80:たとえ壊れてしまっても。
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ズン!!
屋敷全体が揺らぐほどの轟音。
本邸に足を踏み入れていた男鹿達は、その音の方向へ向かって走り、ついに玉座の間の扉へ辿りついた。
先頭の男鹿は、神崎達に振り返って頷き合い、それを合図に巨大なドアを蹴破る。
目に飛び込んできた光景に男鹿達は目を大きく見開いた。
いくつも空けられた床の穴、凹んだ壁、血まみれのなごりと因幡、うろたえる卯月達、そして、玉座の階段に大の字でぐったりとしているジジ。
「……おまえら…、来て…くれたのか…」
その場にしゃがみこんだ因幡は、男鹿達に肩越しに振り返り、頬の汗を手の甲で拭った。
右脚の氷の金棒を食らってブッ飛ばされたジジは、何度も床に体を打ちつけ、玉座の階段に激突して動かなくなった。
ジジの周りには階段の破片が散らばり、土埃を漂わせている。
先程まで闘っていたのは明白である。
息を荒くさせる因幡の髪と瞳の色が、元の色をゆっくりと取り戻す。
「桃ちゃん!」
「へへ…」
小さく笑った因幡は、桜を心配させないように再び立ち上がった。
現状が把握し切れていない男鹿達。
敵だと思っていたなごりは、大怪我を負い、壁際に背をもたせかけていた。
「なごちゃん!!」
「なごり!!」
なごりの姿を見たユキとフユマはなごりに駆け寄る。
「なごり様は一体…」
同じく状況がわからず困惑している鮫島に、因幡は説明した。
「なごは、オレ達の敵じゃなかったんだ」
「どういうことだ?」
姫川に催促され、因幡はフラフラを少し傾け、「えーと…」とどこまで説明するか考えようとしたところで、
「……オレが説明してもいい?」
なごりは苦笑まじりに、正直に打ち明かした。
もう隠す必要などないのだ。
なごりは卯月の長であるジジの裏の計画を知ってしまい、それを阻止しようと今まで敵のフリをしていた。
ジジと視覚と聴覚が繋がっている以上、協力者も作ることもできず、ジジに忠実なフリをするしかなかったからだ。
ジジを倒すには因幡の『魔力を殺す』力が必要だった。
自身の『魔力を封印する』力を連携させれば勝機は見えた。
計画を練り上げて実行に移そうとしたが、始末する手前で誤算が起きてしまう。
それは、ジジの身体が、自分の母親の身体を乗っ取っていたこと。
ジジが他の悪魔の身体を借りて生き続けていたことは『王の日記』に記されていた通りだったが、自身の母親の身体が乗っ取られているとは…。
「可能性はゼロじゃないことは覚悟してた…つもりだった…。…けど…、できなかった…。オレを捨てた母親と思い込んだままだったのに…」
右手のひらを見つめるなごりは、痛いくらい強くコブシを握りしめた。
「……ツバキ…」
桜は、倒れたジジを見つめ、なごりの母親の名を口にする。
「! 姉貴、知ってるのか?」
「ええ…。フユマ様の、世話係よ」
「!!」
桜の脳裏に、うさぎ小屋で暮らしていた時の思い出が浮かぶ。
コハルの世話は桜が、フユマの世話はツバキがしていたのだ。
「ツバキは、私がこの本邸を訪れる前に出会ったコで…、一緒にコハル様とフユマ様のお世話をしていたの…。…まさかとは思っていたけど…、母親になっていたのね…」
「ツバキが、ジジに…?」
クロトを引き継ぐ前に、ジジとは何度か会っていたフユマも、ジジの仮宿の身体には気づかなかったのだ。
「親父…っ」
なごりはフユマの右肩をつかみ、震える声で言う。
「かあさんは…、捨てたわけじゃなかったんだ…! オレと…、親父を…っ!」
これまでのつかえが取れたかのように、なごりの瞳から涙が流れた。
その涙で、どれだけなごりが自分を押し殺してきたかが伝わってくる。
コハルにも、ツバキにも、見捨てられたわけではなかった。
その事実に、思わずフユマも目尻に涙を浮かべた。
「ユキ…」
「なごちゃん…」
愛しい手に頭を撫でられ、ユキは猫のように目を細める。
「ごめんな…。こんなに好きでいてくれてるのに、傷つけてばかりで…」
「ううん…。なごちゃんこそ…、辛かったよね…?」
なごりの手に触れ、優しく撫でる。
なごりの手は震えていた。
「オレ…、もう、忘れられる必要なんてないよな? 学校行って、友達つくって、家族で囲ってメシ食って…、それから……だめだ…やりたいこといっぱいあって全部口から出て来ねぇ…」
「なごり…」
それが、飄々と生きていたように見えた、なごりの願いだった。
ひとりの人間としての日常―――。
それを理解してやれず、罪悪感でフユマは胸を締め付けられるような痛みを覚え、謝るようになごりを抱きしめる。
「なごちゃん…!」
ユキもフユマごとなごりを抱きしめた。
「……………」
その光景を優しく眺める鮫島の口元は緩み、目は寂しげだ。
「あ…、ツバキは…」
「本気で蹴っちまったからな…。気絶してるだけだと思う。…用心してくれ」
桜はツバキの傍へと駆け寄った。
それを見送り、絆を取り戻したなごり達と鮫島を横目で交互に見た因幡は神崎と姫川と男鹿に振り返る。
思いのほか、事が早く終わったので、キョトンとしていた。
「え…と、ごめん…。オレ自身が決着つけちまった」
ここまで来てくれたのに、と反省の態度を見せたが、姫川と神崎の目がギラリと光る。
「こ!!」
「の!!」
「「バカ娘があああああ!!!」」
「ギャァァアアアッ!!」
神崎と姫川に挟まれ、2人のコブシが因幡の頭部に押し付けられグリグリされる。
これが無茶苦茶痛い。
「いだだだだだ!!!」
痛みを訴えるがしばらく続いた。
男鹿とベル坊は「痛そうだな」と呑気に傍観しているだけだ。
終わった頃には、しゅ~、と押し付けられた部分が煙を上げる。
「ったく、大人しくしてはねーだろうなとは思ってたが」と姫川。
「オレ達が駆けつけてくる前に解決させやがって」と神崎。
「なんだよ! 自分のケツはちゃんと拭ったろ!?」と膝をついて頭を抱える因幡。
「そうやって一人で解決させようってところがムカつくんだよ。「頼れ」って言ったよな? オレ達以外にも、黒狐やおまえの父ちゃん、石矢魔の奴らまで助けに来てくれたんだぞ。もっと反省しろ」
「…!!」
指をさす神崎に言われ、因幡は返す言葉が見つからない。
姫川はポケットから因幡のスマホを差し出した。
「アドレスを全件削除して自分と関わった人間の記憶を消す魔言だそうだな。…見ろよ」
「!!」
画面に表示されたのは、大量のメールだ。
送り主の名前とメアド、メッセージがある。
烈怒帝留、黒狐、家族、石矢魔の生徒達から。
自分が消したはずのアドレスより多かった。
“登録夜露死苦! ダブ! 男鹿辰巳&ベル坊”
“けんかしようず!!!! 東条英虎”
“みんな待ってる 邦枝葵”
“またみんなで面白いことしようよ 夏目&城ちゃん”
“早く帰ってくるっス!! 花澤由加”
“MK5推参!! MK5一同”
“グッナイ グッドナイト下川”…………。
「あ…」
新たにメールが追加される。
““石矢魔に帰るぞ 神崎一 姫川竜也””
「戻ったら、長い説教か、踵落とし、ヨーグルッチ攻め、好きなの選ばせてやる」
神崎がそう言うと、姫川とともに手を差し伸べた。
「…ははは…。どれもヤだな」
(……本当に、バカばっかだ…、石矢魔は……)
目に涙を浮かべた因幡は手を伸ばした。
ドス!!!
胸を襲った鋭い痛み。
手から滑り落ちるスマホ。
込み上げる熱。
「―――あ…れ?」
言葉を発すると、口に溜まった血が流れ出る。
目の前を見ると、突然の事に目を大きく見開く、神崎、姫川、男鹿、ベル坊。
「花嫁には、ブーケが必要であろう?」
冷笑まじりの声に自身の胸元を見ると、血が付着し色づいた氷のバラが咲いていた。
心臓を貫かれたのだと自覚すると同時に、床へと倒れこむ。
「―――ッッ!! 因幡――――っっっ!!!!」
.To be continued