79:誰の為のウェディングですか?
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昔々、これは、赤都鬼町が、まだ名もない村だった頃の話だ。
森に囲まれた村は、とても貧しく、飢えや病気で苦しむ村人ばかりだった。
それでも協力し合い、畑を耕し、森に出向いて狩りをしながら飢えを凌いでいたが、何日も雨が降らなければ農作が育たず、水にも困った。
そこで村人は、森の奥にある祠に祈願する。
ある時は貴重な供物を備え、それでも雨が降らなければ、村で一番若く美しい女を巫女にしたて上げ、祠の前で何日も飲まず食わず祈祷を捧げさせた。
雨が降った満月の日、役目を終えた巫女は森から出て帰ってくる。
その腹に、父親不明の子を身ごもって。
巫女は祠の前で置き去りにされてからの記憶を失っていた。
なので、どうして自身の体に子が宿っているのかさえも覚えていなかった。
子を宿した巫女と、生まれた子ども達は、最初は村人に気味悪がられていたが、それでも雨を降らせるためには巫女と供物が必要だと考え、祈祷をやめられなかった。
子を身ごもった巫女は数人。
生まれた子ども達は見た目も普通の人間とさして変わりなかった。
時折光る赤い瞳、黒と白の髪、老けにくい身体とう特徴を抜いては。
彼らは、赤の瞳がウサギに似ているという意と、満月の夜に母親の腹に宿って村に帰ってくるという意をとってつけ―――『卯月』と名付けられた。
村人も数が増えるほど慣れてしまい、中には仏の子だと崇める村人もいた。
『卯月』の子どもはやがて大人になり、村人と夫婦になって同じ血が流れる者を生む。
それを繰り返し、卯月の一族が生まれた。
奇妙なことに、人間の娘とは違い、卯月の血が流れる女が巫女役になれば、雨が降ったのちも、子を身ごもることもなく森から無事に戻って来れるようになった。
彼らにとって不便なのは、都へ出向く時、化物だと思われてしまわないように気を付けなければならなかった。
同時に、それを恐れ、生涯、村で過ごさねばならなくてはならない運命だと誰もが理解した。
そして時が流れ、村の人間は卯月の子孫たちだけとなってしまった。
そんなある日、雨が降り続いたにも関わらず、とある夫婦が子ども2人を抱きかかえ、祠にやってきた。
彼らも、卯月の一族だった。
布に巻かれた幼い男女の双子は苦しげに息を繰り返し、その父親と母親は祠に向かって必死に願う。
「私達の子どもが病にかかってしまいました!! 名もわからぬ病なので、村人は恐れて誰も助けてくれません!! 都へ行っても、医者に診てもらう金もありません!!」
「お願いします! なんでもします! この子たちを助けてください!!」
「どうして、私達がこんなに苦しまなければ…。都に行けば、腕のいい医者などいくらでもいるというのに…!」
苦痛の声に、祠の主は、祠の中からこう言った。
“哀れな人間よ。その童子達が苦しんでおるのは、己の内にある魔力の制御が出来ていないからだ。我の2匹の使い魔をその童子達に宿そう。内で暴れる魔力を押さえてくれるはずだ”
祠の主は、男女の双子の胸元に光る首飾りに使い魔―――シロトとクロトを宿した。
すると、苦しんでいたのが嘘のように、双子は寝息を立てる。
“人間よ。…さらなる力が欲しくないか?”
祠の主は笑みを含めて条件を出した。
シロトとクロトを持つ男女に婚礼の儀をあげさせること。
夫婦は祠の主の言う通り、村に広め、欲深い村人たちはその条件を呑んだ。
ただし、ここで誤算が起きてしまう。
シロトを受け継いだ女が頃合いのいい年になれば拒絶を起こしたり、新たな契約者を見つけるまで眠りにつくなどの問題が起きたからだ。
それゆえに祠の主が持ちかけた条件が延期されてしまう。
しかし、欲望の力とは恐ろしい。
卯月の血が流れる者は身体能力が高く、頭脳も明晰だ。
祠の主の言う通りにすれば、時をかけて村は町となり、他の町から人が訪れ人口増加、卯月財閥も立ち上がり、世間から隠すように祠もより安全な場所に移された。
祠の扉は魔界に繋がっており、卯月の者もそこから魔界を行き来し、直接、祠の主―――ジジから命を受けた。
きっと、これ以上の、富、力、知識を手に入れることができると信じて。
*****
魔界側の本館にある、待合室でなごりは物語を語っていた。
「『卯月』は欲望に忠実で嫉妬深く、世代を経るごとに誰よりも先へ行くことに執着した。ジジ様が統べる自分達が特別。魔力も持たない人間は下等。まるで自分が人間じゃないような考えだ。バケモノであることを望んでいる。―――世代を超えて、随分と醜くなったもんだ。オレ達の体にも、その血が流れてるんだぜ?」
椅子に跨るように座り、背もたれの上にアゴをのせる。
向かい側では、鉄の手かせをされたまま椅子に座る因幡が、もの言いたげになごりを睨んでいる。
「―――ハニー、これがキミに知りたかったことだ。ネットでググッてもでてこない貴重な卯月の歴史。長い時を経て、オレとハニーは、一族のメシアとして生まれた」
「…てめーはそれに加担すんのか?」
一度間を置き、因幡は静かに尋ねた。
なごりは笑って答える。
「当然。なんでも手に入るんだよ。人間界でさえも。ヘタをすれば魔王を超越した存在になれるんだ。人間の頂点に立てるって、さぞかし気持ちがいいんだろうな。そのてっぺんを、親父達にも見せてやりたいんだ」
まるで夢を語る少年だ。
「……他の人間はどうなる?」
「歯向かうなら容赦はしない。力づくで従える。日本だけじゃない。世界も卯月のものにする」
それを聞いて、因幡の脳裏に石矢魔の人間と家族がよぎる。
彼らも、そのうちに入るのだろう。
さらなる力を手に入れた卯月は、それを悪用して人間を支配する気だ。
その目的を聞いて、内に湧き上がる怒りに耐えながら、息を吐いた。
「……おまえにはガッカリだ、なご。おまえは…―――」
「今更オレをフッても、もうすぐ式が始まる。本当は隠したまま式に出てほしかったけど、卯月のことについて教えるのが条件だったから。…神の御前での結婚式だ。一般の教会で行う結婚式よりハイレベルだよ」
「本物の神様の前でも、愛がなければ結婚式じゃない。価値もない陳腐な茶番だ。オレは、おまえを愛してない」
「あはは。結婚式が建前なのはオレだって百も承知だって。…そう、ただの儀式だ。だが、オレ達卯月にとって価値は十分ある」
なごりの瞳が赤く染まり、冷たい眼差しを向けられる。
まるで別人を見ているようだ。
「…ジジ様には逆らわない方が賢明だ。卯月の頂点だし、勝つ見込みはない。あと、助けも期待しない方がいいな。オレが魔言かけといたし」
「!!」
記憶が戻ってしまった以上、神崎達は意地でも自分を助けに来るだろう。
そのせいで神崎達が傷つくのだけは嫌だ。
それを察し、なごりはくつくつと笑い、安心させるような声色で言う。
「ケガさせるような魔言じゃないって。花嫁の大事な友人だ。オレは丁重にする」
因幡は椅子から立ち上がった。
「なご、てめーら卯月の目的は絶対に達成させねぇ…!」
たとえ特別な力が手に入ったとしても、親しい人間までも巻き込んでしまうような願いは望まない。
口角を上げたまま、なごりは指で銃の形をつくり、自身の喉元に突き付ける。
「無駄乙。ジジ様の茨からは逃れられない。オレからも」
因幡の喉には、なごりの能力で形成された、魔力を封じる結晶が埋め込まれていた。
それでも大人しくしている因幡ではない。
一度は破ったのだ。
また破ってやるとあの時の感覚を思い出す。
赤い瞳と、赤い瞳がぶつかり合う。
「シロト…!!」
両足に履いた、ウェディングドレスとは不釣り合いの靴に声をかけた。
“……………”
「…シロト?」
しかし、シロトは無反応だ。
「ああ、ちなみに、封じたのはハニーの魔力だけ。シロトはそのままだ」
なごりは、前のようにシロトが眠りについていないことだけを説明する。
前より能力の制限が弱いのなら、簡単に結晶を砕けるはずだ。
「……じゃあ、なんで反応がないんだ? …シロト…!?」
“……………”
卯月の歴史を思い出してしまったシロトは、迷っていた。
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