74:檻の中のウサギたち。
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1週間が経った今、神崎達の因幡に関する抜け落ちた記憶は戻った。
因幡の家に行こうとした神崎達を途中で行く手を塞ぐように止めたのは、同じく記憶を取り戻した桜である。
そのあと、桜が神崎達を連れてきたのは、すっかり夕陽も沈んだ夜の石矢魔高校だ。
聖組の教室だけが点灯し、教室には神崎、姫川、城山、夏目の4人が揃い、それぞれの席に座っていた。
「おい、そろそろ事情を話してくれても…」
午後6時になろうとしたところで、痺れを切らした神崎が教卓の前に立つ桜に言った。
「もう少し待って…」
その時、ガラッ、と教室のドアが開かれた。
中に入ってきたのは因幡の父親である日向だ。
「!!」
「アンタ…」
仕事帰りなのだろう。日向はスーツ姿のままだ。
首のネクタイを緩め、神崎達を睨むように一瞥し、適当に前の席に腰掛けた。
「…………桜…、説明してくれ…」
こちらも因幡の記憶を取り戻したようだ。
頭を垂らし、桜に説明を求める。
「うん…。父さん…。…もう…、話さないとね…全部…」
悲しげに微笑む桜は、その口から何が起こったのか話した。
まずは、日向に自分とコハルのことについて話す。
日向は驚いた表情は見せない。
前々から知っていたかのように。
「……………」
無言の日向をしばらく見つめ、桜は説明内容を変更する。
「……じゃあ、今度は、どうして記憶が戻ったか話さないとね」
「この札のおかげなんだろ? 前に使ったのと似てるな。サンマルクスに侵入する時に使ったことあるぜ」
神崎が見せたのは、写真と一緒に御守りに入れられた、コハルの『クライムカード』だ。
「それは、かけられた魔言を無効化させる札よ。こんな事態のために、母さんが危惧して桃ちゃんに持たせていたはずなんだけど…」
「悪いな。因幡が落としたのをオレが拾ったんだ。渡しそびれちまった」
「……そう…。…まあ、結果オーライね」
「それで…、どうして因幡ちゃんがいなくなっちゃったのか、そろそろ聞かせてくれる? あと、なんで因幡ちゃんのお母さんがここにいないのか」
夏目は授業を受けているように手を挙げて質問を投げかけた。
口元は笑みを浮かべているが、その眼差しは真剣だ。
「…春樹もいない」
日向も気になっていることを口にする。
「……2人には、記憶が戻ってないフリをしてもらってる。母さんは暗黙の了解。春樹は、ちょうど家にいたから記憶が戻ると同時に私の力で眠ってもらった」
記憶が戻り、春樹が騒ぎ出す前に眠らせた桜は、仕事中のコハルに「友達と約束があるから」と告げて家を出たのだった。
同じく記憶を取り戻したはずのコハルは、それを笑って見送った。
打ち合わせていたかのように。
だが、完全に感情を抑えることはできず、持っていたペンは震えていた。
「―――その理由は?」
姫川は目を細めて尋ねる。
ここにいなくてはならない人間が不在というのは、明らかに不自然だ。
その理由も、桜の口から告げられる。
「……卯月の一族は、みな、あるお方の目と耳が繋がっているの」
「つながってる…?」
姫川は怪訝な表情を浮かべた。
「卯月の血筋の者が見たもの、聞いたことは、すべて、卯月の長に筒抜けなのよ」
その事実に、姫川と夏目は嫌な汗を浮かべた。
「―――まさか…、卯月の目がそいつ専用の監視カメラみたいに…、卯月の耳がそいつ専用の盗聴器みたいになってんのか…? それで、全部見分け聞き分けられるっつーのかよ!?」
「おいおい…、ちょっとそれは……」
信じ難い話であり、不気味な話だ。
しっくりきてない神崎と城山は「?」を浮かべる。
「よくわかんねーぞ」
「つまりだな。たとえて言うなら、神崎が今見てるもの、聞いてることが…、そうだな…、鮫島にも見えてるし聞こえてるってことだ」
「うわなんだそれ気持ち悪っっ」
例えがよかったのかようやく理解したようで、神崎の顔にもブワッと冷や汗が浮かんだ。
「…母親がここにいないのは、そういうことか。記憶が戻ったことを、その長ってのに知られないために…」
姫川の言葉に桜は頷く。
「…ええ。母さんが桃ちゃんに真実を話せなかったのは、そのせいよ。話せば、桃ちゃんの危険が縮まる…。……いいえ、桃ちゃんだけじゃない。長は、母さんと桃ちゃんの聴覚・視覚とも繋がってるし、他の人間も、完全に卯月のことに巻き込むことになる。ずっと悪魔のことを隠してきた一族だもの。これ以上踏み込んで、長がその気になれば…、あなた達も、殺されかねない……」
教卓に置いた手を、ぎゅ、と握りしめる。
うつむき、それ以上何も言わない桜に、夏目は口を開いた。
「……それでも、もうそんなこと、言ってられないんでしょ? こうしてオレ達に話してくれたってことは、それくらい切羽詰まってるんだ」
「っ……」
図星を突かれ、桜はゆっくりと顔を上げた。
「「危険」とか口にしてるが…、一体、因幡にとって、何が危険なんだ?」
「……婚姻の儀よ。シロトを持つ桃ちゃんと、クロトを持つなごりの…」
「あ゛? 婚姻? 何ソレ父さん全然知らねーんだけど」
わかりやすい反応をしたのは日向だ。
青筋だらけの顔で、どこからか釘バットを取り出した。
「「「「アンタはちょっと黙ってろ」」」」
「2人を、長の前に連れて行ってはダメ。母さんは、書斎にあった『王の日記』を読んでうさぎ小屋から逃げ出したの。…なぜなら…――――」
それから、理由が告げられる。
聞かされた事実に、神崎達は息を呑み、日向も言葉を失った。
「「「「「……………」」」」」
桜は自嘲の笑みを浮かべる。
「……桃ちゃんは、この事実を知らない…。知らせてないのが仇になった…。―――これで完全に…、巻き込んじゃったわね…。もっと早く…、逃げずに、事実を伝えればよかった…。……でも、母さんじゃ、手の内がバレるし、私ひとりじゃ…、桃ちゃんを助けるのはムリなの…! だから…っ!」
「もういいよ。ホント…、似た者親子だよね。因幡ちゃんも、そのお母さんも。…お姉さんも」
涙を浮かべる桜にそう言ったのは、夏目だ。
自分達のことで周りを危険に晒したくないのは、言わなくてもわかっている。
因幡が神崎達の記憶を消して、自分からこの町を出た理由も。
「話はまあ…、それなりにわかった。簡単な話、式をブッ壊して、因幡を助ければいいんだよな? わかりやすいぜ」と神崎。
「あいつには説教してーことが山ほどあるしな」と姫川。
「一族はほとんど魔力を扱う者…。そこらへんのチンピラ達とは違うわ。…社会的にも殺されかねないのよ? 」
あらゆる権力を握っている卯月財閥だ。
相手が悪い。
「カンケイねーよ」
不意に、どこからか声が聞こえた。
「!!」
ガラッ、と教室のドアを開けて入ってきたのは、男鹿だ。
立ち聞きしていたのか、あとから古市が「ちょ…っ」と慌てたように手を伸ばした。
「おまえら」
神崎達も目を丸くしていた。
「話は全部聞かせてもらったぜ」
「うそつけ! 途中で寝てただろ!」
古市のツッコミはスルーして男鹿は続ける。
「オレとのケンカでシメて消えるなんざ、目覚めが悪い」
そう言って、ふわぁ、と欠伸した。
遅れて頭にのっているベル坊も大きな欠伸をする。
「ったく、オレとの予約はほったらかしかよ。それはねーだろーが、因幡」
「「「「!!」」」」
今度は東条が窓から入ってきた。
壁の修復のために作業中だったようだ。
続いて相沢と陣野もドアから教室に入ってきた。
「東条さん、どこから入ってきてんスか」
「やれやれ。ようやく落ち着いたかと思えば…」
「ウチらに相談してくれてもよかったのにー。パネェつれねーっスよ、因幡先輩は。せっかく女の子のカッコにいじろうかと企んでたのに。ねぇ、葵姐さん」
「由加」
「事情は私達も聞いたわ。因幡も同じ石矢魔の仲間だし、放っておけない」
烈怒帝留も教室に足を踏み入れる。
他にも、下校したはずのゾロゾロと聖組の生徒が入ってきた。
中には、MK5や下川、真田兄弟もいる。
それぞれが自分の席に着席した。
「おまえらずっと外で待機してたのかよ」
立ち聞きの集団に姫川は呆れるように呟いた。
「……………」
呼び出したわけでもなく揃ったメンバーに、桜は茫然とする。
途端に、噴水のように込み上げてきた感情に目元が熱くなった。
席を立った姫川は、教卓の前に移動し、桜の肩を叩いた。
「あとはオレ達に任せろ」
「…っ」
桜は手の甲で涙を拭い、姫川に場所を譲る。
前に向き直った姫川は色眼鏡を指で押し上げ、集まった生徒達を見渡した。
ほぼ全員そろっている。
「てめぇら、遊びじゃねえのはわかってるな。今からこのオレ様が因幡奪還作戦を立ててやる!!」
「エラそうに」と机に両脚を放り出してぼやく神崎だが、その口端はつり上がっている。
他に異議のある者はいない。
「まずは人手だ。このメンツだけじゃ足りねえ」
「……人手だな」
呟き、髪ゴムを解いてスマホを取り出す日向。
どこかに電話をかける。
相手が電話に出た途端、日向の空気が一変し、ギン、と眼光が光った。
「よぉ、久しぶりだな。オレだ。急で悪いんだが、昔のメンツ呼び集めろ。ああ!? 仕事がある奴はインフルエンザで休ませろ! 口答えはなしだ! …ああ、ハデな祭りだ!!」
昔の血が騒いで邪悪に笑うその顔は、いつもの日向の顔ではなかった。
(石矢魔の顔だ)と古市。
(やっぱり因幡の父親だな。そっくりだ)と城山。
(怖ぇ)と碇。
神崎もどこかに電話をかけていた。
他の生徒も電話をかけたり、話し合ったりしている。
(桃ちゃん…)
その光景を教卓の傍で眺める桜は感動していた。
(桃ちゃん、こんなに、あなたを想ってくれる仲間がいるよ…)
かくして、聖組教室では姫川を参謀とし、因幡奪還作戦が立てられた。
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