66:チェックメイトです。
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夜明けも近づいた頃、男鹿と鷹宮の戦いに決着がついた。
見事に男鹿が完全勝利をおさめ、姫ラー達の空気も震える歓声が沸き立った。
男鹿は受け止めた鷹宮を静かに仰向けに寝かせる。
「アダーッ」
大人しく待機していたベル坊は、喜びながら男鹿の背中に飛びついた。
(……………―――)
男鹿の背中を見つめ、因幡はその場いる神崎、姫川、夏目に視線を向けた。
内側に渦巻くのは、やはり、複雑な心。
歓声の中、乾いた拍手が鳴り響く。
不釣り合いなその音に、歓声がやみ、皆がそちらに振り返った。
「いやぁ―――、美しい!! まさに男同士の友情。昨日の敵は、今日の友ですか?」
プールに現れ、真っ直ぐ、そしてゆっくりと男鹿と鷹宮に近づく、笑みを浮かべた人物がいた。
喪服のようなスーツを着、長髪の黒髪を後ろで束ねた男だ。
「ごくろう、鷹宮君。そして、さようなら。あなたもう用済みです」
さらりと言う男に、水を差された気になった姫ラー達がガン垂れる。
「あ?」
「なんだてめーは」
「今いい話してっとこだろ」
「ん―――」
その中のひとりの姫ラーのリーゼントを、男は笑みを浮かべたまま握りしめた。
「いでででででっ」
「あつくるしい」
「リーゼンいてててててっ」
リーゼントをつかまれて痛みを訴える姫ラー。
(な…、なんだこいつ…)と神崎。
(リーゼント…)と夏目。
(痛ぇんだ…)と陣野。
他の姫ラー達も見ているだけで痛いのか、己のリーゼントを思わず守る。
リーゼントを放すと、男はここに来たわけを簡潔に話した。
「ボクはね―――…、ルシファーを回収しに来たんです。それ以外はどーでもいいので、喋んないでください」
仰向けに寝かされていた鷹宮ははっと目を見開く。
「ねぇ、宇多川君」
「……………」
男が宇多川の肩を軽く叩くと、宇多川は押し黙ったまま恐怖で小さく体を震わせ、顔に大量の冷や汗を浮かべた。
聖組に追い込まれるよりもその男に対する恐怖は大きい。
宇多川の反応を見た姫川は推測する。
(宇多川が震えてやがる。こいつ…、ソロモン商会でも幹部クラスってとこか)
宇多川から離れた男は、キョロキョロと辺りを見回し、ルシファーの姿を捜す。
「えーと、どこかなー。ルシファ~…。ルーたーん。ルーシー?」
「消えろ…」
すでに満身創痍だというのに、鷹宮は唸るように言って起き上がる。
「ルシファーを回収?」
「おい」
男鹿の制止の言葉に耳を貸さず、鷹宮は男を睨みつけて言葉を続ける。
「やってみろよ。さんざん商会の人間が試みた事だ。その度にどいつもこいつも血の海に沈んだ。オレの父親もな」
「あー、キミのお父さん、気の毒だったねー。でも、言っちゃなんだけど、簡単な事なんだよ? なんで気づかないかなー。キミを殺せばいいだけなのに」
これもさらりと出た言葉だった。
男はまさに死神のように笑いかけたあと、一瞬にして鷹宮の背後に回り込み、
ズン!
その背中をダガーで突き刺した。
「……っ、かはっ」
吐血する鷹宮に、全員が目を大きく見開いた。
「てめぇっっ!!」
激昂した男鹿は男に蹴りを食らわせようとするが鷹宮ごとかわされ、背後に移動されてしまう。
「!!」
「あれ? 死んでない。おかしいな、急所はずしちゃったよ。やるねキミ」
「……っ」
まだ息のある鷹宮に男は平然と言ってダガーを引き抜く。
「じゃっ、もう一回…」
再び急所目掛けて刺される前に、鷹宮は魔力を発動させる。
「ぬぅうんっ!」
額にルシファーの紋章を浮かべ、そこから離脱しようと宙へと飛ぶが、男はすぐ横まで追いかけてきた。
「速いね」
今度こそ、鷹宮の心臓目掛けダガーが振り下ろされる。
ドスッ
「……っ」
鷹宮は言葉を失った。
鷹宮を庇うため、突如間に入ったルシファーが自ら身代わりとなって刺されてしまったからだ。
込み上げた血を吐きだすルシファー。
「ルシファーッ!!!」
鷹宮の絶叫とともに、ルシファーは力を発動させて男を弾き、宙返りした男は地面に着地する。
「ととっ」
鷹宮は負傷したルシファーを抱き、地面におりて呼びかける。
「……っ、ルシファー…ッ、おいっ!! バカな…。何故…っ」
ルシファーが自分を庇うとは思ってもいなかった。
幼い頃からずっと口を利く事もなく人形のように傍に居続け、魔力を分け与え駆使するだけの存在だと。
命令もなく自ら身を挺して行動したのは初めての事だった。
ルシファーは鷹宮の手に触れ、ずっと閉ざしていた口を開く。
「ハナレ…タクナイ」
初めて言葉を喋り、鷹宮と、男鹿達は目を見開いて驚いた。
ルシファーは鷹宮に身の内の想いを伝える。
「シノブ…、ズットイッショ…。ハナレ…タクナイ…」
「プッ。これは傑作…」
様子を見ていた男は、その光景が滑稽に思えて噴き出した。
「アハハハハ。ルーシー君は喋れないと思っていたのに…っ!! 触媒でしかない人間に愛情を持ったのかい!? 言葉を憶える程に!?」
「なんか」
「おかしいか?」
因幡と男鹿は男を挟み撃ちするように、右脚とコブシを男の顔面目掛け振るった。
しかし、男は左手で男鹿のコブシを、右手で因幡の右足首をいとも簡単につかんで防ぐ。
「おかしいですよ。人間と悪魔ですよ?」
「「!!」」
「友達だの家族だの、そんな関係あるはずないじゃないですか。熱くならないでくださいよ。あなた達、もうボロボロなんですから。ボクに勝てなくても仕方ありません。それにねー…」
因幡と男鹿の手足を解放した男は、男鹿にずいと顔を近づけ言葉を継ぐ。
「殺六縁起に悪魔を貸したのはボク達だ。それを返して貰うのは当然の権利じゃないかい?」
「殺六縁起に…?」
わずかに後ろに下がり、距離を置く男鹿。
「あぁ。6人全員にね。まぁ使いものになったのはそのうちの3人だったけど、わかっただろ。所詮キミ達は商会の掌の上で踊らされていただけ。バカ丸出しだよねー。そうとも知らず、仲間だの友情だの。石矢魔のてっぺん? アホか。おまえらはただの成長のエサだっての。カブト虫のゼリー程度」
嘲笑する男に、「ふざけろ…」とどこからか声が聞こえた。
「は?」
そちらに振り返ると、遠くの闇に火の玉が浮かび、一直線に勢いを増してこちらに向かってくる。
ゴウッ!!
「!!?」
プールサイドに火の手が上がった。
「石矢魔のてっぺんがそんなに安いわけねーだろ。それにな…、悪魔の力を使えるのは、3人だけじゃねぇぞ、ソロモン商会さんよぉ」
炎の中から現れたのは、赤星と、その仲間の灰沢と茂盛だ。
「おまえ…」
男鹿は突然現れた赤星を凝視する。
姫ラー達がどよめきに包まれる。
「ひっ…、火炙高の赤星…っ!!」
「あっ」
姫ラーのひとりが気づいたのは、新たに現れた別の人物だ。
「そーゆーこっちゃ」
突如、男の背後に現れた蝦庵。
腰から仕込み刀を引き抜き、
ザン!!
居合だけでプールの床を驚異的なスピードで切り裂き、男の足下を崩す。
その際、蝦庵の手の甲には、笑った口のような紋様が浮かび、わずかに光っていた。
「鯖徒高の蝦庵までっっ!!」
男鹿達の前に現れた火炙組と鯖徒組。
「おっとっと」
プールのフェンスに飛び移った男は、その様を見下ろす。
「これ以上このケンカを汚すようなら、黙っちゃいねぇぞ、オレ達もよ」
「見とったぞ、男鹿…。いい決着じゃった。石矢魔はかくありたいもんじゃの」
男に凄む赤星と、男鹿に賛辞の言葉を贈る蝦庵。
「やれやれ―――…、これは確かに分が悪い。いったん引くとしましょう」
男は諦めたように肩を竦ませる。
「―――ま、せいぜい殴り合ってくださいよ。いずれ藤君がすべて、刈りとりにきますので」
男が出した舌には、撤退するための『転送玉』が載せられていた。
(―――…藤…!?)
男鹿が反芻すると同時に、男は煙のように消えてしまう。
「なっ」
「き…、消えた……」
男の消失にざわつく姫ラー達。
悪魔と関わりのある者達だけが、男が消えた場所を静かに見つめていた。
「ソロモン…商会―――…」
そう呟いたのは、男鹿だ。
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