73:――なんて終わらせません。
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帰宅して台所で夕飯を作っていた邦枝は、はっとし、エプロンを解いて外へと飛び出す。
「!! あなた達…」
手水舎にいる夏目と城山を見つけた。
「やあ、クイーン」
「……………」
手を上げて「お邪魔してたよ」と挨拶する夏目の横では、悔しげに膝をついている城山の姿があった。
「あ…」
邦枝は2人の周りを見回す。
何を探しているのか察した夏目は答えた。
「神崎君と姫ちゃんなら、行っちゃった…」
指をさす方向には石段があった。
すでに去ったあとだ。
どこへ向かったはあえて聞かない。
「オレ達は…、どうしてこんな…っ」
「…そうだよね、城ちゃん…。……思い出してあげられなかったことに、頭にくるよね…。…絶対、忘れちゃいけないことなのに……」
城山の肩を支える夏目の表情が真顔になる。
「……………」
違和感の正体に気付けなかった邦枝も、ぎゅ、と自身のコブシを握りしめる。
石段を駆け下り、肩を並ばせて走る神崎と姫川。
どちらがどちらについていっているわけではない。
目指す場所が同じなだけだ。
走っている間も、その大切な記憶は次々とカラッポだった穴に埋まっていく。
忘れるわけがないと思い上がっていた。
最初に転校してくるなり喧嘩を売ってきたことも。
ヨーグルッチが苦手なことも。
キャンディーばかり食べていたことも。
個性的な家族がいることも。
黒狐との抗争のことも。
夏休みに無人島に流されてしまったことも。
魔界に連れてこられたことも。
聖石矢魔学園の学祭のことも。
嫌がっていたチアガールになって応援してくれたことも。
一緒にライブしたことも。
鮫島に拉致されたことも。
ノーネーム事件のことも。
悪魔野学園で一緒に戦ったことも。
修学旅行でおそろいのストラップをつけたことも。
隠し事をされて喧嘩したことも。
ユキと戦ったことも。
聖セントXmasに参加したことも。
初詣に行ったことも。
自分達のために戦っていたことも。
全部全部、抜け落ちていた大事な思い出ばかりだ。
一度立ち止まったのは、あの踏切だ。
あの少女は、ここで別れを告げた。
踏切がおりて電車が通過する。
ガタンゴトン、と音を立てて。
肩で息をしながら、神崎は奥歯を噛みしめる。
この踏切を渡れば、少女の家だ。
顔を合わせたら言いたいことは山ほどある。
「ふざけんなよ、あいつ…っ!!」
「……………」
別れ際、何を言われたのか思い出す。
『今までありがとな。オレだけは、忘れねえから』
目尻に涙を浮かべた、腹が立つほど最高の笑顔だった。
今生の別れのような。
「何が「ありがとう」だ。何が「オレだけは忘れねえ」だ。―――…思い上がんじゃねえぞ!! 忘れてやれるわけねぇだろうが、因幡―――!!!」
電車は通過し、遮断機が上がる。
「……行くぞ、神崎」
「あいつ、踵落としだけじゃ済まさねえ絶対に…っ!」
「待って」
「「…!!」」
線路を渡ろうとした2人の前に現れたのは、深刻な顔をした桜だった。
「因幡の姉ちゃん…」
「…神崎君、姫川君、おねがい。うちには立ち寄らないで…。桃ちゃんの…ためにも……っ」
立ち塞がる桜の目から、ぽろぽろと涙がこぼれおちる。
それは、家にいるコハルも同じだった。
ペン入れ中、原稿の上に大粒の涙を落としていた。
*****
『うさぎ小屋』の一室。
殺風景な部屋の中、シンプルな白のワンピースを着ている因幡は、窓際に腰掛けて夕日が沈む空を茫然と見つめていた。
それから、たまに手に持っているスマホに視線を落とす。
そこにはもう神崎達のアドレスは存在しない。
皆の記憶を削除するには、必要な事だったからだ。
残っているのは、楽しかった思い出の写真だけ。
これを消す必要がなかったのは幸いだ。
その反面、辛くなる。
それでも何度も、これでよかったんだ、と自身に言い聞かせる。
まさか、自ら削除した神崎達の記憶が次々と戻っていることなど知る由もなく。
終わらせた物語が、再び動き出す。
.To be continued