62:特攻隊長の出番です。
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右脚の骨を折られ、襲いかかる痛みに脂汗を浮かべた因幡は右膝を抱えて悶絶する。
一番の武器である脚が、やられてしまった。
こんな簡単に折られてしまうなんて。
因幡の危機が訪れても、シロトは依然として何も応えない。
「く…っ」
「因幡……」
そんな因幡の姿を、神崎は霞む瞳に映していた。
自分が早まったことをしたせいで、非戦闘員でもある古市どころか、身を案じて駆け付けてくれた因幡まで巻き込んでしまった。
もう、城山のように仲間が目の前でやられるのは、耐え切れない。
痛みで意識を呼び覚まそうとコブシを強く握りしめる。
「先輩…っ!」
神崎と因幡が圧倒され、古市は冷や汗を浮かべた。
自分達がやられてしまえば、今度は連絡を受けてここに駆けつけてくる仲間達がやられてしまう。
奈須は半裸の上から学ランを着て、神崎と因幡を見下ろし、落胆のため息をつく。
「やーれやれ。ダメだな。大将失格だっちゃ、男鹿っちゃんは。仲間の使い方がまるでなってないナリ。せっかくあんなすげー赤ん坊がいるのに」
「だまれよ…」
低い声とともに、神崎はよろめきながら立ち上がり、因幡を庇うようにその前に立った。
着ている衣服は破れ、左肩が露出している。
立ち上がった際、奈須にやられた時の頭の傷口が開き、包帯から漏れた血が床に滴った。
意識は朦朧としているが、倒れまいと床を踏み締める。
「…てめぇごときが、あいつを語ってんじゃねぇ……」
自身を打ち負かした男鹿を馬鹿にされる言われもない。
それ以上聞くと、血管が切れる思いだった。
そして神崎は気付く。
(―――そうだ。本当はわかってんだ…。姫川だって…)
口では意地を張りながら、心の奥ではしっかり認めていたことだ。
それが頭までのぼってくれば、自然と口角が上がり、思い浮かんだ言葉が口をついて出てくる。
今度は、胸を張って。
「オレらの大将、この学校のNo1なんだよ」
それを聞いた因幡は、一瞬だけ脚の痛みを忘れたように、大きく見開いた目で神崎の背中を見つめた。
同時に、美術室のドアが外側からの衝撃に歪み、大きな音とともに蹴り倒された。
「「「「「!!」」」」」」
美術室にいる全員の視線がそちらに注目する。
男鹿と、男鹿の背中にしがみつくベル坊だ。
仲間のピンチにタイミング良く現れた男鹿。
奈須と出会った当初と同じだ。
きまりきったような流れに、奈須はそろそろ飽きを感じていた。
「……………男鹿っちゃーん。またこの引きですか~? 正直ワンパターンにも程が」
「あ? まだ負けてねーだろ。うちの特攻隊長ナメんじゃねーぞ」
「!」
遮るように言った男鹿に、奈須はそちらに振り向いた。
「特攻隊長」と呼べる人物は、この場にひとりしかいない。
「…!!」
先に神崎の異変に気付いたのは、背後で倒れていた因幡だ。
神崎の後ろ左肩に、ゼブルスペルが浮かび上がっていたのだ。
紋章には数字の「1」とあった。
ドクン…
神崎に浮かんだゼブルスペルが光ると、神崎自身も異変に気が付く。
鼓動が大きく跳ね、じわじわと左肩が熱くなってきた。
熱は体中を駆け巡り、絶対的な自信といえるような力が湧き上がってくる。
「あぁ?」
熱くなる肩に触れ、肩越しに浮かび上がったゼブルスペルを凝視した。
「なんだこりゃあ……」
(―――力が…溢れてきやがる!!!)
このマークが男鹿の手の甲にある刺青と同じであることを思い出し、男鹿に顔を向ける。
「―――男鹿…、またてめーのわけわかんねーやつか?」
「知らん」
男鹿自身も紋章については何も知らない。
神崎は「まじでか」と呟き、それ以上問い詰めることはせずに手の甲で鼻血と口端の血を拭い、男鹿と肩を並ばせて奈須と向き合った。
(神崎にゼブルスペル―――!? いや…、少し違う…。けど、あの数字、奈須の手下と同じものなんじゃ……)
古市は神崎の紋章と鬼束たちの紋章を見比べる。
紋章と数字、確かにそれは鬼束たちも同じだ。
「…………へぇ、男鹿っちゃん、何も知らずにそれを……?」
「あ?」
紋章の意味を知っている奈須は薄笑みを浮かべる。
「っ、この紋章はなんなんだよ?」
古市に肩を貸してもらって立ち上がった因幡は、神崎の紋章を人差し指で触れてその意味を尋ねた。
わずかに指先に微熱が伝わる。
「説明してやろう」
奈須が口を開く前に、いつの間にそこにいたのか、美術室の壁に背をもたせかけて腕を組んだヒルダと、傍らで正座しているアランドロンがいた。
「な…、なんだ、この女…。どっから…」
驚いた塩入は呟くが、男鹿と古市はアランドロンで侵入してきたと容易に推測できた。
構わず、ヒルダは淡々と神崎に浮かんだ紋章について説明する。
「それは『王臣紋』。命尽きるまで王に従う事を誓った者にのみ与えられる『戦士の称号』だ」
「命尽きるまで」
「王に従う…?」
男鹿に続き、神崎が言葉を継ぐ。
意味が理解できると、男鹿は「はは――ん」とニヤニヤと笑った。
「あ゛っ? 誰が王だこら。なんだその顔」
いくら大将と認めたからといって、命を賭けるほど大それた思いはないはずだ。
なのに男鹿は、睨む神崎に対してすっかり天狗になっている。
「わしの為に死ぬがよいでおじゃる丸」
「わかりやすく調子にのってんなっ」
「ダス」
しまいにはベル坊に偉そうに肩を叩かれ、返す言葉も見つからない。
「ははっ、バカじゃね?」
コントのような光景に日野は嘲笑し、隣にいた塩入がサスペンダーを正しながら神崎に近づき、見下ろした。
「一つ、教えといてやる。そいつはただ与えられただけじゃ、なんの意味もねぇ。血の滲むような鍛錬があって初めてつか」
ズン!!!
言いかけている途中で、神崎は塩入の腹に勢いのある重いコブシを打ち込んだ。
その衝撃は周りの者に肌で感じさせるほどの威力で、大男の塩入の体が一瞬だけ浮いた。
血と唾液を吐いた塩入は「……クク」と小さく笑う。
「それが…、ど……」
しかし、その直後、塩入の巨体はぐらりと前へ傾き、神崎の横に地響きを打ってうつ伏せに倒れた。
それから起き上がる様子は一切ない。
「あ―――? なんか言った?」
「「「「「!!!」」」」」
先程まで圧倒されていたとは思えない。
今は神崎が塩入を見下ろしていた。
「カン違いすんな、男鹿。てめーの部下になったつもりはねぇ」
神崎は自分の右手のひらを見つめ、まだまだ力が漲っていることを実感すると、鬼束、亀山、日野を睨む。
「―――だが、まぁ、ザコはまかせな。奈須はてめーにくれてやらぁ」
そう言って学ランごと上着を脱ぎ捨て、鬼束達と向かい合った。
「クマは油断した。それだけだ」
亀山は右手の指の間に挟んだ4つのピックを構える。
「ばっっ!!」
放たれた矢のように鋭く真っ直ぐに飛んできたピックは、神崎の腕や腹に突き刺さった。
「!! ……っ、ギターのピック…!?」
「ベースだよ」
天井擦れ擦れで高くジャンプした日野は、トランペットを仮面越しに咥えて先端を神崎に向け、ブッ、とベルから飛ばした衝撃波を神崎の腹に直撃させる。
「あがっ!」
重い衝撃を感じた神崎は体勢を崩し、それにすかさず鬼束が力を一点に凝縮したコブシを神崎目掛け振るった。
ドォン!!
吹っ飛ばされた神崎はコンクリートの壁を突き破り、辺りは煙幕のような粉塵に包まれる。
「……っ」
その近くにいた因幡と古市は破壊された壁を凝視した。
粉塵のせいで神崎の姿が確認できない。
「プクク…、ザコはてめーだ」
日野は含み笑いし、破壊された壁に近づく。
「てめーら…」
因幡が鬼束達を睨みつけると、ふっと煙から神崎が現れ、因幡達の横を通過して日野の前に躍り出た。
「!!!」
日野が驚いた隙に、神崎は右脚を高々と上げて振り下ろす。
バカッ!!
日野の眉間に打ち込まれる踵落とし。
その威力は格段に上がっていて、日野の仮面を砕き割った。
「…………っ」
仮面の下は、少し上向いた鼻と小さな目が特徴的でお世辞にも整っているとは言い難い。
踵落としの威力は仮面の下まで伝わり、歯を砕き、鼻血を垂らし、日野は何が起こったのかわからない表情のまま気を失い倒れる。
「マズイツラだな。ザコ顔じゃねーかやっぱ」
「「……っ!!」」
塩入に打ち勝ったのもまぐれではない。
鬼束と亀山は未だに立ち塞がる神崎に思わずたじろいだ。
「次はどっちだ?」
神崎の目が、次の標的をとらえる。
(め…、めちゃくちゃ強くなってる…)
(これが…、『王臣紋』…!)
古市に続き、因幡もその力に驚きを隠せなかった。
『王臣紋』を手に入れたことで、神崎も鬼束達と同じ土台に立つことができ、あとは元々持っている本来の力で圧倒している。
「神崎…」
因幡は以前、神崎と肩を並べてシロトの力を分け合っていたこともあった。
なのに、『王臣紋』の力はそれ以上で、今ではこうして守られる側になっている。
それがどうしてか、一抹の寂しさを感じさせた。
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