73:――なんて終わらせません。
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少女が石矢魔町から消えて、1週間が経過した。
あれから誰も、少女が消えたことに気付かないままだ。
はたして誰もが何も感じずに過ごしているかと聞かれれば、そうではない。
「それじゃあ、行ってくる」
「行ってきます。仕事、頑張って」
「はーい。いってらっしゃい」
コハルは玄関で、学校に行く春樹と仕事に行く日向を見送った。
日向の車のエンジン音を聞いてから2階へとあがり、ベランダに洗濯物を干そうとする。
「…!」
不意に立ち止まる足。
視線の先には、空き部屋があった。
物置でもない、なにもない部屋。
それでも、胸の内に広がるのは違和感だけだ。
「また見てる…」
「あ、桜…」
自室から出てきた桜はそれを目撃してしまい、声をかけた。
こうして何もない部屋をただ見つめる母を見るのは、1週間前からだ。
「……この部屋、寂しいし、何か置く?」
桜は尋ねるが、コハルは寂しげに笑って首を横に振った。
「ううん。このままがいいの…。どうしてか、わからないけれど……」
「……………」
桜も空き部屋を見つめる。
コハルだけではなく、その部屋を通過しようとする家族全員が足を止めてしまうのだ。
ここは元々、なんのために造られた部屋なのか。
誰も思い出せない。
コハルに視線を移し、微笑んでその手を優しくとる。
「大学行く前に、カモミールティー、淹れてあげる」
「…ありがとう」
微笑み返すコハル。
それでもやはり表情は寂しげだ。
今日もその空き部屋をそのままに、2人は1階のダイニングへと下りた。
*****
昼休みの学校の屋上で、城山と夏目と一緒にいる神崎は茫然と空を眺めていた。
柵に背をもたせかけて座り、ポカン、と口を開けている神崎に夏目は苦笑して声をかける。
「神崎君、口開いてるよ」
「あ…、おう…」
我に返った神崎は、手に持ったヨーグルッチの続きを飲み始める。
「最近、黄昏てること多くない?」
「黄昏てねーよ」
「けど、確かに近頃、不意に立ち止まって空を見てること多くなりましたよ」
「そうかぁ?」
「城ちゃんだって、この間道の真ん中で急に立ち止まって危うく車にはねられかけたじゃない」
「あ…、あれは、頭上を何かが通過した気がしてだな…。そういう夏目こそ……。あまり、からかってこないというか…、最近調子が悪いんじゃないか?」
「うーん? そう?」
夏目は自覚がないのか、とぼけるように首を傾げた。
しばらく、「うーん…」と考え込んだ仕草を見せ、再度城山に笑いかける。
「もうすぐ卒業しちゃうから、憂鬱になってるのかな?」
「……………」
オレに聞かれても、と城山は困惑する。
「……なんつーか…」
ふと、ヨーグルッチを見下ろしながら神崎は呟いた。
「……―――ストローのねぇヨーグルッチみたいな気分だ…」
「「え?」」
城山と夏目が神崎に振り向く。
神崎はヨーグルッチを見下ろしたまま難しい表情を浮かべていた。
「パックを開けたりすればいい話だが、こう…、もどかしいっつーか…、イライラするっつーか…」
この感情の正体が何か、つかめない。
モヤモヤするものはあるのに、原因は何かわからないままだ。
城山と夏目も、神崎の例えはわかりづらいが同じ気持ちで、つっこまずに目を伏せる。
「……………」
ペントハウスの内側のドアに背をもたせかけている姫川も、その会話を聞いて茫然と宙を見つめていた。
日常から何かが抜け落ちてしまったような違和感が、そこに存在していた。
屋上へのドアを開けることを諦めた姫川は、聖組が集まる教室に戻ってきて自分の席についた。
「……………」
前には空席がある。
どうして今更その席が気になるのか。
今まで誰も座っていなかったのに。
聖石矢魔にいた頃も、変わらず前の席は空席だったはずだ。
それでも、今でも誰かがそこに座って振り返り、気安く笑いかけてくる気がした。
「ふぅ…」
ひとつため息をこぼして机に伏せた時だ。
「アイッ」
「!」
前から声がして顔を上げると、いつの間にかベル坊がその席の机上に座っていた。
目を合わせると、「ダブッ」と手を上げる。
「―――……おまえも気になるのか?」
「アダ?」
ベル坊は腕を組んで首を傾げた。
「どっちだ」
そんなベル坊を横から抱き上げて自分の頭にのせるのは男鹿だ。
「ここんとこ、妙に落ち着きがねーんだよな、こいつも。…オレも最近、コロモのねぇコロッケ食ってる気分に」
「わかりづれぇわ。おまえと神崎の表現力一緒か」
「それ以前に、もうコロッケじゃねーだろそれは」
姫川に続いて古市もつっこんだ。
「なあ」
「はい?」
声をかけられた古市は姫川に振り返る。
「…オレの前の席って、誰かいたっけ?」
(そもそもこの教室、元々はオレと男鹿だけのはずだったんだが…)
つっこむ隙もなく聖組の教室になっていたことは今更口にもできず、古市は思い出そうとするが、やがて肩を竦めて答えた。
「いえ、誰もいない……はずです」
答えきる前にわずかな違和感に止められた気がした。
その怪訝な表情を姫川は見逃さず、けれどそれ以上追究しようとせずに「そうか」と返す。
「……だよな…」
「……………」
やはり納得しきっていない姫川を、男鹿は静かに見下ろすだけだ。
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