69:希望を起こしましょう。
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因幡、神崎、ヤスを乗せた車は、静かな石矢魔町を走っていた。
朝方に石矢魔町の人間がほとんど石になったからなのか、車道にはほとんど車がなく、通りやすい。
因幡は助手席から、神崎は後部座席から町の外を見て谷村やまだ石になっていない無事な人間を探す。
「いたか?」
「見つからねえな…」
神崎の問いに因幡は首を横に振った。
「どこを見ても、石、石、石…。石矢魔なだけに…」
「笑えねえぞ、因幡」
「…悪い」
自らの失言に心から反省する因幡。
他に動いているものはないかと探しはするものの、黒い霧が徘徊するように漂っているだけだ。
動きはのろいもので、こちらのスピードについていけずにいた。
車での移動手段は判断としてはよかったのだろう。
「…まだ時間はありますが、日が沈む前に諦めて学校に戻ったほうがいいかもしれません」
時間が経過するにつれ、黒い霧が目立つようになった。
いずれは町全体を包み込むほどに肥大するのだろう。
そうなれば、学校に避難しても助かる方法はない。
「……………」
最悪の予想に、ヤスの忠告に黙って返す神崎と因幡。
「!」
その時因幡はあるものを見つけ、窓に顔を寄せた。
「何かいたか!?」
その反応に神崎は身を乗り出す。
因幡は窓の向こうを凝視したまま答えた。
「今…、チラッとだけど、路地の向こうの通りに人影みたいなものが…」
「石じゃねえのか?」
「いや、動いてた。霧に追われてるのか…」
「…ヤス!」
「へぇ!」
神崎の言いたいことを察したヤスは頷き、アクセルを踏み込んでスピードを上げ、次に見えた十字路を左に曲がり、さらに先程因幡が人影を目撃した通りへと曲がった。
「「!!」」
人影は見間違いではなかった。
しかも、偶然にも顔見知りだ。
その人物に神崎と因幡は目を大きく見開いた。
相手は黒い霧に追われている様子で、急かされたヤスは勢いをつけてサイドターンでその人物の傍らにつける。
ドアを開けて車から一時的におりた神崎は、驚いている人物に声をかけた。
「古市!! てめぇ、帰ってたのかっ!!」
「神崎先輩っ」
「男鹿はどうした…っ!?」
「神崎! 迂闊に外出るな!!」
「因幡先輩も!」
「若っ…、囲まれます…っ」
黒い霧はすぐそこまで迫り、ヤスは神崎達を急かした。
「ちっ」と舌を打った神崎は、「とにかく乗れっ!!」と古市を促してもう一度車に乗ってドアを勢いよく閉める。
「は…、はいっ」
古市も急いで後部座席に乗り込んだ。
「一体何がどうなってるんですか!?」
現状が把握できていない古市は因幡達に尋ねるが、今は答えているヒマはない。
集まってきた黒い霧が車を取り囲む。
「つきぬけられるか!?」
「へぇ…、まだなんとか…!!」
「全員、息を止めろ…!」
因幡達が息を止め、ヤスは車を急発進させて黒い霧を突き抜けた。
動くものでも、黒い霧が石化させるのはやはり生物のみのようだ。
息を吐きだし、なんとか危機を乗り切ったことを確認したあと、古市は先程起こったことを因幡達に話し出す。
アメリカから石矢魔町に戻ってくるなり、石化した大森を見つけ、谷村と遭遇し、黒い霧のせいで町の人間が石になっていることを知り、そして襲ってきた黒い霧から自分を庇って谷村が石になってしまったところまで。
探していたはずの谷村が石になってしまったことに、因幡達はショックを隠せない。
「くそっ。谷村もやられちまったか…!! あいつ邦枝を探しに行くって出て行っちまったんだ」
「…邦枝先輩!? まさか、邦枝先輩も石に…!?」
「……………わからねぇ。生き残ってる奴は学校に集まってるが…、オレ達も現状を把握してるわけじゃねぇ…。ただ言える事は、藤が動き出した。それだけだ」
「それだけって、これもう不良のケンカじゃないっスよね!?」
一度間を置き、神崎は声を震わせ、宙を睨みつける。
「夏目も…、城山もやられちまった…。…許さねぇ。あいつら…、絶対に……」
石にされた仲間を思い出し、因幡も奥歯を噛みしめた。
「うちの組も、ほとんど壊滅状態でさぁ。でも、安心しましたよ」
古市の視線が運転中のヤスに移る。
「男鹿さんが帰ってくりゃなんとかなる。若がずっとそう言ってましたから」
「―――…バーカ、王臣紋が出りゃあって話だよ」
「……………その王臣紋が出ないから、まともに戦えない代わりにこうやって人探ししてるわけだが……な」
少し苛立ち混じりに言う因幡は、ルームミラーで古市を見て違和感を覚えた。
神崎に顔を向け、言いにくそうな顔をしていたからだ。
「……どうした?」
声をかけられてルームミラー越しに目を合わせた古市だが、すぐに後ろめたそうに逸らした。
「……男鹿は、もう……」
「あ?」
何事かと古市に目をやる神崎だが、古市は、男鹿がアメリカでベル坊と別れて帰ってきたとは言えなかった。
「……………」
因幡はスマホを取り出し、なごりからもらった契約書の画面を開く。
契約書の名前の欄には、車に乗り込む前に自身の名前を書いておいた。
あとは、それをなごりに送信すれば契約完了だ。
(もしもの時は…―――)
決意は揺れたままだが、それでも、神崎達を守るためならばと覚悟はしている。
「若っ!!」
ヤスは目の前に現れた黒コートの男に声を張り上げた。
はっとフロントガラスの向こうを見る、因幡、神崎、古市。
男は車を避けようとせずに不気味な笑みを浮かべ、こちらに体を向けて車が当たる直前、ポケットから出した左手を振り上げた。
ズパッ!!
すると、走行中の車は見事に真ん中から一刀両断されてしまう。
「あ…!!」
その拍子に因幡の手からスマホが放れた。
咄嗟に手を伸ばしたが、スマホは、カツン、と角から落ちてアスファルトを滑る。
因幡と古市、ヤスと神崎に分断された車は因幡達を乗せたまま、左右に分かれて別々の建物に突っ込もうとした。
「…っく!!」
因幡の判断は早かった。
助手席から後部座席に移り、そこにいる古市の右腕をつかんで引っ張り、飛び降りる。
「因幡先輩!?」
「くっそ!」
同じく神崎も、車が建物に突っ込む前に運転席にいるヤスの襟をつかんで飛び降りた。
ドォオオオン!!
カラになった2つの車体は建物に衝突し、炎を上げた。
「………っ」
「……い…っつ…!」
バラバラになって炎上する車の傍には因幡と古市が倒れていた。
因幡の左肩部分のシャツは破け、そこから血が流れている。
痛みに顔をしかめ、右手で傷口を押さえる。
「因幡先輩…、ありがとうございました…っ」
「オレはいい…。神崎達は…っ?」
先に身を起こした古市は因幡の手をとって起こす。
「神崎先輩…っ」
もうひとつ炎上している車を見ると、その傍にはヤスに肩を貸す神崎の姿があった。
煙にやられ、せき込んでいる。
「神崎…」
安堵して立ち上がった因幡は、左肩を押さえながら古市とともに神崎に駆け寄った。
「大丈夫っスか!! 神崎先輩っ!!」
先程車を真っ二つにした男に振り向くと、男は黒い霧の中へと入り、姿を消してしまう。
「あいつ…」
(人間じゃないのか…?)
男が去った方向を見つめ、因幡は内心で疑問を抱く。
「今の奴…、まさかあれがこの町を石にした…」
古市は神崎に目をやり、言葉を呑んだ。
同じく因幡も愕然とする。
いつそうなってしまったのか。
神崎と、神崎に肩を貸されたヤスは、共に石化していた。
「神崎…せんぱい…」
石となってしまった神崎は、何も答えない。
「うわぁぁあああああっ!!!」
胸の内に押し寄せる絶望に耐え切れず、古市は町中に轟くほど絶叫した。
「神…崎……」
儚いほど小さな因幡の声は、古市の絶叫にかき消され、募り積もる怒りとともに唸り声に変わる。
(藤ぃ……っ!!!)
ピシ…
後ろ首に埋め込まれた結晶に小さなヒビが刻まれた。
そうとは知らず、男が去った方向を睨む因幡の右の瞳に、赤が纏う。
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