「男鹿…」


一度因幡から距離を置いたヒルダは男鹿に耳打ちし、因幡はタルの後ろに隠れているなごりの首根っこをつかんで引きずり出す。


「隠れんじゃねえよおい。負けちまうだろ」


なごりは蒼白な顔で首を横に振った。


「いやいやっ、今の止めようとしてたらデスってたって!! オレだって生身人間なんだから勝てるわけないじゃん!?」

「諦めたら試合終了ですよ、なんて安西先生の名言使ったのはてめーだろが。てめーが刺されても、穴には刺さらない」


因幡の目と言葉は氷河期のように冷たい。


「…ダテに冷酷兎って呼ばれてないよね。恐怖を通り越して感心するよ」

「どー…もっ!!」


短剣を落とすなり蹴って再び入れてみせる。


「男鹿!! タルを守れ!! 盾になるのだ!!」

「ヤだよ!! てめーら絶対同じ血が流れてるだろ!!;」


パートナーを身代わりに使うという残酷な考えに男鹿はつっこみ、なごりは「激しく同意!!」と強く頷いた。


（縛り上げて動きを封じるか…!!）


ヒルダは魔力の黒い煙のようなものを纏い、因幡を捕縛しようと放ったが、


「うらぁっ!!」


因幡は左脚でそれを踏みつけ、一瞬にして凍らせて砕いた。


「な…っ!?」

「このオレを捕まえられると思ったか？ 甘々なんだよ!!」


リングを蹴った因幡がヒルダに蹴りかかると、タルの傍にいた男鹿が割り込むように因幡の前に現れ、右腕でそれを防いだ。


「男鹿…!!」

「今だヒルダ!!」

「ぐっ!!」


腕で防いだ右足首をつかむなり、男鹿は振り返り際に因幡をリングに叩きつけた。

因幡の動きが封じられている間に、ヒルダは因幡の横を通過し、タルの穴に短剣を刺し込んだ。

しかし、これもハズレだ。


「これもか！」


続けざまに短剣を刺し込もうとしたが、バッグに突っ込んだその手の手首を横からなごりがつかんだ。


「!!」

「本場の悪魔は敵に回すと厄介だな」


はっと顔を上げてなごりと目を合わせたヒルダは、突然、背中に悪寒を覚えて焦るようにその手を振り払った。


「…っ、先に貴様から潰す!!」


正体不明の危機感に、ヒルダは取り出した短剣でなごりの胸に向けて振るう。


「なご!!」


因幡が怒鳴ると同時になごりの右胸に短剣が当たったが、ゴム製の短剣はぐにゃりと曲がった。


「…!?」

「ゴムでも当たると痛ーい」


当たった痛みで、なごりは当たった個所を左手で押さえながら情けない声を上げて顔をしかめた。

ヒルダは後ろに下がり、自分の手の中にある短剣の切っ先を疑うように凝視する。


（なんだこれは…!!?）


そこで見つけたのは、手の甲に埋め込まれたようにある氷の結晶のようなもの。

痛みもなければ冷たさも感じない。

だが、まるで蓋を閉められたかのように魔力を発することができなかった。


「ヒルダ…？」


男鹿もヒルダの違和感に気付いたが、


「いつまでつかんでんだ」

「!!」


ゴキンッ！


リングに両手をついて反動をつけ、因幡の左足が男鹿のアゴを蹴り上げた。


「…っ!!」


その拍子で男鹿の手から因幡の右脚が離れ、因幡は立ち上がって取り出してた短剣を直接手で突き刺す。


「これも違…っと！」


男鹿が背後から回し蹴りを食らわそうとし、屈んで避けた。


「…っの!!」

「ヤロウ!!」


男鹿と因幡は同時に右脚を突き出し、


メキッ…！


互いの腹にめり込ませた。


「ごほっ…」

「が…っ」


意識が一瞬でも飛んでしまいそうな衝撃を覚え、２人は歯を噛みしめて倒れてたまるかと踏み止まり、そのまま一歩足を出して互いに頭突きを食らわせた。


「「―――っ!!」」

“な、なんという攻防戦!! 男鹿選手・因幡選手!! どちらも引きません!!”


男鹿と因幡は額から血を流し、睨み合う。


「…男鹿…、てめーとこうしてやり合うのは本当に初めてだな…。今ここでおまえを叩きのめしたら、石矢魔最強の看板はもらえるっつーことだよな？ なぁ…？」


口端をつり上げて尋ねる因幡に、同じく男鹿も不敵な笑みを浮かべた。


「そんなもん、興味ねーのかと思ってたぜ。ずーっと神崎達の引っ付き虫ってわけじゃなかったのか」

「いたい場所にいて何が悪い？ …けど、てめーと戦ってると初心に戻される…。天下の不良校・石矢魔を手に入れてやるっつー目的をな!!」


目を伏せた因幡は視線を上げて男鹿を睨み、突進する。


「オレが壊しちまったけどな!!」


同じく男鹿もコブシを構えて迎え撃とうとした。


ボンッ!!!


男鹿のコブシと因幡の右足がお互いの顔に直撃する直前、小さな爆発音に動きを止めた。

音の出所に振り返ると、因幡となごりのタルのサンタが天井に突き刺さり、その傍では黒焦げて倒れたなごりと、ベル坊を抱きかかえたヒルダがいた。


「お見事です、坊っちゃま」

「アダブ！」

「な…、なにが…？;」


突然の出来事に因幡が困惑していると、倒れたなごりがベル坊を指さしながら説明した。


「いや…、お嬢さんの魔力は封じたものの…、赤ん坊のこと忘れてて…、背後から電撃を……」


しかも、男鹿と因幡は殴り合いの真っ最中で気付かず、ヒルダは淡々とタルに短剣を刺し込んだそうな。


“男鹿選手と因幡選手、喧嘩に集中してて周りのことが見えてなかった様子!! サンタの人形が吹っ飛んだのは因幡・卯月ペアのタル!!! よって、勝者!! 男鹿・ヒルダペア―――!!!”


（（え――――…））


男鹿と因幡はまさかの結末に呆れてものも言えず、内側から湧き上がっていた興奮もさめてしまった。


「あーあ、負けちゃった…」


ため息をつきながらなごりは立ち上がり、パチンッ、と指を鳴らした。


「！」


すると、ヒルダの手の甲の結晶が砕け、抑え込まれていた力が戻る。

手の甲からなごりに視線を移したヒルダの目には警戒が浮かび、なごりはなだめるようにヘラヘラと笑った。


「そんな警戒しなくていいって。もう勝負はついたんだし…。それに…、あの２人は、こんな場所で決着をつけるべきじゃない…」


意味深な言葉に、ヒルダはベル坊を抱く腕にわずかな力を込めて問う。


「貴様…、何を考えている…？」


なごりは肩を竦ませて答えた。


「オレが考えているのは、ハニーのことばっかり…。―――というわけで…」


手を振ってリングから降りて、因幡も小さなため息をついて「白けちまった…」と呟いてリングから降りる前に男鹿に声をかける。


「男鹿、この続きはまた今度だ」

「…いつでも受けて立ってやるよ」


フ、と小さく笑った因幡はリングを降り、なごりはそれをつまらなそうに見ていた。


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