77:昔の敵は今日のなんでしょう。
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西口では、西の護衛・コシュウに黒狐が翻弄されていた。
「オラァ!! ちゃんと逃げんかいキツネ共ォ!!」
声は聞こえるが、あちこちに移動しているため定まらない。
「うがっ!」
またひとり、黒狐のメンバーが背後から切り付けられて地に伏す。
つかまえることもできないコシュウに他の黒狐のメンバーは浮足立っていた。
「固まれ!! 単体になれば狙われやすいぞ!!」
明智が声を張り上げて指示を出す。
「クソが…っ、全然見えねえよ…っ!」
豊川は目で追おうとするが、相手は目の端にも映らない。
ジャーッ、と氷で形成された車輪が地面を滑走する音が辺りから不気味に響くだけだ。
「ほらほらこっちやでぇ!!」
はっと振り返るが何もない。
「ぐあ!!」
反対の方向から仲間が切りつけられたようだ。
ドサ、という音に再び前に向き直る。
「どこ見とんねんボケが!!」
(遊んでやがる…!!)
豊川は奥歯を噛みしめる。
切りつけられた仲間は、「痛ぇ」、「う…っ」、「人間じゃねえ…」と呻いていた。
死人は出ていないようだが、遊び半分で相手されていることに腸が煮えくり返った。
「てめぇ…、チョロチョロ逃げ回ってんじゃねえぞ!!」
怒りに任せて鉄パイプの先端を足下に叩きつける。その背後に伏見が立った。
「伏見…」
肩越しに振り返ると、伏見は口角を上げていた。
「落ち着け…、豊川…。因幡ほど…、速くは…ない…」
因幡と対峙し、目に見えない動きで食らった重い一撃は今でも鮮明に覚えている。
「はぁ?」
その言葉が聞き捨てならず、コシュウは伏見から距離を置いて止まる。
それから嗜虐的に笑い、赤い目を見せた。
「わいより速い奴なんか卯月におらん。たとえ22代目シロトやろうと…!!」
「こいつ…!!」
「取り囲め!! 一斉にたたむぞ!!」
黒狐のメンバーが姿を見せたコシュウを囲み、得物を手に一斉に飛びかかる。
「焦るな!!」
稲荷が怒鳴るが、再びコシュウの姿が消えた。
“フローズンウィール(滑り裂く車輪)”
「ぎゃあ!!」
「っ!!」
コシュウに襲いかかったメンバーが一瞬でやられてしまう。
「あかんわぁ…。そろそろ派手に血しぶき浴びたなってきたぁ…」
倒れたメンバーの中心に、またしてもコシュウが姿を見せる。
その表情は自分の中の衝動をおさえているように疼いていた。
豊川、伏見、寿、明智の背中に、ゾク…、と悪寒が走る。
「わいな…、キツネが嫌いでなぁ…。“虎の威を借る狐”ってことわざあるやろ? 虎の権勢を借りて威張る狐。その意味知ってからもう嫌悪がとまらんわぁ。おまえらそのまんまやんけ」
「あ゛ぁ!!?」
象徴を汚されたようで豊川は声を荒げる。
「豊川…、挑発だ…、乗るな…」
その後ろで伏見は叱咤した。
「「……………」」
寿と明智は無言でコシュウを睨みつける。
「22代目シロトと関わりあったおまえらの話は聞いとるでぇ。そこのリーダーが不在の間…、その名を借りて、仲間騙して利用して、たいそう威張ってたそうやないか、そこの鉄パイプの兄ちゃん」
コシュウは豊川を見据えながら、親指で後ろにいる稲荷を指す。
「…っ!!」
「……………」
痛いところを突かれた豊川とは反対に、稲荷は冷静だ。
「違う…っ。オレは…、稲荷さんの代わりに…!」
稲荷が病院で入院している間、代わりを務めていただけだ。
しかし、物は言いようである。
一任されていた頃の罪悪感を抉るには十分な言葉だ。
「どんな気持ちやった? 詳しく聞かせてくれん?」
「豊川!!」
豊川の動揺を感じ取り、伏見は怒鳴った。
それでも聞こえていないように豊川はコシュウ越しに稲荷を見つめる。
「稲荷さん…、オレは、そんなつもりじゃ……」
「豊川…」
「ほら動揺した」
ニヤ、と笑ったコシュウは見えない速さで豊川に迫り、右脚を振り上げた。
(まずい…!!)
豊川が狙われたことを察知した伏見は、豊川を庇うように自分の背後に引き寄せた。
「!!」
ギィン…!!
金属音が響き渡る。
「…寿…っ!」
伏見の目の前に移動し、コシュウの切れ味ある車輪をナイフで受け止めた寿。
押し負けまいと歯を食いしばる。
「あらら、これはこれは、元・夜叉の裏切りリーダー」
「否定はしねえが、マジで黙れおまえ…!!」
寿は空いてる左手で腰のナイフを取り出し、コシュウの顔面目掛け突き出す。
「おっと…っ」
コシュウは後ろに飛んで避けるが、
「明智ぃ!!」
「!?」
その背後では明智が紐を手に待ち構えていた。
タイミングを見計らい、数本の紐を放ち、コシュウの体に巻きつこうとする。
「おお!?」
紐に付けられた鉤針がコシュウの皮膚に食い込む瞬間、コシュウの姿が消えた。
「「!!」」
紐が絡みつく前に真上から逃れたようだ。
ザザン!!
「がぁ!!」
「っぐ!!」
どこにいったのか、と目で探す前に、寿と明智の体中に無数の切り傷がつけられた。
「寿!! 明智!!」
「狐が虎に勝てるわけあらへんやろが!! ボケナス!!」
高らかに笑い、コシュウは地面を滑走する。
「っく…、はは…、そうだな…」
失笑したのは寿だ。
倒れないように地面を踏み締め、目を伏せて足下にぽたぽたと落ちる自身の血液を見つめた。
「オレは昔から…、本当に強い奴の後ろに立ってただ威張ってるだけだ…」
自嘲の笑みを浮かべ、因幡の背中を思い出す。
それを聞いたコシュウは一度寿の前で止まり、疑問の眼差しを向けた。
「わからんなぁ…。22代目シロトと敵対してたおまえらがなんでここにおんのか…。特に、おまえ」
そう言って寿を指さす。
過去も調べ上げたようで、この場に寿がいるのは相応しくないと思ったからだ。
「…最初に電話を受けたのはオレだ」
その時、明智が、頬の傷口から流れる血を手の甲で拭いながら答えた。
「神崎からな。豊川だとすぐに言い争いになっちまうから…。それで、オレから稲荷に頼んで、ここに来た」
「知っているだろう? 貸し借りしてる間柄だって」
傍観していた稲荷が言うと、コシュウは「ふーん」と頭の後ろで手を組んだ。
「割に合うとは思えんけどな…。わいはその気になればおまえら殺せるで?」
その殺気は本物だ。
喉を鳴らす寿は、手汗とナイフを同時に握りしめる。
「…たとえ死んでも…、忘れさせねぇよ…。オレ達がここにきたのは、アイツに対する嫌がらせだ」
「あ?」
寿の呟きにコシュウが振り返る。
「てめーの思い通りにはならなかったってな…、見せつけてやるんだよ…」
(オレがどんなにどん底まで落ちても…、それでも、こんなオレを最後まで見捨てることなく這い上がらせようとしたアイツを、忘れるわけがねぇ…!!)
忘れてしまいたい黒歴史だと思っていた。
なのに、一時的に因幡の存在を忘れてしまったという事実は、それ以上に情けなく、羞恥のことだった。
「吠えんな。ウザいわ」
コシュウがいなくなる。
寿はナイフを構えた。
「今のオレは…、もう違う…」
寿の視線が稲荷に移る。
(今では嫌でも前に立ってる…。因幡と同じ位置に立ってるんだ…。リーダーとしての看板が、オレにとって重すぎたことが自覚できた。だからかな…)
視線を下に移すと、地面に点々とある自身の血痕が急にこちら側に伸びた。
何かが通過したようだ。
同時に寿は目つきを鋭くさせて前を見据え、ナイフを右斜めに振り上げた。
(今は、マジで肩が軽い)
ビッ!
「い゛…っ!!」
コシュウの左頬をナイフで斜めに切り付けた。
当たると思っていなかったのか、思わずコシュウは寿の横を通過して姿を見せる。
「よ…くも…っ!!」
右手で傷を覆ったコシュウは、激昂して寿をギロリと睨み、瞬時に寿の背後目掛け右脚を突き出した。
「このダボが!!!」
ギン、と防いだのは豊川の鉄パイプだ。
豊川はコシュウを睨み、「あああ!!」と横に振るった。
「くっ!」
コシュウは咄嗟に顔の前で両腕をクロスさせて防ぐが、その一撃は重く後ろに吹っ飛んだ。
「豊川…」
出血が多く、寿が倒れそうになると、横から伸びた大きな腕に支えられる。
「伏見…」
「よくやった…」
伏見の珍しい労いの言葉に、驚いて目を見開く。
豊川はそれを肩越しに見、「あーあー」と唸った。
「後輩にカッコ悪いとこ見られちまった…。過去の黒歴史ほじくりかえしやがって。でも、稲荷さんは、「また始めからやりなおそう」、「また3人で頑張ろう」って言ってくれたっけな! もう3人じゃねえけど!!」
鉄パイプの先端を向けながら不敵な笑みを浮かべる豊川。
「…………頼もしくなったな…、みんな…」
それを見て、稲荷は口元を緩ませた。
豊川には、もう何を言っても効果はなさそうだ。
察したコシュウは腹を立てて舌打ちする。
「チッ。クズ共が。今度は骨まで裂いたる…!!」
「くるぞ!! 固まれ!!」
赤く染まった目を見て、豊川、伏見、寿、明智は背中合わせになる。
相手は今度は殺す気で来るだろう。
「さあ、誰から殺ったろかなぁ」
フッ、とコシュウの姿が消える。
音で聞き取ろうとするが、コシュウは4人の周りをぐるぐるとまわっているのかすぐには仕掛けてこない。
最初に切り付ける獲物を選ぶように。
「そうやなぁ…。まずは…―――、おまえや」
ガシャン!!!
「!!?」
同時に、豊川の前に投げつけられた何かがコシュウに直撃した。
「な!?」
地面に横倒れになったコシュウははっと起き上がり、投げつけられたものを見た。
無人の車椅子だ。
横に倒れ、からから…、と車輪だけがまわっている。
「く、車椅子…!?」
はっとする豊川達。
車椅子が飛んできた方向に振り返ると、
「たまには、リーダーが動かないとね…」
稲荷が二足歩行でこちらにやってきた。
「「「「立ってる――――っっ!!!??」」」」
驚きのあまり、豊川達が目を剥いて叫んだ。
「おま、え、おま…っ!!?」
コシュウも指をさして驚いていた。
稲荷は軽やかに笑い、小首を傾げる。
「いいね。狐につままれたような顔だ」
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