないわ」
「……………」
邦枝は茫然とした顔でフロリダを見上げる。
言い返す気力もない。
「かわいそうにね。自分達を騙してた、ウソツキ女のためにでしゃばってこなきゃ、こんな辛い痛みを味わうこともなかったのに…」
その発言に、ピク、と反応する邦枝。
フロリダは憐みの目を向け、しかし口元は微笑みを浮かべながら続けた。
「恨むなら、彼女を恨むことね」
「…恨み? そんなの、ひと欠片もないわ…」
「?」
フロリダは不思議そうに首を傾げる。
邦枝は宙を見つめ、因幡のことを思い出す。
今まで、日常の中で、何かを隠すような仕草を見過ごしていた。
(彼女が女性だって、気付いてた…)
しかし、あえて指摘はしなかった。
他人事ではなかったからだ。
「本当の姿を知られることを怖がるのは、誰だってある…。…私も…―――」
青井くにえ。
男鹿に見せるもう一つの顔。
男鹿は正体に気付かず、邦枝の従姉妹で、同じ子育て仲間と思って接している。
青井くにえの方が親しげに話しかけてくれるので、失望を招かないために、今も正体を隠したままなのだ。
邦枝は腕を支えに、歯を食いしばって上半身を起こす。
「嫌われてしまうかもしれないのに…、彼女は、みんなの前で打ち明けたの…。それがどんなに大きな覚悟か、あなたにわかる? 私は、痛いほどわかる…」
震えながらもゆっくりと立ち上がった。
しっかりと床を踏み、体を安定させる。
懸命な邦枝の姿に、やはり心を打たれるどころか鼻で嘲笑った。
「わからないわねぇ。私は元からすべてを晒してるから」
「本当に?」
「!」
凛とした声だった。
真っ直ぐに見つめられ、問い詰められる口調にフロリダは寒気を覚える。
一度空間が静寂となった。
先に口を開いたのは邦枝だ。
「どきなさい」
「……………」
静かに、フロリダの白い顔色が赤く染まり、こまかみにゆっくりと青筋が浮かび上がった。
「……誰が、「命令していい」と命令した!!?」
激昂の瞬間とともに、フロリダは鞭を横に振った。
すると、突然伸ばされた鞭が真っ直ぐに硬直し、飛び回っていた無数の白いチョウが伸ばされた鞭に集まってくる。
そして、鞭を覆い、淡く光る長刀となった。
「舐めた口を利く小娘は、叩くだけじゃ物足りないようねぇ」
その力を見せつけるため、軽く足下の床目掛け横に振るう。
数秒後、気付いたように床は一線にパックリと切れた。
ヒビひとつ付けない見事な切れ味だ。
それでも邦枝は眉ひとつ動かさない。
フロリダの火に油を注ぐ態度だ。
「両手使えないクセに、澄ましたツラね。いいカンジにムカつくから破壊してあげる」
「コマちゃん、死んだフリしてないで起きないと本当に埋めるわよ」
殺気が背中に突き刺さったように、コマちゃんはビクリと起き上がった。
「うっ。でももうホンマだいぶ魔力奪われて、イケメンになれへんのやぁ~;」
本来の姿に戻ることはできないが、それも承知の上なのか、邦枝は情けない声に呆れながらもコマちゃんを呼ぶ。
「いいから来なさい。そこの木刀も取って」
コマちゃんに選択権はなかった。
「盾にせんとってやー」
今の邦枝ならそんな非道なこともやってのけるような気がしたコマちゃんは、木刀を拾っておそるおそる邦枝の元へと足を向ける。
「無駄な足掻き…」
「今のうちに笑ってなさい」
火傷しそうなくらいに火花を散らす中、コマちゃんの足取りは恐怖で重くなる。
(今日、ホンマに死ぬかもしれん…)
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