72:それではおまえらご機嫌よう――。
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男鹿との決着をつけた因幡は、神崎、姫川、夏目、城山とともに下校して家路をたどっていた。
顔と体のあちこちには絆創膏やガーゼが貼られ、包帯も巻かれている。
「はははっ、負けた負けた。やっぱりクッソ強いわ、男鹿のやつ。手加減もまったくしなかったしな」
勝敗は、因幡の負けだった。
それでも清々しい顔をしていた。
「負けたのに、スッキリした顔しやがって…」と神崎。
「今日くらい車に乗せて送ってやるっつってんのに」と姫川。
「いいって。そこまで面倒かけられねーし」
ケガを負った因幡を心配して神崎達は並んで歩いている。
おかげで他校の不良に見かけられてもほとんどが関わらないように素知らぬ顔をして避けていた。
「オレは徒歩が好きなんだよ。こうやって並んで歩きてぇしな」
「っと」
「おい、障るぞ」
神崎と姫川の間に入った因幡は2人の肩をつかんで引き寄せる。
「ははっ、因幡ちゃんの場合、徒歩って言わないよ」
普段家の屋根を飛び移っている因幡に笑いながらつっこむ夏目。
その横では城山が頷いている。
「細かいやつらだな。…そうだ、おまえら…、もう話はついた?」
「「!」」
最後に声を潜めて神崎と姫川に問う因幡に、2人はギクリと身を震わせた。
神崎はまだ告白の返事を返していない。
因幡と姫川から目を逸らし、「え―――と…」とぎこちなくなる。
姫川は「そういや聞いてねぇな」と神崎に目をやって口を尖らせていた。
「おまえが男鹿とサシでやるっつーから、うやむやに…」
「おっとそれは悪かったな」
タイミングが悪かったことを反省し、因幡は申し訳なさそうに苦笑した。
「…返事は、また今度だ…」
赤面した顔を隠すように神崎はうつむき、姫川は「今度っていつだよ…」とぐるりと視線を上げた。
「ガンバレよ」
ぽん、と背中を叩く因幡に、神崎と姫川は黙ってその頭にチョップを食らわせた。
「痛いっ!」
「何コソコソと楽しそうにしてるのー?」
「因幡、何を言ったんだ?」
「応援」
親指を立てて短く返事を返す。
神崎と姫川は呆れた顔をし、それ以上つっこもうとはしない。
思ったよりも元気な様子な因幡に、神崎は短いため息をついた。
因幡は夏目と笑い合いながら、男鹿との決着を思い返す。
男鹿と因幡は同時に攻撃をしかけて同時に喰らい、同時に倒れた。
引き分けかと思われたが、男鹿が立ち上がったのだ。
それ以上動けなかった因幡は、笑みを浮かべた。
『…オレの……負けだ。楽しかったぜ、男鹿』
『……おう。またいつでもかかってきな』
『はは…っ』
勝負がつき、歓声が沸き上がった。
観戦し甲斐のある戦いだったのだろう。
誰もが男鹿の勝利と、最後まで食らいついた因幡を称えた。
誰もが、因幡が女だったという事実がどうでもいいように。
よろめく男鹿と、倒れたままの因幡に聖組が駆け寄った。
ベル坊は男鹿の肩に戻り、古市はよろめく男鹿に肩を貸し、神崎と姫川、夏目、城山は因幡の身を起こし、烈怒帝留は救急箱を持って駆けつけ、邦枝はそれを使って男鹿と因幡を手当てし、東条は喧嘩の血が疼いたのか因幡には「今度オレともやろうぜ」と予約を入れてきた。
その変わらない温かさが、因幡にとっては辛いものだとも知らずに。
「東条ともやっとけばよかったな」
「その体で何言ってんだ。…つか、おまえの父親、この時間家にいねーだろな? その姿見たら、釘バット持って追いかけてきそうなんだが」
姫川は心配事を口にする。
親バカの日向の事なので容易に想像できた。
「この時間はいないから安心しろ」
そう言っていると、帰路の途中にある踏切に差し掛かった。
神崎達は真っ直ぐに線路を渡る。
その途中で、ふと何かを思い出した神崎は「あ」とこぼした。
「そういや…」
ポケットに手をつっこみ、そこにあるものを指先で触れる。
邦枝が男鹿と因幡の手当てをしている際、自分の足下に落ちていたのを拾ったものだ。
コハルが因幡に渡したお守り袋。
「そういえば、因幡…―――」
踏切を渡りきって因幡に振り返ると、因幡は未だに踏切を越えずに立ち止まっていた。
思わず神崎が足を止めると、姫川と夏目と城山も足を止めて振り返る。
「おい…」と姫川が声をかけると、間が悪いことに、カン、カン、カン…、と警報機が鳴りだして遮断機が下りた。
「因幡ちゃん?」
「どうした」
キョトンとする神崎達。
遠くで電車が近づいてくる音が聞こえた。
「危ねぇから渡ってくるなよー」
神崎は警報機にかき消されないように大きな声で呼びかける。
因幡はやわらかく笑い、ポケットからスマホを取り出した。
「 」
「え?」
電車がすぐそこまでくると、因幡はスマホの画面をタッチする。
同時に、電車が通過して互いの姿が遮断された。
しばらくして電車が通過し、遮断機が上がった時には、神崎達の前から因幡の姿が消えていた。
「……?」
神崎はキョロキョロと辺りを見回す。
同じく姫川達も辺りを見回した。
「…―――今…、オレ、誰に話しかけてたんだ?」
「はぁ? オレに聞くなよ。ついにボケたか、神崎」
「あんだとコラ!」
「2人とも、ケンカしてないで帰るよ」
「姫川、おまえの家はこっちじゃないはずだろ」
「知らねえよっ。なんかこっちに用があって…。あれ? 何の用だっけ…」
「はっ。そっちこそボケてんじゃねーか」
「あぁ!?」
電柱の上からそれを見下ろす因幡は、自分が忘れられたことを確認すると、安心したような、けれども寂しそうな笑みを浮かべている。
握りしめるスマホには、『削除しました』の文字が表示されていた。
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