60:あけましておめでとうございます。
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車椅子では石段を上がれないので、稲荷は伏見の右肩にのせてもらい、寿と明智は一緒に車椅子を運んできた。
「黒狐…!」
「あけおめ」
稲荷は伏見の肩にのったまま新年の挨拶をする。
「なんでおめーらがここに…?」
神崎の疑問に喧嘩腰に答えたのは豊川だ。
「初詣に神社に来て何が悪いんだよ。たまには他の町の神社でも…って稲荷さんが言わなかったら来なかった。おまえらのツラは見たくなかったけどな。新年早々縁起が悪いぜまったく」
「こっちのセリフだっつの。嫌ならてめーだけ帰れ」
「あ゛ぁ?」
「てめーのドタマでもう一回除夜の鐘ついてやろうか?」
顔を合わせればこれだ。
どこへ行っても険悪な空気になるのは避けられなかった。
「新年迎えても成長しねーな、おまえらは」
因幡は面倒くさくて止めるのをやめた。
「どうしてこの神社に?」
夏目が稲荷に尋ねると、稲荷は伏見に下ろしてもらい、車椅子に座ってから口を開く。
「この町は、ボク達が再び集まるきっかけになった町だ。…この町で、初詣がしたくてね…」
「そいつらを連れてきたのは?」
因幡が寿と明智を指さして尋ねると、寿と明智もどうして自分達も連れてこられたのかわからず、首を傾げる。
「別にオレ達は…」
「なぜか誘われて…」
「名前が縁起良さそうだから」
「「それだけの理由で!!?」」
とてもいい笑顔で即答した稲荷に寿と明智は衝撃を受けた。
そう言われてみると、確かに「寿」、「明智」と縁起良く感じさせられる名前だ。
「つうか、稲荷達は名前的に神社が似合うというか…、京都の神社に行くべきじゃねえのか…?」
因幡に指摘された、稲荷、伏見、豊川は「?」を頭に浮かべる。
「―――というか、明智、寿」
怪訝に思った神崎は明智と寿に声をかけて近づき、2人は何事かと振り返る。
「おまえら、あいつがいるのに無視かよ…」
小声で言う神崎の指先を目で追いかけると、
「オレが運びますよー」
「あ、ありがとう…」
邦枝から稲荷達の分の、甘酒を載せたトレーを渡されたなごりの姿があった。
なごりはこちらに振り向き、愛想よく稲荷達に近づいて甘酒を配っていく。
「どーぞ」
「ありがとう」と稲荷。
「おう、悪いな」と寿。
その反応に、神崎と因幡は違和感を覚えた。
なごりはノーネーム事件の元凶で、なごりから力を分けてもらった寿と明智とは知った仲のはずだ。
しかし、あまりに平然としすぎているので、他人のフリをしているようには見えない。
「神崎、こいつがどうかしたのか? というか、誰だ? おまえらの仲間か?」
「「!?」」
明智の言葉に耳を疑った。
とぼけている様子でもない。
「ちょっと待てよ…。こいつは…」
「どーも、「初めまして」。卯月なごりと申す」
神崎がノーネーム事件のことを話そうとしたとき、なごりは遮るように割って入り、明智と握手を交わした。
「…どうなってんだ……」
「……………」
じっとなごりを見つめていると、なごりは因幡の視線に気づき、言いたいことがわかっているのか苦笑した。
神崎達が焚火の周りに集まって温まりながら甘酒を飲んでいる中、それを眺めながら、因幡は隣に立つなごりに切り出した。
「……なんであいつら、おまえのこと……」
「忘れてるかって? …オレが忘れさせたんだよ。記憶をデリートしたってこと。ノーネームサイドの人間は、もうオレのこと欠片も覚えてないよ。力を分け与えた人物の顔を聞かれて思い出そうにも、規制がかかって浮かべることもできない」
淡々と説明しながら、なごりは甘酒を一口飲んだ。
「…それがおまえの力か?」
能力を隠しているかと思えば、なごりは躊躇することなく説明する。
「クロトとは無関係の、悪魔の力…―――“魔言”だ。割と高レベルのものは使える。ハニーのお母さんだって、それなりの魔言は使えるだろう?」
それを聞いて、自身を透明にさせる札をもらったことを思い出し、「あれも魔言か」と呟く。
「…それにしても、何も、記憶を消さなくたって…」
「消さなくちゃいけないんだよ。…それが、オレが外に出る条件」
「え?」
「オレの家さ、知っての通り、超有名財閥だけど、悪魔のことは内緒。オレや能力のことを他人に憶えられると色々とメンドーだし、帰る前にその記憶を消してこいって言われてるから。だから、この前のクリスマスのイベント、オレも参加したけど、あの場にいたオレのこと憶えてる生徒はほとんどいない」
「お…、オレや神崎達がおまえを憶えてるのは?」
「ああ、ハニー達は特別。ちゃんと家にも報告してる。ハニー、神崎氏、城山氏、夏目氏、姫川氏…。ついでに古市氏と男鹿氏くらいかな。オレのこと憶えてるの。まあ、後半の2人はただの消し忘れだお☆」
ふざけて小さく笑うなごりの心情を、因幡には読むことができなかった。
「おまえ、ずっとそんなこと繰り返してんのか?」
「そ。外でオトモダチはできても、家に帰る時は「またね」じゃなくて「さようなら」だ。だから、“特別”が出来て、ちょっと嬉しいな。日を置いて再び会っても、ハニー達はオレを憶えてくれてたし」
因幡は先程なごりが現れて「他に友達がいないのか」と罵倒した自身を思い出し、罪悪感を覚えた。
「……オレ、おまえに酷いこと言ったよな…。…悪かった」
目を伏せて謝ると、なごりはまた笑い、その背中を優しく叩いた。
「ちょっとちょっと。オレは全然気にしてないし、こんな暮らし、もう慣れてるから。それにオレは、憶えられるより、憶えていたい方」
「……………」
「あ、そうだ。渡したいものがあったんだ」
「渡したいもの?」
なごりはポケットを探り始める。
「年賀状。オレ一度こういうの書いてみたかったんだよ。住所がわからなかったから、直接で悪いけど」
取り出したのは束になった年賀状だ。
なごりはその1枚を因幡に渡し、「神崎氏達にも渡してくる」とそこから離れ、神崎達のもとへと走る。
(年賀状…書いたこともなかったのか?)
家に帰る前に、関わった人間の記憶を消さなければならないのだから書いたことがないのは当然だ。
書いたとしても届け先がなければ無意味に終わる。
自分のことを忘れ去られてしまうとはどんな気持ちだろうか。
自分ならばどうだろうと想像しようとするが、拒んでしまう。
因幡はなごりに目をやりながら、渡された年賀状に目を落とし、フリーズする。
撮影した覚えのない、白のタキシードのなごりとウェディングドレスの因幡の写真。
“オレ達、結婚しました。”と手書きで書かれてある。
どう見てもアイコラだ。
受け取った神崎達が年賀状を見る前に、因幡は高速でそれを回収し、渾身の力でまとめて破く。
「うらぁっ!!」
「あ!!」
「灰になれ」
そして焚火へと撒いた。
「オレの力作…!!」
「てめーも燃えカスになっちまえ!!」
ふざけた写真を勝手に制作されて激怒した因幡はなごりを追いかけた。
命の危機を察知したなごりも必死で逃げる。
「待てやあああああっ!!!」
「うははっ、怖ぇーっ」
2人はしばらく焚火の周りをぐるぐるとまわっていた。
「あ、あれ?」
だが、いつの間にかなごりはいなくなっていた。
途中で気付いて足を止めた因幡は辺りを見回すが、どこにもいない。
「なごは?」
「とっくに行っちまったぞ」
神崎は平然と答え、甘酒を飲んだ。
「なんなんだよあいつは―――っ!!」
気付かずにぐるぐると一人だけまわっていたことに羞恥心が湧き、因幡は顔を真っ赤にして叫んだ。
因幡から逃れたなごりは「あははっ」と笑いながら石段を駆け下り、最後は3段飛ばして着地する。
「は~、面白かった。…帰るのが惜しいくらい」
呟くと同時に、なごりは横に右手を伸ばし、何かをつかんで握り潰した。
「!!」
「オレは帰るから、アンタは早くハニーのとこ行ってきなよ。こんなモンでコソコソしてないでさ」
笑いかける先には、明らかに動揺しているコハルがいた。
握り潰された、身を隠していた札がなごりの足下に落とされる。
「…フユマの息子の…」
「卯月なごり。お初にお目にかかれて光栄です…ってか、親父の元・婚約者。お互い、複雑な気分にさせられる…」
「……………」
コハルはポケットから万年筆を取り出そうとしたが、なごりはそれを手で制した。
「アンタとまともに戦う気はないし、心配しなくても、オレは無理やり因幡桃を連れて行かない。オレはただ、ハニーにオレのこと知ってもらいたい、ハニーのことを知りたいだけだから」
コハルの警戒心を纏った瞳は揺らがない。
なごりは手をひらひらとしながら「本当本当」と笑う。
「じゃあ、どうして桃ちゃんの魔力を封じたの?」
因幡の後ろ首にあった氷の結晶は、クロトの力を受け継いだ者のものだと見抜いていた。
心配して因幡のあとを追いかけたところ、そこに現れたのがなごりだった。
「ハニーへオレからのクリスマスプレゼント…。ハニーは普通の人間になりたがってるし…、アンタだって、望んでいたことだろう? だから、ハニーには黙ったままだ。シロトさえいなければ、あのコは普通の女の子なわけだし、人間らしい日常を送れるってこと」
「どうしてわざわざ……」
「正直に答えると、ハニーに必要とされたいから。ハニーが再び魔力を必要とするとならね。…アンタは魔力のないハニーを連れ去られることを恐れてるけど、オレはそんなマネはしない。したくないから。…ハニー自身が、オレのもとへ来るなら話は別。そのまま快く迎える」
「そんなこと…っ」
「ハニーなら来てくれる」
確信があるような言い方だ。
うろたえるコハルだったが、なごりは構わずに薄笑みを浮かべる。
「アンタには感謝してる。うさぎ小屋から逃げてくれたおかげで、ハニーが生まれた。ユキが生まれた。オレが生まれた。でも、これっぽっちも恨んでないと言ったらウソになる」
「……………」
最後の棘のある言葉がコハルの胸に刺さる。
言い返すことができず、うつむいた。
「仕方のないことだったかもしれない。あの秘密を知ったら…」
「!」
その言葉に、はっと顔を上げた。
「……まさか…、知ってるの…?」
「“王の日記”のことだろう? 知ってるさ。オレも見つけて読んだからな」
「だったらどうして、あなたはまだあそこにいるの!? こうして外に出られているのに…!」
「逃げるつもりはない。逃げても無駄だってわかってるからだ。…だったら、素直に受け入れるべきだろ? 卯月の呪われた連鎖が終わらないなら…」
「…っ」
やはり危険だと感じてここで手を打とうとコハルは万年筆を取り出したが、
「!!」
小さな衝撃波を受けたように手が弾かれ、万年筆が歩道に落ちる。
「アンタにできることは何もない。実力も魔言の扱いもオレの方が格段に上だからだ。邪魔はするな」
向けられた眼差しは冷たく、頭を押さえつけられるような威圧感に、コハルは身動きすらできなかった。
なごりは歩を進め、コハルの横を通過する。
「…オレには母親が「いた」ことしかわからないが、母親ってどんなものか、ちょっと知れた気がする」
独り言のような言葉を残し、コハルが威圧感から解放され、振り返った時にはなごりの姿はなかった。
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