82:もう一度、殴り込みましょう。
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すべてが憎かった。
憎い。
憎い。
憎い。
呪文のように恨み言を唱え続けた。
どこにも居場所なんて存在しない。
どこへ行こうが嫌われもの。
それでも、生きたい、と思ってしまうのは、傍にいる相手を放っておけないからなのだろう。
「もうダメだよぅ。消えちゃうよぅ…」
弱々しい声を漏らす相方。
魔界にいた頃から、ずっと一緒だった。
魔界戦争によって住んでいた唯一の故郷を跡形もなく塵にされ、下級悪魔になってまで追われるように人間界にやってきた。
人間界では実体を保てず身体を失くしかけた彼らは、最初に神社の供物である2匹のウサギに宿った。
想いが込められたものに宿る習性。
それでも慣れない身体で弱り果て、微塵も動けなかった2匹を最初に拾ったのは、人間の子どもだった。
少女は、継ぎはぎだらけの着物を身に纏い、泥だらけの足で誰も使っていない家屋に隠した2匹の元へ残飯や木の実などの食べ物を運んでは、満足したように前歯のない口でよく笑った。
2匹は少女の為に何かできないかと思い、少女に願いを尋ねた。
少女は何もいらない、2匹が傍にいてくれればそれでいいと言った。
その数日後、2匹の前に数人の大人たちがやってくる。
貧困な彼らは食べ物に飢えていた。
だから、ナタや包丁を手に、2匹を食べようとした。
すでに体力を回復させていた2匹は、空を飛ぶような速さで家屋を飛び出し、ひたすら山を駆けた。
何日も何日も走り続けた。
そして、ついにせっかく回復していた体力も底を尽きかける。
その場に倒れ、弱音を吐く相方を叱咤した。
「弱音を吐くな、クロト…。ワシらが何のために…」
何のため。
シロトはっとする。
何のために生きているのだろう、と。
「酷い…。人間なんて大嫌いだ…。オレ達が食べごろになるまで…、太らせようとしてたんだ…。あいつら…、悪魔より最低だ…」
クロトはすすり泣きながら恨み言を並べる。
少女の顔を思い出す。
大人たちの後ろに隠れ、こちらを窺っていたのを。
「ワシらが、何をしたというのじゃ…」
シロトは絶望する。
誰も受け入れてはくれない。
カラッポの身体には憎しみだけが湧いてくる。
「クロト…、『生きたい』と強く願え…。ワシらの存在は、想いあってこそ……」
供物のウサギたちは願いのために想いが込められた犠牲の器。
その宿った想いが尽きるまで存在することが出来るのだ。
「うぅ…。絶対復讐してやる…っ。オレ達が…、あいつらの居場所奪ってやる…!」
「泣きながらそれだけのたまえるなら大丈夫そうじゃな…」
苦笑するシロト。
「苦しそうだな」
「「!!」」
声の方向に振り返ると、小さな祠がぽつんとあった。
声は祠の中から聞こえる。
「誰じゃ…?」
「貴様ら、このままだと消滅するぞ」
「……………」
祠から魔力の匂いが漂っている。
弱々しいが、かなりの濃度だ。
「ちょうどいい。貴様らとは話が合いそうだ。どうだ? 我の身体に取り込まれないか? 今はひたすら耐えるしかないが、いつしか、悪魔と人間、双方に復讐を遂げようではないか」
最初は警戒したシロトだったが、衰弱したクロトの姿を見て、縦に頷くしかなかった。
祠の扉が開き、シロトとクロトはジジの元へ誘われる。
じっくりと馴染まされ、やがて彼らは一つの『個』となった。
ジジが存在してこそ、シロトとクロトが存在する。
ジジは、魔界戦争に敗れた小さな王国の王だった。
満身創痍の身体を引きずり、魔界と人間界を繋ぐ扉を前に、息を潜め、機を窺っていた。
人間の想いに宿るシロトとクロトとの出会いは、計画にうってつけだと判断した。
身体の準備が済めば、あとは計画通りだ。
雨を降らす程度のジジの微力な力に魅かれた人間が祠に何度もやってきた。
そして、シロトとクロトが宿る器を人間に作らせ、長い年月をかけて一族を増やし、完全な適合者が揃って目前に現れるのを待った。
一族は世代を経て魔力を増長させ、シロトとクロトは新たに継続されるたびに、前の契約者の魔力を半分以上、いずれジジに献上するためその内に蓄えた。
すべては、己が欲望のために。
*****
「―――今のは、おまえの記憶か?」
白の世界に戻された因幡は、目の前で座っている白いウサギの姿をしたシロトに尋ねる。
シロトは、ふぅ、と息を吐き出した。
「……ワシも何度か、浅はかな人間を呪ったものじゃ…。絶望したものじゃ…。ジジ様の思惑にのせられるのは必然…。利用されているとわかっていても、後戻りもできなかった…」
「だからコハルを止めることなく、逃走に付き合ったというわけか。浅はかは貴様だ、シロト」
叱咤する声の方向に振り返ると、黒いウサギがいた。
その隣にはなごりも立っている。
「なご。…と、そっちはクロトか?」
「クロトについてきたら、ここにたどり着いたってわけ」
呑気に手を挙げるなごり。
「……オレらって、死んだわけじゃ…ねぇんだよな?」
心臓を貫かれたのは鮮明に覚えている。
その激痛も。
自身の胸に触れてみるが、空けられたはずの穴はすでに塞がっている。
「融合するためじゃ」
「融合って、男鹿とベル坊みたいな?」
おしゃぶりをした姿を思い出した。
「こんなカンジかのぅ」
シロトは人型に姿を変える。
現在のジジの姿だ。
「……オレ男になってる!!?」
「体の方はなごりじゃ」
「せめて顔の特徴何か入れてくれよ」
「クマがあるだろう」
クロトは目の下の隈を指摘する。
確かになごりの特徴だ。
それでも不満があるのか、なごりは「えー」と口を尖らせる。
「融合の為に命を一度繋ぎとめたが、今度は命を引き剥がしにかかってくるじゃろう」
元の姿に戻ったシロトは冷静に忠告する。
「これから先、けっして、自分自身を見失わぬことじゃな」
「「……………」」
「因幡桃、どうする? オレもこっち来る前に暴れたけど、簡単に破壊できる世界じゃねえぞ。…本当にジジに消されちまう前に、外側からジジをどうにかするしか…」
「…………それしかねえのか…?」
自身の手のひらを見つめる。
強く握ると痛みが走った。
「頼れ」。
そう言った神崎と姫川の言葉を思い出す。
「……頼って…いいのか?」
瞬間、右のふくらはぎに温かい熱を感じた。
見ると、王臣紋が光っている。
「王臣紋…?」
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