63:雪のような、静かな幕開けでした。
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男鹿の部屋に置かれたテレビ画面にヒルダの顔が映された。
画面越しに部屋にいるメンバーを見て、口を開く。
“―――うむ、全員集まったな。私はまだ魔界から離れられんので映像だけで失礼するぞ”
「え? これ、テレビ電話? すごーい」と邦枝。
「魔界じゃ普通よ」とラミア。
「近代的だな、魔界」と因幡。
「男鹿んちのくせに生意気な」と神崎。
「テレビで見るヒルダさんも素敵ですねぇ」と古市。
男鹿とベル坊はその後ろで遊んでほしそうにカードを持ったまま黙っている。
“フフ…。それにしても邦枝、貴様にも紋が出たか…”
「あん? ほー。おまえもか」
“よいよい。坊っちゃまのためにつくすがよい”
「えー、どこどこ見せてくださいよー」
「神崎と同じ肩なのか?」
「えっ!? いや…、あの…」
催促されて邦枝は躊躇いがちに胸元の王臣紋をちらりと見せた。
王臣紋には数字の「2」と書かれてある。
「おぉ―――っ。こんなところにっっ! ちょっ…、邦枝先輩! これエロくないっスか!?」
際どい場所にあるので古市は露骨に興奮し、羞恥で顔を真っ赤にさせた邦枝はすぐに服を上げて隠した。
「もっ、もういいでしょう!?」
「お色気エアラインかよ」
「お色気エアライン!! 発動!!」
男鹿とベル坊はカードを持ってポーズを決めて叫ぶ。
なぜかドヤ顔だ。
“―――さて、本題に入るとするぞ”
「そうね」
「……………」
注意を引きつけたのもつかの間、ヒルダが声をかけると因幡達の視線がそちらに戻される。
つっこまれることもなく男鹿は放置のままだ。
「結局なんなんだよ、その王臣紋ってのは?」
神崎が問うと、またしても横やりに男鹿とベル坊がカードを叩きつける。
「王!! 臣!! 紋!!」
「うるせーよ!! やんねーつってんだろ!! どんだけ一緒に遊んでほしーんだよ!!」
「……………」
因幡がぴしゃりと注意すると男鹿とベル坊はまたカードを持ったまま黙り込んでしまった。
構わず、ヒルダは話を続ける。
“『王臣紋』。生涯かけて王につき従うと決めた者にのみ与えられる戦士の称号。この場合の王とは、つまり坊っちゃまと男鹿の事だな”
「……なっ…、えっ!? えぇっ!? 生涯っ!? つき従う!? 男鹿にっ!?」
意味ありげな単語に真っ赤な顔で大袈裟に反応する邦枝。
“と坊っちゃまな”
「何ソレ!? えぇえっ!!?」
ヒルダの付け足しは聞いていない。
赤面してひとり慌てる邦枝を眺め、古市とラミアはニヤニヤしながらマグカップのコーヒーを飲んでいた。
「いい反応だなぁ」
「そーよねー。生涯かけてつき従うなんてもう、お嫁さんみたいなもんだものねぇ~」
(およめさんば)
邦枝の脳内に教会の祝福の鐘が鳴り響く。
それをやませたのは神崎だ。
「おいこらラミ公。キモい事言ってんじゃねーぞ。その流れで言ったらオレも嫁じゃねーか」
シャツのネックから左腕を出し、左肩の王臣紋を見せた。
神崎が「1」で邦枝が「2」。
神崎と自分の番号を見た邦枝は、1番でないことにあからさまに肩を落とした。
「その気持ちの強さは間違いなくナンバーワンだぞ、邦枝」
因幡は邦枝の肩に手を置いて慰める。
「うわぁ…。デリカシーのない男ね…」
空気を読まない神崎に引いているラミア。
「何が?」
“ともあれ、各々、その紋の力は実感しておるだろう。発動時には飛躍的に身体能力が上がり、傷の治りも早くなる。何より魔力耐性を得られる事が大きい”
「なるほど。だからもう傷が治ってたのか…」
神崎と邦枝は、王臣紋が浮かびあがると尋常ではない回復力を見せていた。
神崎の頭の傷もすでに完治している。
対して、因幡は以前より回復力は遅くなっていた。
今までケガの治りが早かったのはすべて自分の中の魔力のおかげだったと改めて実感する。
“この先、殺六縁起との戦い、王臣紋なしではその土俵にすら立てんだろう。せめて東邦神姫全員…、いや、東条はともかく残り姫川を王臣にするのは必須”
奈須と林檎は倒したが、赤星・蝦庵・鷹宮・藤の4人が残っている。
特に奈須より強い鷹宮と藤はスペルマスターの可能性が大だ。
王臣を増やすに越したことはない。
(姫川…)
神崎は思う。
姫川は今、どこで何をしているのか。
*****
「それじゃあ…」
「うん。気をつけて」
「おう」
「……………」
男鹿の家をあとにし、ばったり会った場所で邦枝と古市と別れ、神崎と因幡は再び同じ道を戻っていた。
「よかったじゃねーか、薬くれて。ラミ公もわけわかんねーもん持ってんな」
「…ああ。…城山にも塗ってやらねーとな」
ラミアから魔界の薬をもらい、骨折した右脚に塗ると、徐々に痛みが和らいできた。
まだ松葉杖は手放せないが、完治にそう時間はかからないだろう。
人間の医者いらずだ。
「……因幡」
途中、ふと横目で因幡を見、神崎はため息をついて声をかける。
「うん?」
「また顔が不機嫌になってんぞ」
「ん―――…」
否定でも肯定でもない返事だ。
曖昧に返したあと、口元をマフラーで隠した。
できるだけその顔を見せないように。
「何か言いたいことあんのか?」
「……姫川も、男鹿の王臣になると思うか?」
「……あいつも人一倍プライド高ぇ奴だが、たぶん、オレと同じこと考えてると思うぞ」
「同じ?」
因幡の視線が神崎に向けられる。
神崎は前を見据えたまま答えた。
「あいつも、男鹿が大将だって…、どこかで認めてる」
「……………」
因幡は白い息を吐くだけだ。
それから宙を見上げて冷たい空気を吸い込み、尋ねる。
「もう…、石矢魔のてっぺんは目指さねーの?」
「目指す。どんだけかかっても、大将の座はこのオレが…」
「フッ…。きっと、姫川も同じこと言うんだろうな…」
ようやく因幡の口元に笑みが浮かんだ。
安堵の笑みだ。
その時、着信音が鳴り響いた。
神崎のポケットからだ。
「夏目?」
着信ボタンを押し、耳に当てる。
因幡は神崎に寄り掛かり、会話の内容に耳を澄ませた。
“落ち着いて聞いて”
「どうした? 城山になんかあったか?」
“…―――東条がやられた。…姫ちゃんに”
「は!?」
「!!?」
“姫ちゃんは、鷹宮の下についたらしい…。とにかく、今病院で…”
そこから先は、因幡の耳に入ってこなかった。
目に見えるのは、電話に向かって怒声を上げ続ける神崎と、静かに降り注ぐ雪だけ。
(―――どうして―――…?)
この日を境に、石矢魔の勢力図ははっきりと変わる。
「帝王」鷹宮の台頭、石矢魔の少数勢力の実に9割がこの下につく事になる。
帝政石矢魔時代の幕開けである。
.To be continued