84:譲れない闘いなのです。
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因幡は朝食を摂りながら家族を見る。
それは変わりない、いつもの日常の風景。
自身の性別変換を抜いては。
痛み、味、匂い、満腹感など、夢とは思えない感覚はあった。
「何を茫然としてるの。遅刻するわよ」
コハルに急かされ、時計の針は、いつもの通学時間を示していた。
「……………」
自分は女だと訴えれば、また変な目で見られるだけ。
本当に自分の頭がおかしくなったのか、どうしていいかもわからない現状に、因幡は外に出ることを躊躇ったが、留まっても変化がないのならばと学ランに着替え、春樹とともに家を出た。
(身長もデカくなったのに、学ランぴったりだし…)
新調した覚えはないが、学ランが早くも馴染んでいる。
「…春樹、おまえこっちじゃねーだろ」
変化を見つけた。
春樹がいつもの通学路を通らず、因幡についてきているのだ。
「は? 何言ってんだよ。同じ学校だろ」
「は?」
「…兄貴、オレ高1になってんだけど。この前入学式迎えたろーが」
「……!?」
因幡はスマホを取り出して日にちを確認する。
4月30日。
いつの間にか2ヶ月の時が経過していた。
「オレ今、高3!!?」
「兄貴、学校行く前に病院行こう!! 本気で!!」
(じゃあ、あいつらは…!!)
「あ! 兄貴!!」
因幡は春樹を置いて、全力で走って学校へ向かう。
5月も近づき、桜も散りかけていた。
登校中の石矢魔生徒達の中を走り抜けると、全員の視線が因幡に集まった。
「因幡さんだ!」
「おはよーございまーす!!」
「因幡さーん! 今日も早いっスねー!」
因幡は周りの馴れ馴れしさに困惑しながらも、門を潜り抜ける。
目指すは3年の教室。
神崎達のいる3-Aだ。
(時が経ったなら、あいつらは…!!)
満開の桜の中、卒業証書を手に門を出て行く神崎達が頭に浮かんだ。
焦燥にかられるままに、勢いよくドアを開ける。
「お、なんだ早ぇーじゃねーか」
「なんかあったか?」
机を囲んでゲーム機で対戦している神崎、姫川、夏目がいた。
ゲームが苦手な城山は腕を組んでそれを見守っている。
教室に駆け込んできた因幡を何事かと見た。
「あ…、あれ…? おまえら…、卒業してない…?」
息を弾ませ、因幡は教室を見回しながら神崎達に近づく。
この教室の生徒ではないはずの東条が、後ろの席について椅子に背をもたせかけて居眠りし、邦枝は前の席で大森と談話していた。
「ケンカ売ってんの、かっ!」
「痛てっ」
なぜか怒り出した神崎が、ゲームを置いて立ち上がって因幡の頭を叩いた。
突然の攻撃に因幡は叩かれた頭を押さえ、「?」を大量に頭上に浮かばせる。
「留年してやったんだろーが」
姫川も機嫌を悪くしたのか、軽く睨んで唸るように言った。
夏目は困ったように笑う。
「去年は学校が地震で崩れたり、抗争とかで色々あったもんねぇ」
そのせいで、神崎組、姫川、東条は留年してしまったとか。
「地震?」と因幡は覚えのない事件に首を傾ける。
「今度はちゃんと出席させなさいよ。せっかくみんなを統一させたんだし…」
邦枝が席を立ってこちらにやってきた。
因幡は「は?」と邦枝に顔を向けて返す。
「誰がだよ…」
「こいつまだボケてんぞ」と因幡の頭をつかんで力を込める神崎。
「オレも手伝ってやろうか?」と因幡のアゴをつかんで力を込める姫川。
「ちょっと待て!! 整理させてくれよ!!」
邦枝は呆れながらも説明した。
「――――え?」
因幡自身が、石矢魔を統一させた張本人だと。
学校が地震で崩れたあと、転校した聖石矢魔学園でトップの座につき、新しく石矢魔高校が建て直されたあとは、挑んできた殺六縁起を次々と倒し、石矢魔をまとめ上げた、と。
何より耳を疑ったことがある。
「―――オレが男鹿に勝った?」
あの勝負の決着は、因幡の勝利にすり替わっていた。
因幡が勝利したことにより、神崎と姫川も石矢魔のトップに並んでいるらしい。
校内で誰も彼らに逆らう生徒はいない。
念願の石矢魔の頂点の座についたのだ。
性別どころか、過去も、未来も、改変されている。
「この調子で他の県の不良校も制圧してやろうって息巻いてたのはどこのどいつだ。頼むぜホントによぉ」
「今の石矢魔はてめーあってのもんなんだ。何か戦略で困ったことあったらいつでも言え。オレが知恵を貸してやるから」
神崎と姫川が笑って、元気づけるように因幡を軽く小突く。
因幡は手を握りしめ、胸にせり上がってくる複雑な感情に耐えた。
(騙されるな…。これは夢だ。オレは女で、石矢魔をひとつにまとめたのは男鹿なんだ…!!)
痛みで現実を忘れないように自身に訴える。
(オレは…―――。……?)
途端に、急に頭にモヤがかかったような感覚に襲われた。
「因幡?」
神崎の頭が因幡の額に触れる。
温もりも、感触も、手のひらの大きさも、神崎の手そのものだ。
(そうだ、騙されるな…。オレは、因幡桃矢だ…―――)
因幡は気付かない。
それが本当の名ではないことを。
理想の夢は、現実を蝕んでいく。
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