65:裏切りですか?
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まさか本当に姫川当人が出張ってくるとは思わず、神崎の口元に当惑まじりの笑みが浮かぶ。
姫川の背後にあるプールには、正方形の真っ黒な機械が置かれていた。
あれが『遮断結界発生装置』だろう。
「……姫川、どけよ。用があんのは、てめーの後ろにあるうんこ装置だ」
挑発する神崎だが、姫川の反応は冷めていた。
ベル坊と神崎を一度交互に見てから、呟くように口にする。
「……なんだその格好は…? ヘドが出るほど、似てきたな」
「あ?」
「気づいているのか? …おまえ、今、男鹿とおんなじ表情(かお)してるぜ?」
「あぁ?」
「…!」
因幡も姫川の言葉を聞いて初めて気付く。
ベル坊を連れているではなく、眼差しや顔つきが男鹿と重なった。
姫川は呆れるような口調で続ける。
「東邦神姫の神崎ともあろう者が、なんだそのまっすぐな目は。情けねぇ…。すっかり1年坊に飼いならされやがって…。昔はもっとドブが腐ったよーないい目をしてたぜ、おまえは」
「はぁ? 何言ってんだアホが。初登場時から小鹿のごとく澄んでただろーが」
「どの口が言ってんだてめーは」
しれっと言ってみせる神崎と、それだけはつっこみたい因幡。
その傍で、壁際に隠れる花澤も姫川に言い返した。
「そーっスよ、失礼なっ!! ザリガニくらいは住めるドブっスよ、神崎先輩の目は!!」
「もれなく取り放題だな」
「黙ってろパー子、因幡」
「あ…、でもザリガニって腐ったよーな臭いしますよね」
はっとする花澤に、腕を組んだ因幡も「あ―――…」と納得の声を漏らす。
「いいからもう帰れよおまえら!!」
言いたい放題でさすがに失礼だと神崎は2人に振り返って怒鳴りつけた。
そのあと、落胆の眼差しを姫川に向ける。
「姫川…、オレはがっかりしてんだぜ? てめーはよぉ、どんだけひねくれようがスジだけは通す男だと思ってたんだ。それがなんてザマだ。1年坊に飼いならされてる? そりゃおまえだぜ。てめぇはただ勝ちそうな男を選んだだけの腰抜け野郎じゃねぇか」
「…………勝ちそうな男? 当然だろ」
姫川はコートの内側から伸縮式のスタンバトンを取り出し、勢いよく振って伸ばした。
「!!」
「ケンカは、勝たなきゃ意味がねぇ」
バチッ、とスタンバトンに流れる電流を見せつける。脅しではない、と。
神崎は気持ちまで裏切られた気がして腸が煮えくり返り、足下を蹴って怯むことなく姫川に突っ込んだ。
「このクソ裏切り野郎がっ!!」
バチィッ!!
神崎のコブシと姫川のスタンバトンがぶつかり合い、スタンバトンの電流は神崎に流れる魔力に弾かれて飛散し、火の粉のように2人に振りかかる。
「うぐっ」
「ちぃっ」
力はほぼ互角。
それでも何度も打ち合う神崎と姫川。
この勝負に、聖組と堕天組の勝敗がかかっている。
また、古市の命も。
「……………」
因幡は、奥歯を噛み、目を逸らすまいとコブシを握りしめる。
「…っ止めないんスか…!?」
ガマンできずに花澤が尋ねた。
因幡は押し黙り、今すぐ2人の間に入って阻止したいと疼く足を押さえるように踏み止まる。
「……オレにはムリだ、花澤…」
「え?」
「どっちも選べねぇわ…。―――…どっちも好きだから…、勝ってほしくも、負けてほしくもない…」
だから、見守るしかない。
こんな中途半端な気持ちで2人のジャマなどしたくない。
どちらにつくかさえ選べていなかったのだから。
夏目には姫川と対峙した時はその時だと話したが、これが結果だ。
神崎と姫川が互いに距離を取る。
どちらも飛散した少量の電撃を食らい、わずかに服も肌も焦げていた。
いつまで経っても決着がつかない。
「…………邪魔を、するなと…、言ってんだろぉがぁああっっ!!! 神崎ぃぃっ!!!」
ついに姫川がキレた。
堕天組に入ってから、初めて、怒号を上げたのだ。
思わず怯む花澤と因幡。
神崎もその剣幕に一瞬気圧され、隙を作ってしまう。
それを見逃さず、一気に詰め寄った姫川は神崎の腹にスタンバトンの電流を食らわせて動きを鈍くし、右太ももを強打してよろめいた際、頭を撲りつけた。
足下に飛び散る神崎の血液。
花澤は真っ青な顔ではっと手を口に当て、因幡も唇を噛みしめた。
「………っ、…てめぇ…」
頭から流れる生温かい血を感じ、それでも神崎は倒れるまいと踏み止まり、真っ直ぐに姫川を睨みつける。
「姫川…」
その時、宇多川は入口から入ってくる群れに気付き、声をかけた。
振り返ると、姫ラー達がプールに流れ込んでくるのが見える。
「姫川様!!」
「助太刀しますっっ!!」
わらわらとくる群れに神崎は「げ…」と面倒臭そうな声を漏らした。
「いくぞてめーらっ!!」
「「「「「おうっっ」」」」」
姫ラー達は一斉に陣形をつくる。
「こ…、これは…っ」
その光景に、神崎、因幡、花澤は目を見開いた。
「「「「「フハハハハハハッ」」」」」
「……………」
某忍者漫画のように両手で印を結ぶ形にして直立したまま高速移動する。
全員、リーゼントと色眼鏡という姫川の特徴を真似しているので神崎を攪乱させる作戦なのだろう。
当の姫川は打ち合わせのない作戦に困惑の表情を浮かべ、棒立ちしている。
「くっ…、分身の術かよ…っ」
「「「「「ハハハハハハハハッ、どれが本物の姫川かわかるまいっっ!!」」」」」
「フハハハハハッ。どれが本物かわか…る…ま…、ハァ、ハァ」
「やせろっっ!!」
姫ラーの中には明らかに速過ぎる動きについていけていない太った姫ラーも混じっていた。
神崎はつっこんだあと、スタスタと真っ直ぐに姫川に歩み寄り、コブシを握りしめる。
「いや、つか、おまえだろ」
ゴン!
「ごはっ」
姫川は左頬を殴られ、その場に膝をつく。
「バ…、バカな、何故……!!」
「おいっ、言うなバカっ」
「あっ」
「フ…、フフフ、ハズレだ、おしかったな」
「……」
誤魔化そうとする姫ラーだが、お粗末な作戦に姫川は殴られた頬を押さえながら黙り込んだままだ。
「うん。一人だけ服違うじゃん。アホなの?」
もっともなことをつっこむ神崎。
「因幡先輩?」
因幡はプールの用具入れに手頃なデッキブラシを見つけ、それを手に神崎の元へ向かおうとしていた。
花澤は手を伸ばして「見守るんじゃ…」と呼び止める。
「2人のジャマはしねえがお粗末共は全力で回収する」
作戦もそうだが、空気も読まずに乱入してきた姫ラーに因幡は青筋を浮かべていた。
「神崎君っ!! まだ生きてるっ!?」
その時、夏目と陣野が駆けつけてきた。
「おおっ」と援軍に思わず声を上げる花澤。
「おまえら…」
「間に合ったか…」
「ニセ姫川達がこっちに流れていったからね…」
2人は急遽プールに集結する姫ラーを追いかけてきた。
「残ったのはオレ達だけだが…」
「手伝うよ」
「キタ―――ッ。夏目先輩っ!! 陣野先輩っ!! 強いのか弱いのかよくわからない2人っ!! マジ謎っス!!」
「おい、失礼だな。無自覚か」
因幡もデッキブラシを手に前に出た。
再び戦闘態勢の神崎達を見て、姫川はコートの袖を捲ってみせる。
「…………どいつもこいつも、よっぽど死にてぇらしいな」
露出した左腕には、鷹宮の王臣紋「3」が光っていた。
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