76:それぞれの想い。
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『うさぎ小屋』の上空でホバリングする、男鹿達を乗せたヘリ。
因幡は夢を見ているような感覚でそれを見上げていた。
どうしてここに。
どうして。
混乱して他に発する言葉が見つからない。後ろに立つなごりもそれを見上げ、「…一般人にはできないマネだなぁ」と呑気に呟いた。
ドアが開かれたヘリで、神崎は拡声器を取り出す。
「あー、あー…、テステス…」
拡声器のスイッチを入れ、音量を確認すると、スゥ、と息を吸い込んだ。
それを見計い、姫川、桜、邦枝、東条、男鹿、ベル坊は両手で耳を塞ぐ。
そして神崎は顔を険しくさせ、口を開いた。
「ゴラァァアアア因幡――――っっっ!!!」
「「!!」」
拡声器から発せられたのは、腹の底から引き出された怒声だった。
キーン、とハウリングが発生し、耳をつんざくような音量に因幡となごりも両耳を塞いだ。
「カンネンして出て来いコラァ!!! てめーには死ぬほど説教して死ぬほどヨーグルッチ飲ませてやるぜこのボケナスがぁっっ!!!」
「出てますけど」
なごりがつっこむ。
「貸せ」
横から姫川が神崎から拡声器を奪った。
こちらも何か言い分があるらしい。
「てめー!! よくもオレ達を欺こうとしやがったな!! 因幡のクセに生意気な!!!」
次に邦枝が奪う。
「そういうことじゃないでしょっ。みんな、因幡を助けにきたのよ!! お姉さんも…」
そのまま桜に手渡された。
「桃ちゃん、一緒に帰りましょう!!」
続いて東条に手渡される。
「まだケンカしてねーだろーが!! 今やるか!! やろうぜこのヤロウ!!」
今度は男鹿に手渡されるが、男鹿は「あー…」と考えたが挙句の果てにこんなことを言い出した。
「えーと、つか…、おまえ誰だ?」
「ダブ?」とベル坊。
「本当だ誰だおまえ!! そこの女、因幡呼んで来い!!」と東条。
「え、因幡でしょ? 違うの?」と邦枝。
「とてもキレイよ、桃ちゃんっ」と桜。
「こんな時に結婚式で浮かれモードか!?」と神崎。
「ついに男装卒業か!?」と姫川。
はっと我に返った因幡がカァッと顔を赤くさせた。
知り合いに見せる格好でないことを自覚したからだ。
「言いたいことまとめてから来いよ!!! んなこと言いに来たのか!!!」
拡声器に頼らず声を張り上げる。
神崎は返事を返した。
「じゃあ一言で用件を言ってやる!!」
「「「「「石矢魔に戻って来い!!!」」」」」
男鹿達は声を揃える。
「っ…―――」
瞬間、じわり、と込み上げてきたものを抑えた。
男鹿は拡声器を片手に今の状況を簡潔に説明する。
「てめーの関係者全員がてめーを迎えに来たんだよ。夏目も、城山も、烈怒帝留も、てめーの親父も、黒狐も、石高の奴らも…。もうてめーを忘れちまった奴は誰もいねえぞ。記憶をなくしてる間も、神崎達は、完全に忘れちゃいなかったんだ」
因幡の視線が神崎と姫川に移った。
真剣な眼差しで、こちらを見下ろしている。
手を伸ばしかけたが、ぐっと堪えた。
「…戻れねえよ。オレは、オレの問題を解決させるために、自分の足でここに来たんだよ…。それまで、帰るつもりはねぇ!! 頼むから、帰ってくれ!! オレがおまえらから記憶を消した意味くらい理解してくれよ…!!!」
(ああ、ムダだ…)
因幡はわかっていた。
記憶が戻されてしまった今、神崎達はきっとこう言うのだろう。
男鹿の手から拡声器を取り上げた姫川は呼びかける。
「おまえは、そういう奴だ…。自分は、オレ達の誰かが問題抱えてたら、嫌でも足を突っ込みたがるクセに…。自分の問題は自分で片付けますってか? カッコつけんじゃねーぞ…!! 虫唾が走んだよ!! てめーこそ、オレ達がおまえを思い出せた意味くらい理解しろバカヤロウが!!」
「言っとくが、また記憶を消そうとしてもムダだからな!! オレ達が何度でも思い出してしつこいくらい迎えに来るからな!!」
神崎も怒鳴った。
言葉を詰まらせる因幡。
「……でも…―――」
「「つべこべ言わずに頼れ!!!」」
「……神崎…、姫川…」
声が震える。
もう手遅れだと確信した。
きっと何を言っても、神崎達は引かないだろう。
ウソも通用しない。
絆の深さは、ここに現れたことで証明されてしまったのだから。
「オレは…―――!!」
「たった1年…。されど1年…。人間の絆って馬鹿にできないね、ハニー。―――そう思うでしょ、ジジ様」
なごりが嘲笑の笑みを浮かべると同時に、『うさぎ小屋』を囲む氷の茨が一斉にヘリに向かって襲いかかった。
「「「「「!!!??」」」」」
氷の茨はヘリに巻きつき、上空から叩き落とそうとする。
その光景に目を見開いた因幡はヘリに向けて手を伸ばした。
「おまえら!!!」
「因幡!!」
神崎も手を伸ばしたが、「神崎!!」と東条に襟をつかまれてヘリの中へ引き戻される。
氷の茨は機体だけでなくプロペラに絡みつき、回転を止めた。
「わああああああっ!!!」
「あ…っ!!」
因幡はテラスの欄干へ身を乗り出した。
男鹿達を乗せたヘリは、『うさぎ小屋』ではなくビルの屋上の向こうへ落下してしまい、因幡の視界から消えてしまう。
そのあと、ドン、と腹の底に響くような爆発音が聞こえた。
「そんな……」
空に向かって黒煙が上がる。
因幡は欄干から飛び降りようとするが、その腕をなごりにつかまれて阻止されてしまう。
「行こう、ハニー。どうせここから出られない」
「放せ!! 話が違うだろうが!! あいつらの記憶がなくなってないならオレは…!!!」
「話が違う? 一時的でも条件は満たしたんだ。契約違反じゃない。オレは、釣りなんてしてないぜ?」
ぐ、と腕をつかむ手に痛いくらい力が込められる。
「てめぇ…、なご…っ!!」
睨む因幡だが、なごりは平然としている。
「後戻りなんてできねーんだ。あいつらが来るなら全力で叩き潰すまでだ」
そう言って因幡を引き寄せ、
ゴッ!!
「っかは…」
強烈な一撃をみぞおちに打ち込んだ。
眩暈を覚えた因幡はなごりに倒れ込み、なごりはその体を横抱きにして連れて行く。
「シロト、おまえならわかってくれるだろう?」
“……………”
シロトは何も答えない。
因幡を助けることもなく、その内側で静かに傍観しているだけだった。
“シロト、いよいよだぞ”
クロトはなごりの内側で、待ちわびたように声をかけた。
それでもシロトは反応しない。
見て見ぬフリをするかのように。
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