67:スキです、アイしてます。
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「―――ったく、夏目も余計な事提案しやがって…。大丈夫だっつーのに、因幡もおめーもお節介なんだよ。そもそもこんなことになったのはだな…」
再び説教が始まる前に、姫川は先手を打つ。
「なぁ、あの時、何言おうとしたんだ?」
「あ? あん時?」
「覚えてねぇ?」
姫川は人差し指を立て、神崎が倒れる前に言いかけた言葉を口にする。
『てめー、オレらがどんだけ…―――』
「………………………言ってねぇ」
「いいや、言ったね」
「記憶違いだっ」
「オレの事、気にかけてくれたのか?」
「知らねぇよっ!!」
ムキになった神崎は、真っ赤な顔を隠すように姫川に背を向け、手に持った包帯で自分の頭に巻き付けようとする。
だが、自分ではやりにくいのか、何度も包帯が顔に垂れてしまい、何度もやり直した。
「くっそ…っ」
動揺を見破られてたまるかと焦るほど失敗する。
羞恥で耳まで赤くなった時だ。
「!!」
後ろから伸びた両手が包帯をつかみ、神崎の手から取り上げて神崎の頭に巻き始める。
「痛むか?」
「っ、てめー、どの口が…っ」
ケガの原因を忘れたとは言わせない。
神崎は肩越しに睨みつけようとしたが、姫川の「動くな」の一言で反射的に動きを止めてしまう。
「……敵を欺くにはなんたらの前に、手加減くらいしろっつの。大根役者が」
愚痴をこぼすと、包帯を巻き終えた姫川は、きゅ、と包帯の端同士を結んでから口を開く。
「全部が演技じゃねーよ」
「はあ?」
「……おまえに言ったこと、本心だっつったら?」
「………………」
神崎はじっくりと思い出す。
プールで姫川と対峙した時に吐かれた言葉の数々を。
どこが本当で嘘なのか、うまく分けることができない。
どの部分で信用していいかさえわからないのだから。
「ドブの目って言いてぇのか?」
「そこは否定しねえが、オレの言いたいことが違う;」
的外れな言葉にガクリと姫川は肩を落とし、仕方なく素直に答える。
「男鹿に飼いならされたのにムカついた」
「…は? いや、おめーだって腕に男鹿の『王臣紋』とやらがあるだろが」
飼いならされたつもりはないが、立場は自分と同じなはずだ。
「そーだけどよ。確かに男鹿の事は認めるが、それとこれとは話が別っつーか…」
「はっきりしねぇ野郎だな。言いたいことあるなら一言で簡潔に言いやがれ。3文字以内に」
神崎は3本指を立てると、姫川は視線を上げて首を傾げる。
「…嫉妬?」
「……………は?」
予想外の答えに神崎は呆気にとられる。
それからしばし黙り、その意味を求めた。
「……10文字にしてやるから、もっとわかりやすく…」
その方がいいのか、姫川は神崎のつむじを見つめながら指定通り10文字で答える。
「おまえに惚れてるから」
「……………………」
神崎はますます混乱する。
聞き返すのも、姫川に振り返るのも怖いくらいだ。
もう一度頭の中で姫川の言葉を反芻する。
「嫉妬」、「惚れてる」。
聞き間違いでなければ、確かに姫川は口にした。
「…素直に認めてやるよ。男鹿が大将なのも…、オレが…、神崎、おまえに惚れてることも…」
今度こそ、神崎の頭の中が真っ白になる。
それ以上姫川は何も言わないので、「あ…」と振り絞るような声を出した。
「ありえ…ねぇよ…。また…、また、因幡の妙な力のせいでそんな……」
無理やり笑みを浮かべようとするが、歪になる。
「もう、オレ達にそれはなくなってんだよ。おまえもわかってんだろ? 因幡からも聞いてるはずだ」
「……っ、またそうやって、騙すつもり…」
「神崎」
遮るように、姫川は神崎の後頭部に自身の額をつけて名を呼び、ついにあの言葉を口にする。
「―――好きだ」
はっと目を見開いた神崎は、その言葉に後ろから心臓をつかまれた気がした。
同時に、姫川が、本気で言ってるのだと直に伝わった。
姫川が背後でどんな顔をしているのか想像もつかない。
けれど、窺う気にも、それを払う気にもなれなかった。
居た堪れない雰囲気に、神崎は因幡の早い戻りを祈るように願った。
そんな神崎の心情など知ったことかと言うように、後ろから姫川にアゴをつかまれ、後ろを向かされると唇が接近してくる。
*****
「……………」
中の状況はわからないが、背後でドア越しから聞こえる会話と、ネームの内容が奇跡的に一致した。
硬直した因幡は言葉を失い、しばらく部屋に入れないことを察知する。
「あ、桃姉。なにしてんの?」
声をかけてフリーズ状態の因幡を解凍したのは、寝起きの春樹だ。
欠伸をしながら廊下を渡ってきたので、因幡は素早く春樹の首に腕をかけて手で口を塞いだ。
「ん!?」
「いいか、春樹。オレの部屋には絶対入るな。部屋の前で喋るな。音立てるな。息するな。破ったら階段から転がす」
「~っ」
理由も分からず静かに凄まれ、顔に冷や汗を滲ませた春樹は呼吸を止めて黙って何度も頷いた。
2人が何をしているのか気になるところだが、因幡はドアを一瞥し、春樹とともに階段を降りる。
すると、向かい側からやってきたコハルと会った。
「あ、どうだっ…」
コハルがネームの感想を求めたところで、因幡は先程まで読んでいたネームを突き付ける。
「これでいい」
「あら、そう? …あ。あの2人の分の朝食も用意…」
「2人って?」と神崎達が来ていることに気付いていない春樹が首を傾げるのを無視し、因幡は階段を上がろうとするコハルの前に移動して行く手を塞ぎ、手で制した。
「しなくていいっ。つか、今行ったら死ぬぞっ(母さんが)」
「…?」
「ふ、2人とも今は疲れてるし、眠そうだし、欲しかったらオレが作ってやるし…。今はそっとしといてくれ。な?」
「え…、ええ…」
2人の空気を壊したくも、母親を血反吐まみれにするわけにはいかない。
因幡は忠告し、玄関へと向かった。
「オ…、オレ、キャンディー切らしたから、ちょっとコンビニ行ってくる…」
「桃ちゃ…」
コハルの制止も聞かず、逃げるように玄関を飛び出す。
しばらく無我夢中で走り続け、気が付けば住宅街を抜けた先にある小さな踏切の前にいた。
カン、カン、カン、と踏切警報機が鳴りだし、遮断機がおりたところでようやく足を止める。
「っ、はぁ、はぁ…」
(このくらいの距離で……っ)
いつもなら屁でもない距離だ。
体力が衰えてしまった歯がゆさにぐつぐつとはらわたが煮えたつ。
遠くの方が電車が聞こえ、ポケットからキャンディーを取り出して口に咥えた。
少しでも苛立ちを鎮めようとするが、構うことなく身の内で渦巻くのは自分の非力さ。
それから目を逸らそうとする臆病さに、電車が目の前を通過すると同時に、ガリッ、とキャンディーを噛み砕いた。
「クソッッ!!!」
込み上げた言葉をキャンディーの棒とともに吐き捨て、顔を上げる。
「……!!」
電車が通過し、線路の向こう側に知り合いを見つけ、驚いて目を見開いた。
電車が通過したことで起こされる強風に服の裾や髪がバサバサとなびく。
「…なご……」
なごりは意味ありげな笑みを浮かべたままだ。
遮断機が上がってもなごりはそこから動こうとはせず、因幡はキッとなごりを睨みつけ、線路を越えて一言も声をかけることなくなごりの横を通過する。
「オレの名前呟いときながらシカト? ちょっと傷つく」
なごりは肩越しに因幡に振り向いて声をかけるが、因幡はそれでも無視して歩を進めた。
「ハニ~、相手してくれないとオレさーびーしーいー」
おどけるようになごりが因幡に接近した時、
ゴガンッ!
なごりのすぐ横にあった電柱に蹴りを入れ、ヒビを刻んだ。
再び目を合わせたかと思えば、凍てついた瞳をしている。
「失せろ」
「おー…っと、いつにもまして過激だねぇ。…ガクブルしちゃう」
なごりは小さく両手を挙げて苦笑いを浮かべるが、それさえも今の因幡には刺激になりかねない。
「…どのツラ下げて出てくるかと思えば…!」
薄笑いする因幡は、なごりの胸倉をつかんで電柱に押し付けた。
「な…、なになに? オレなんかしたっけ…;」
「とぼけてんじゃねーよ…。シロトのことを姫川に話したのも、オレの魔力が発動しないのも…、全部、てめーのせいだってお見通しなんだよ!!」
因幡は姫川と神崎を連れて家に向かっていた時のことを思い出す。
誰がシロトのことを話したのか。
姫川に問いかけると、姫川は怪訝な顔で返した。
『……? …誰だったっけ……?』
なごりの行動は早かった。
姫川から、自分に関する記憶を消したのだ。
だが、なごりが人の記憶を消せることを知っていた因幡にはその誤魔化しは通用しなかった。
「奈須も同じだったな…。オレの脚折らせたのも…っ!」
「あははっ、ハニー、落ち着き」
ゴッ!
笑うなごりに、因幡は容赦なくその頬を殴りつけた。
「笑い事じゃねえんだよっ!!!」
「……………」
口端からは血が伝い、なごりは横を向いたまま無言になる。
「このガラスつけたのもてめぇだろが…! 答えろ…! てめーの目的はなんだ!? オレをどうしたいんだ!!」
後ろ首に触れ、因幡はなごりに問い詰める。
なごりは手の甲で血を拭い、横を向いたまま口を開いた。
「……そのガラスは、ささやかなプレゼント…」
因幡に視線だけを戻して続ける。
「普通の人間を望んだのは、ハニーの方じゃないか。バケモノと恐れられるのが怖いから…」
「余計なお節介だったな。オレを恐れる奴は誰もいない。神崎も、姫川も、みんな…オレを受け入れてくれてる。こんなモン(ガラス)必要ない…!」
フ、となごりは嗤う。
「よく言うよ、ハニー…。綺麗事並べてまで、力を取り戻したいの?」
「あ?」
「神崎氏や姫川氏の心が男鹿氏に傾いてるのが許せない。ハニーにとっての大将は、自分を負かした……、いや、唯一受け入れてくれたあの2人だけ。みんなは男鹿氏を祭り上げてるけど、ハニーがそれについていけないんだ」
「……………」
言い返す言葉が見つからず、因幡は思わず目を逸らした。
顔を向けたなごりはそんな因幡を見つめながら言葉を続ける。
「みんなと同じ脇役じゃ、満足できない?」
「……………」
「魔力がなかった自分が、いかに惨めだったか痛感したか? 脚をへし折られて、王臣紋と渡り合えなくて、衝突する大好きな2人を止められなくて…。…けど、魔力を取り戻して参戦してたとしても、結果は同じだったんだよ。男鹿氏が活躍も仲間もぜーんぶ、持っていってた。ハニーは、何もできなかった」
「そんなことねぇ…っ」
うつむく因幡は否定する。
しかし、なごりは否定を返した。
「違わない。脇役を立てるのも主人公。主人公を立てるのも脇役。結果、男鹿氏のおかげで、神崎氏も姫川氏も成長して、望んでいた2人の絆も深まった。それに、姫川氏のおかげで見事聖組を勝利に…」
「黙れよっっ!!!」
素直に認めたくなかった。
出しゃばっていたら、神崎と姫川の妨げになっていたかもしれないことに。
なごりは冷たく言い放つ。
「ハニーじゃ、主人公はムリだ。自分が一番になろうとせず、女だからって諦めてる時点で…。気付きなよ。神崎氏と姫川氏は、男鹿氏を認めてしまってる。ハニーができることは、もう、何もない」
「……………っ!」
歯を食いしばり、悔しさのあまり顔を上げてなごりを睨みつける。
「オレは…、おまえの言う主人公になりたいわけじゃねぇ…! ならなくていい! けど…っ、認めてもない主人公を受け入れる脇役にもなりたくねえんだよ!!」
「……………」
「なご…! オレの魔力を解放しろ! じゃないと、力ずくで…」
脅しをかけると、なごりはくつくつと笑い、「ストップ」と因幡の目前に手をかざした。
「それならお互い、無傷で済む方法でいい?」
「?」
なごりはスマホを取り出し、すでに用意していた送信メールを送信した。
すぐに因幡のスマホが鳴りだし、因幡は受信音を知らせるそれを取り出して開いてみる。
思った通り、なごりからだ。
いつの間にアドレスを知られたのか。
細かいことは深く考えず、受信メールを開く。
「!? 契約書…!?」
件名には“契約書”と表示されていた。
なごりは3本指を立てる。
「力を目覚めさせる代わりに、条件は3つある」
「―――!!!」
書かれた条件を読んだ因幡はスマホを強く握りしめ、再びなごりを睨みつけた。
「…っざけんな…っ。こんな条件のめるわけねぇだろ…!!」
「一番下に自分の名前を書いてオレに返信してくれればいい」
「聞いてんのか!?」
「強制じゃない、契約してすぐってわけでもない、平和的な方法だ。…忘れた? オレの目的は、ハニーを嫁にすることだ。―――いつまでも、ハニーのワガママは聞いてられない」
「!」
なごりの瞳が赤に変色し、因幡は思わずたじろいだ。
表情から、なごりの苛立ちを垣間見る。
因幡の反応を見てはっとしたなごりは、誤魔化すように右手で両目を覆った。
「散々したいようにしてたんだ。オレよりか楽しく暮らしてたんだ。オレより恵まれたんだ。…たまには、オレのワガママも聞いてくれたっていいだろ。…いや、この場合、取引って言った方がいいか。ハニーの覚悟ってそんなもんなの?」
「……………」
「ゆっくり考えてくれ」
なごりは背を向け、ツナギのポケットに手を突っ込んで歩き出す。
因幡は「なご」と声をかけた。
「…オレがまったく応じなかったらどうする気だ?」
「その時は、オレはまた、誰かの記憶に残らず気ままに生きていくだけ」
肩越しに振り返ったなごりが、寂しく笑う。
「愛してるよ、ハニー。その哀しい無力さごと」
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