57:大切な立場があります。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「…?」
因幡が目覚めたのは昼過ぎだった。
身を起こしてみると、ベッドごとくくりつけられていたロープが切れていた。
不思議に思いながらサイドテーブルに置かれた置き時計を見ると、時刻は11時半をまわっていた。
「わりと寝たな…」
あと30分経てば、昼食が運ばれてくるだろう。
「……………」
話し相手もおらず、ごろごろと寝転がっていたが、その数分後、
「先生!! 因幡桃さんが脱走しました!!」
「もぬけの殻です!!」
「奥さん!! 娘さんは!?」
医師と看護師が因幡家の病室に駆け込むと、コハルは剥いて切り分けたリンゴを隣のベッドの日向に食べさせているところだった。
「あーん」と開かれた日向の口にリンゴを運んだあと、微笑んで医師達に答える。
「こちらに顔を出したあと、「学校に行く。いってきます」と言って…」
「見送っちゃったんですか!!?」
「あの子が自分から学校に行きたがるなんて…。お母さん嬉しい」と目元に涙を浮かべるコハル。
「母さん、涙拭いて」とハンカチを渡す桜。
「女の友達も作ってほしいが…」とリンゴを咀嚼する日向。
「オレも学校行きて―――」と『ごはん君』を読みながらぼやく春樹。
(この一家は…)
病室をマイホームのように呑気に過ごす因幡家に、医師は頭を抱えた。
一度家に戻り、石矢魔の制服に着替えた因幡は、聖石矢魔学園に到着し、鼻歌を歌いながら、閉められた校門を飛び越えて石矢魔校舎へと向かっていた。
(病院でただのんびりしてるだけなんて退屈すぎる。いきなり現れて神崎達驚かせてやろ―――っと)
だが、目的の教室が見えたところで逆に驚かされるような光景が廊下に広がっていた。
天井は穴が空き、壁はところどころが抉れ、窓ガラスはほとんど割れていて、教室から出てざわめている石矢魔の不良達、傷だらけの姫川と神崎、そして倒れた東条がいた。
「どうしたぁ―――っ!!?」
「あ」
「因幡」
またユキのような奴らが攻めてきたのかと思い、声を上げた因幡に、その場いる者達が振り返った。
話を聞けば、鼻にティッシュを詰めた古市にやられたそうな。
「古市が!?」
その名を聞いて耳を疑った。
男鹿とつるんではいるが、喧嘩に向いてないのは同じクラスになった時からわかっていたこと。
それがどうして、男鹿も苦戦を強いられた東条に勝つのか。
“桃、わずかじゃが…、魔力が使用された痕跡が残っておる…”
「………だろうな…」
他の石矢魔生徒が言うには、戦闘中、不可解な独りごとが目立ったらしい。
シロトと契約していなければ不思議に思うしかないが、これまでの経験上、古市がどういう経緯かわからないが男鹿や自分と同じく悪魔の力を使ったことになる。
(古市も、悪魔と契約を…?)
だとすれば、悪魔と関わりのない人間がその状態の古市に勝つのは容易なことではない。
などと考えていると、突然、東条がむくりと起き上がった。
「!」
邦枝が「東条…」と声をかけると、東条は辺りをゆっくりと見回し、「古市はどこ行った?」と傍に立っていた石矢魔生徒に尋ねた。
「さ、さあ…。帰ったんじゃ……」
それだけ聞くと、「そうか」と立ち上がって学ランを脱ぎ、廊下を渡っていく。
「その傷でどこ行く気だ?」
因幡がその背中に問いかけると、東条は立ち止まらず肩越しに答える。
「喧嘩の続きだ」
その口元は楽しげに笑い、目からは闘争心を燃やしていることが窺えた。
古市にリベンジする気か。
止めても無駄なことはわかっているので、誰もが黙ったままそれを見送る。
「くく…っ。古市如きにムキになりやがって」と神崎。
「ああ。笑っちまうぜ。東条もガキだな…」と姫川。
無理に笑っているのが見え見えだ。
「ところで2人とも、マジで言うの?」
そこで夏目が2人に尋ねた。
「「何がだ?」」
「…負けたら「貴之にーさん」って呼ぶんでしょ?」
途端、ブチ、と2人のこめかみに青筋が立つ。
「おまえら…、そんな約束…」
うっかり「貴之にーさん」と呼んでいる2人を想像してしまい、引いてしまった因幡。
「負けてねーしぃ!!!」
「オレらがケンカしてる途中で東条が割り込んできたんだろうが!! 言っとくがオレ達はオチたわけじゃねえからな!! つうわけで勝負はまだついてねえ!!!」
「あのモブ市が!! 再起不能になるまで新必殺技でメタメタにしてやらぁあああ!!!」
「調子に乗った罰だクソがああああ!!!」
「行くぞ姫川ぁ!!」
「遅れんじゃねえぞ神崎ぃ!!」
「あっ、おい!!」
怒りを爆発させた神崎と姫川は並んで走り出してしまった。
因幡は「もーっ」と夏目と城山とともに2人のあとを追いかける。
「因幡ちゃん、体はもういいの?」
「おかげさまでな。右脚がまだ痛むけど、全然余裕」
「それはよかった。でも、あの2人の邪魔はしない方がいいぜ。「手出しするな」って言われるのがオチだから」
「……………」
いざとなったら手というか足を出す気満々だったので、先手を打たれて割り込みにくくなってしまった。
もうあの2人にシロトの一部はない。
悪魔と戦闘になれば、おそらく手も足も出ないだろう。
どれだけ強くても、ただの人間なのだから。
「オレも…、めんどくせー位置に立っちまったもんだな…」
力はある。
だが、それを容易に振るうことができなくなってしまった。
その理由は、自覚しているつもりだ。
.