63:雪のような、静かな幕開けでした。
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「くるか~。こい~。フラグ~」
頭に積もった雪も気にせず、なごりは工事現場のフェンスに座りながらゲーム機をプレイしていた。
真剣な表情で没頭している様子だ。
慎重にボタンを押しながらその時を待ち、ついに訪れる。
画面が真っ黒に染まり、“BAD END”の血文字が表示された。
「!! キタ―――!! バッドエンド全ルートクリア―――!!」
ゲーム機を掲げ、小躍りしそうな達成感を得ると同時に、
ガシャン!!
「あああああああっっ」
不意にフェンスを蹴られ、地面に積もった雪に背中から落ちた。
ゲーム機はその拍子に手元を離れ、フェンスを蹴った人物の足下に滑る。
「……こっちが大事な時に、お気楽にゲームなんざしやがって。どうやって先回りした?」
姫川はゲーム機を拾ってゲーム画面を見下ろしながらなごりに尋ねる。
起き上がったなごりはぷるぷると犬のように頭を振って雪を落とし、体に付着した雪も払い落としながらヘラヘラと答えた。
「オレも情弱じゃないから」
どうやって知ったかは口にはしない。
苛立ちを覚えた姫川はどうせはぐらかされるだろうとそれ以上は追究しなかった。
「……オレの見間違いじゃなければ、おまえ、バッドエンドで喜んでたのか? よっぽどのマゾだな」
ゲーム機を放り投げ、なごりは両手でキャッチする。
「しかもそれ、クソゲーっつーくらい難易度イージーすぎる恋愛シュミレーションだろ?」
「お。姫川氏もゲーム通? プレイしたことは?」
目を輝かせるなごりだが、姫川は冷たく返す。
「ねーよ。つか、興味ねえジャンルだし。知ってるのはタイトルくらいだ。それくらいでバッドエンドになるよーじゃあ、因幡ルートをクリアするのは到底無理だな」
「さっすが、リア充は言うことが違う。爆発しろっ」
なごりはケラケラと笑いながら毒づき、言葉を継ぐ。
「バッドエンドが好きなわけじゃない。最初に悪い結末を知りたいだけだ。言うだろ? 良いニュースと悪いニュース、先に聞くとしたらどっちか…。オレは当然悪いニュースから。そんであとに良いニュースを聞いた方が後味もまだいいからな」
「それをクリアしたあとは、ハッピーエンドをクリアしていくのか?」
「バッドルートは全部覚えた。あとは攻略本がなくても、逆のことをすればいいだけ」
おそらく時間は半日あれば全てクリアできる自信があった。
「悪いことは全部終わったって達成感もあっていいよ。…バッドエンドの内容によっては心折れそうになるけど」
「ヒロインに無惨に殺されてからのハッピーエンドってどうなんだよ。やっぱマゾじゃねーか」
姫川は呆れて口にした。
なごりはその場に胡坐をかき、ゲームを最初からやり直す。
「姫川氏のゲームは順調?」
「……ここまでは、おまえの描いたルート通りか?」
「オレが描いているルートはひとつじゃない。何百通りも予想してる。これも描いたルートのひとつには違いないが、姫川氏の行動によっては、オレも、ルートに沿った動きをしないといけないから…」
画面を見つめ、指を動かしてルートを選択しながらなごりは答える。
相変わらずこの男が何を考えているかは読めない。
わずかな気味の悪さを覚え、姫川はなごりを通過して工事現場の奥へと歩を進める。
「てめーのゲームを楽しむのは勝手だが、オレのジャマだけはするなよ」
「はーい」
そこで何かを思い出したのか、姫川は足を止める。
「…因幡の脚を折ったのも、フラグを立たせるためか?」
「あれぇ? ハニーの脚を折ったのはなすび氏のはずだけど?」
「オレがタダでてめーを泳がせてると思ったか?」
人なり物なりで監視していたのだろう。
だとすれば、奈須と密会しているのを目撃されているはずだ。
察したなごりは、それでも指を止めずに「ふぅん」と鼻を鳴らした。
「オレのことはそんな気にしなくていい。モブくらいに思ってくれていいから。……これ以上気にされると…、デリートしちまうかも」
「……………」
脅しでないのは張りつめた空気で悟った。
なごりに降る雪も避けるように地面に落ちる。
姫川は奥歯を噛み、再び歩を進めた。
「……………」
画面は早くも、寄り添い合う主人公とヒロインと、“HAPPY END”のピンクの文字が表示されている。
「主人公とヒロインにとってはハッピーでも、選ばれなかった他のヒロインたちにとっては、バッドなんだろうな…」
意味深な言葉を呟き、なごりは姫川が呼び出した相手と出くわす前にそこから去る。
さく、さく、と足跡を残しながら。
未だにやむ気配も見せない雪は、降り積もり、その足跡を消していく。
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