79:誰の為のウェディングですか?
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「つっ!」
待合室から引きずられた因幡は、玉座のある大広間の中心に放り投げられた。
モノクロの冷たい床に体を打ちつけ、痛みにしかめた顔を上げる。
「!」
壁際には囲むように立つ、卯月の者達。
因幡を連れてきた男達もその輪の中へと入る。
大広間は薄暗く、式場と言うにはあまりにも華がない。
「初めましてというべきか、22代目・シロトよ」
はっと見上げると、黒のカーテンに隠された玉座があった。
そこから聞こえるのは老人のしゃがれ声。
「…アンタが、卯月の長…?」
「口を慎め!」
「長の御前だぞ!」
「ジジ様とお呼びしろ!」
周りが非難を浴びせてくる。
声が聞こえてきた方向を睨みつけ、ゆっくりと立ち上がった因幡は玉座に視線を戻した。
「ジジ…」
「待ちわびたぞ。22代目…桃。我は貴様が腹の中におった時から知っておるぞ」
「……オレは、アンタのこと、なごの話でしか知らない。この婚礼の儀ってやつも、物騒なことしかわかってねーんだけど」
「くくく…」
「何がおかしい?」
「いや、本当に男のように喋ると思ってな。美しい花嫁衣装だというのに、滑稽なほど不釣り合いだ」
「不釣り合いで結構。今、そんな話してねーよな?」
苛立ち混じりに声を低くして言い返すと、ジジは笑い混じりに言う。
「威勢のいいおなごだ。…貴様、蝿の王と戦ったな?」
男鹿との勝負の事を出され、片眉を上げた。
「……それが?」
また話が逸らされるのかと思ったが、違うようだ。
「今度こそ勝利してみたくはないか? 我の力で、貴様をさらに強化させることも可能だ。蝿の王をねじ伏せる力を……」
手を差し伸べているようだ。
だが、因幡はその手を払いのけるように言い放つ。
「悪いな。せっかくだけど、アンタの力なんかいらない。喧嘩に、そんなモン必要ねーんだよ!」
「財力も人徳も手に入ると言ってもか?」
「いらない」
力強く断った。
これ以上はいらない、と。
それが理解できないのか、卯月達がざわつき始めた。
ジジは面白がり、くつくつと笑う。
「本当に、無欲な卯月だ」
「欲しいモンは自分で手に入れる。何もしないで他力本願で何もかも手に入れようってやつの気がしれねえけどな。それにオレは卯月じゃねえ。因幡だ」
薄笑みを浮かべて言い切ると、周りが再び野次を飛ばした。
「貴様…!!」
「我々を愚弄するのか!!」
「神頼みのどこがいけない!? これ以上の物を欲して何が悪い!!」
中には、開き直る卯月もいる。
「てめーらの願いの為に…、母さんがペットのように閉じ込められていたかと思うと、腹が立つ…!!」
うさぎ小屋に1週間暮らしているうちに、その窮屈さを知ってしまった。
だからこそ怒りが湧く。
コハルはどれだけ寂しい思いをしていたのだろうか。
卯月の勝手で、生まれて間もなくうさぎ小屋に閉じ込められた彼女の気持ちを考えると。
「ここに来てわかったことがいくつもあるけどよ…」
静かに言った因幡は人差し指を立て、ジジに声を荒げて言い放つ。
「オレは、てめーの身を捧げてでも、こんな、自分の家族も大事にできねぇ自分勝手な奴らに幸せを与える義理なんて、ひとっっつもねぇ!! たとえ血が繋がっていようが関係ない!! てめーらはオレの敵決定!! 結婚なんざ御免だ!! てめーらごとブッ転がしてやる!!!」
どよめく卯月達。
因幡の瞳は敵意を剥き出しにしている。
「ここまでじゃじゃ馬とは」
ジジが一笑すると同時に、黒のカーテンの向こう側から数十本の茨が飛び出した。
「!!」
“桃!!”
突然横から蹴られ、茨をかわした。
標的を失った茨は床に突き刺さり、穴を空ける。
「!! シロト!?」
傍に転がったのは、シロトが宿る右靴だ。
「あら、どーゆーつもりなわけ? シロト」
そこへ現れたのは、なごりだ。
部屋に入った途端に、なごりの手からシロトは因幡を守るために飛び出したようだ。
「シロト…」
玉座から静かなジジの声が轟く。
恐怖心があるのか、シロトが靴ごと震えた。
“ジジ様…、ワシは……”
「貴様、まさか、情に流されて人間の肩を持つ気か? 人間が滅べばよいと望んだのは貴様らだろう?」
声の一つ一つが重く感じた。
それでもシロトは果敢にも発言する。
“わ…、ワシらは、人間と共にいた期間が長すぎた…! 人間も、時代とともに変わっておる…!”
“黙れシロト!! 貴様、ジジ様に何を言ってるのかわかっておるのか!?”
クロトが焦るようにシロトをなだめようとするが、シロトは必死に自分の意思を訴える。
“コハルに外に連れ出された時から、感じておったんじゃ! ワシは…!!”
靴が白い光を放ち、光はウサギの形を成して具現化する。
“ワシは、コハルと桃矢の好きな人間界は、このままにしておきたい。どうか…っ。ジジ様―――”
「血迷ったか、シロト」
冷ややかな返事とともに、再び氷の茨が飛び出し、シロトに襲いかかった。
「シロト!!」
因幡が床を蹴ってシロトのもとへと走る間、喉の結晶が砕けた。
パァン!!
氷の茨が迫り、因幡の左脚が氷の茨を蹴り砕く。
「!!」
ジジは驚いて目を剥いた。
自身の攻撃が砕かれるとは思っていなかったのだろう。
「こんなもん…!!」
因幡は左脚を勢いよく振り上げ、両手を拘束している手かせを砕いた。
シロトが戻った右靴を履くと、瞳は赤く染まり、髪はメッシュを残して白く染まる。
花嫁衣装の裾をスリットのように引き裂き、動きやすくした。
黒のカーテンの向こう側から氷の茨が槍のように、時には矢のように飛び出し、大広間を走り回りながら避けては宙にジャンプして何度も粉々に蹴り砕く。
散った氷の破片はロウソクの明かりに反射してキラキラと光り、その中を舞うように飛ぶ因幡に大広間にいる誰もが目を奪われた。
「く…っ」
何度も自身の魔力で作り上げた氷の茨を破壊され、ジジは初めて呻き声を漏らす。
それを聞いた卯月達ははっとする。
「はっ!」
「なごり!!」
「茫然とするな!!」
「花嫁を押さえろ!!」
魔力を解放させた戦闘モードの因幡とシロトを止められるのは、なごりだと考えたのか、ひとりひとりが声を張り上げる。
「りょー。まったく、悪魔使いの荒い親戚共だぜ。せっかくの綺麗な光景が台無しだ」
呑気に返事を返したなごりは、ネクタイを取り外して宙へ投げ、胸元にある結晶を砕いて自身の魔力を解放させる。
漆黒の紋様がなごりの体に浮かび上がり、鋭利な牙と爪が伸びた。
瞳は赤に染まり、敵意を見せる。
因幡は床に着地し、玉座に背を向けてなごりと向かい合った。
互いに距離を置き、様子を窺う。
「はぁ、はぁ…」
ジジは苦しげに胸を押さえ、荒く呼吸を繰り返していた。
「ジジ様!」
卯月のひとりが駆け寄ろうとするが、ジジはカーテンの破れた穴から手を出して制す。
「よい…。あの娘…、我の魔力をことごとく殺しよる…!」
予想以上の因幡自身の膨大な魔力の量とその能力に驚きを隠せず、むしろ喜ぶかのように打ち震え、口元を笑わせた。
なごりはシロトに尋ねる。
「シロト、おまえに迷いはねえんだな?」
“ワシは、桃が望むなら、その通りにするまでじゃ…”
“すっかり、ほだされよって…!!”
クロトが怒りを露わに、唸るように言った。
「…あーあ、大切な式がめちゃくちゃだよ、ハニー」
「契約条件は全部そろったんだ。あとはオレが全部かなぐり捨てるのも勝手だろ?」
「ははっ。とんだ返しだ。…―――本気で相手してやる。オレにだって譲れねぇモンがあんだ。白い花嫁衣装が真っ赤に汚れても文句垂れるなよ?」
一瞬でなごりの余裕ありげな笑みが消え、目つきを鋭くさせた。
いつもヘラヘラ笑っていた顔とは別人のようだ。
因幡は不敵な笑みを浮かべ、挑発的に手招きする。
楽しいのだ、この状況が。
「上等だこのヤロウ。そんなツラできんじゃねーか。…文字通り、白黒つけようぜ」
大広間が静寂で包まれ、卯月達は息を呑んだ。
「それじゃあ、始めよう」
なごりはズボンのポケットに手を突っ込み、スマホを取り出した。
それから、因幡と目を合わせたまま画面を親指でタッチし、
「「「「「!!」」」」」
真上に高く放り投げた。
それを、因幡と卯月達が目で追ってしまう。
次の瞬間、カッ、と大広間全体を照らすほどの眩い光が画面から発せられ、突然のことに因幡は目を閉じてしまった。
(しまった…!! 目くらまし…!!)
“桃!!”
目の前からなごりが真っ直ぐに駆ける音を聞き取った。
「因幡桃…!! ――――」
「!!?」
無理をして薄く開けた目から、ぼんやりだが、なごりの笑みが見えた。
.