85:コブシの重さ。馬鹿の覚悟。
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姫川は本棚に背をもたせかけ、座り込んで身を隠していた。
右手で胸部を押さえつけ、気休め程度に出血を止めようとする。
胸部分のシャツは赤く染まり、傷口は痛みを訴えた。
居場所がバレないようにゆっくりと呼吸を繰り返し、こちらに近づいてくる足音に耳を澄ませる。
「隠れても無駄ですよ。ここはライラックのためにジジ様によって用意された空間…。ライラックを倒さない限り、逃げ場はありません」
ライラックはナイフの柄を弄びながら、道しるべのように床に点々と続く姫川の血痕を、ゆっくりとした歩調で追いかける。
「じっくりと追い詰めてあげますからね、ネズミさん」
挑発的な口調に姫川は舌を打ちたくなる。
(あっちの能力がわからないかぎり、勝率はゼロに等しい。ここから出るにはあいつに勝たねえといけねーみてーだし…、攻略するには…)
思案しながらスマホを取り出し、画面を点ける。
充電は半分はある。
だが、圏外だ。
「……………」
「もちろん、仲間も呼べません」
「!!」
血痕をたどってきたライラックが追いついた。
本棚の陰からひょっこりと顔を出し、驚いた姫川の顔を見て不気味に笑いかける。
姫川は右手にスマホを持ち、左手でスタンバトンを構えて立ち上がった。
それすら滑稽に思えたのだろう。
ライラックは鼻で笑った。
「足掻いてください。これで終わりではないでしょう?」
「余裕ぶってんじゃねえよ…!!」
スタンバトンを振り上げ、一歩踏み出した瞬間、
「!!?」
背中の痛みに動きが止まった。
「な…!?」
背中が十字に大きく切られていた。
ライラックは目の前だ。
後ろに移動されたとは考えにくい。
「ぐ…!」
片膝をつきそうになったが堪える。
「叫びを我慢しなくてもいいんですよ? さて、お次はどうします?」
「……ちょっと作戦タイムくれるか?」
顔に汗を滲ませながら、姫川は口端をつり上げた。
次にとった行動は、本棚の奥へ走り、角を曲がって逃げた。
ライラックはすぐに追いかけようとしたが、隣の本棚がドミノ倒しのように倒れ、一時的に動きを止められる。
それから呆れたような表情を浮かべた。
「また、鬼ごっこですか。好きですねぇ…。―――次は逃がしませんよ」
室内に響いたその声に、ゾッ、と背筋が凍りつく。
喧嘩ではない。
本当に命をとるかとられるかの瀬戸際なのだ。
姫川は本棚の陰に隠れながらスマホの画面を見る。
(…!! ヤロウ…、そういうことか…。オレもバカじゃねえのか!?)
自分自身に腹が立つ。
同時に、もっと冷静になれ、と反省した。
(ちょっと考えればわかることだ…。なのに…、どーも、余裕がねぇな)
因幡達のことを思い出す。
焦っていることを自覚した。
(慣れねえことはするもんじゃ…)
「同情しますよ」
「あ?」
声とともに、足音が再び近づいてくる。
警戒している様子はない。
攻撃も見抜けない姫川を侮っているのは明らかだ。
「シロトに振り回された挙句、ここまで来てしまったのですから。不幸としか言えませんね。あなた、元々、そういうタイプではないんでしょう?」
「……………」
「後方で味方に戦略を伝えて動かす、参謀。明らかに前線の戦いに向いてない」
姫川は、フ、と笑う。
「……分析通りだ。オレは他の連中みたいに、仲間のためだの、プライドが許さねえだの、わめき散らして勝手に熱くなって自分から火の中に飛び込むような馬鹿じゃねえ。因幡だってそうだ。あいつも自分から火の中に飛び込む馬鹿だ。こっちの身にもなれってんだ…。ったく……」
思わず愚痴をこぼしてしまった。ライラックは不思議そうに尋ねる。
「なのに、なぜ来たんですか? そちらの大将の命令で?」
その歩は、確実に姫川の隠れている本棚へと近づいていた。
「はっ。死んでもねーわ。理由なんざ、てめー如きに教えたところでわかるわけねーだろうが」
「!?」
ライラックは姫川が隠れているだろう本棚の角を窺った。
しかし、そこに姫川はいない。
「こっちだボケが!!」
姫川はスタンバトンを構え、本棚の上からライラック目掛け飛び降りた。
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