57:大切な立場があります。
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ユキとの戦闘後、ケガを負った因幡は神崎と姫川によって病院に連れ戻され、病院を勝手に抜け出したことを医者からこっぴどく注意されたあと、絶対安静を強いられた。
例のいかつい看護師には乱暴に新しい包帯を巻かれ、ロープでベッドごと縛りつけられるという徹底ぶりだ。
神崎と姫川に次ぐ、病院のブラックリストに載っているので警戒されているのだろう。
問題ばかり起こすものではない、と天井を見上げながら因幡は反省のため息をついた。
「この病院いつか訴えられるぞ」
「石矢魔の病院だからな」
こぼした因幡に、ベッドサイドに腰掛けていた神崎がさらりと返す。
因幡は横目で、姫川、神崎、城山、夏目を見た。
「急に8階の窓から飛び降りるからびっくりしたけど、無事に戻ってきてくれてよかった」
「ケガしてたら無事とはいいがたいがな」
夏目に続き城山がそう言うと、苦笑してしまう。
「まっ、そんな一生残るような傷でもねーしな。…母さんたちは大丈夫なのか?」
病院に連れ戻されたものの、顔を見ていないどころかその病室にも立ち寄れてないのだ。
「全員殺されかけといて元気なもんだ。親父さんのワガママで、親父さんと弟は、おふくろさんのいる病室に移された」
そう言って姫川は「隣な」と付け加え、親指で自分の肩越しを指さした。
ホッとした因幡は「そっか」と薄笑みを浮かべる。
「…おまえら、今日も学校あっただろ? オレのことはもういいから、出席日数増やして来い」
茶化すように言うと、神崎達から躊躇いの表情がうかがえたが、因幡をゆっくり休ませようと言葉に甘える。
「なにかあったら電話で知らせなよ?」
「夏目、ここ病院」
再び苦笑して返すと、夏目が「じゃあ」と病室を出て、続いて城山も「また放課後見舞いに来る」と声をかけてから部屋を出て行く。
神崎と姫川もそれに続こうとしたが、その前に因幡が「神崎、姫川」と呼び止めた。
2人は何事かと立ち止まって因幡に振り返ると、鋭い眼差しと合う。
「おまえら…、オレが意識不明の間になにかあったか?」
2人同時にギクッとしたのを見逃さなかった。
怪訝に見つめていると、2人の顔は反対方向にそっぽを向け、姫川は中指でサングラスを上げ、神崎はわかりやすく顔を赤面させていた。
((勘の鋭い奴だな…))
2人の脳裏をよぎるのは、雨の屋上でのキスだ。
因幡が自分のせいで仮死状態になってしまったと落ち込んでいる神崎に対し、姫川は「オレの具合が悪いんだ」と神崎のびしょ濡れになった冷たい体を抱きしめて熱いキスをした。
2人の体に宿っていたシロトの一部は、シロトに還ったというのに。
神崎はそのキスを、気落ちしていたせいか、素直に受け入れたのだった。
ちなみにあのシーンを見ていたのは、鮫島だけだ。
当然、それを因幡に話すのも他人に話すのも恥ずかしい。
「なにもー」
「ございませんがー」
なので、すっとぼけた顔で返す。
(あったな…!! こいつら…!! ムカつく返ししやがって!!)
因幡はさらに勘ぐる。
ベッドに縛り付けられてなければ間近まで近づいて問い詰めているところだ。
「まあ、細かいことは気にすんじゃねーよ。さっさと寝ろ。いいな?」と神崎。
「見舞い品はリンゴでいいよな? 早く治せよー」と姫川。
「リンゴばっか持ってくんなよ!!? つーか逃げんなコラァ!!」
話はまだ因幡の中で完結しておらず、ベッドから抜け出そうと身をよじらせ首を動かしたがきつく縛られているため抜け出せない。
その隙に2人は病室から出ると、お互い同じ歩調で足早に廊下を渡っていく。
「ひ…、姫川」
「あ?」
「本当に…、具合悪くてしたんだよな…、アレ……」
横目で神崎を見ると、真っ赤な顔で正面を向いたまま尋ねられた。
「アレ」というのは言わずともキスのことだろう。
「あ―――…」
ウソ…、になるかはわからない。
ほとんど衝動的だったのだ。
感触、体温、吐息。
思い返しても、不思議と嫌悪感は湧かなかった。
「……そうじゃねえって言ったら?」
「……………え?」
反応が遅れ、不意に、神崎はキョトンとした顔をこちらに向けた。
その目とぶつかり、姫川もはっとして思わず視線を逸らしてわざとらしい咳払いをする。
誤魔化すべきだろうか。
神崎は未だにこちらを凝視したままだ。
(……嫌じゃ…なかった…。それに……)
「特別な意味で、神崎が好きなのか?」と因幡と、それに似たことを言った鮫島の言葉を思い出す。
(……………)
「神崎は…」
「…?」
「神崎は…、嫌じゃ…なかったのか…? オレとして…」
「……!!! おまえとは…、2回目になるしな…。イヤっつーか…、開き直り…?」
「………2回目…ね…」
神崎が覚えてないだけで、計4回はしている。
神崎が覚えているのは、ファーストキスを奪われた秘密の放課後と、雨の屋上のキスだろう。
姫川はその中間にある、ノーネーム事件の時と、ウサギになった時のことを思いだした。
「おい…、2回目だよな!?」
計算が間違っていないか焦りだす神崎に、姫川は、そういうことじゃなくてな、と肩を落とす。
(オレが聞きてぇのは、嫌だったか、嫌じゃなかったかだけで……)
返答次第ではこっちだって本気で考えなくてはいけないのだ。
姫川は自覚し始めていた。
いつからか形となり始めていた、神崎に対する気持ちに。
その頃、因幡は2人が部屋を出て行ってから数分もしないうちにスヤスヤと寝息を立て眠りに落ちていた。
時刻は午前6時をまわっている。
朝陽はとっくに顔を出しており、城山がカーテンを閉めてくれなければ眩しい光を寝ながら浴びていたことだろう。
しばらくして、因幡の病室の窓が、外側からゆっくりと開けられる。
カーテンは風で揺らめき、侵入者をたやすく招き入れてしまう。
窓から入ってきたのは、ヒルダだ。
コツ…、と窓から床に降りて因幡のベッドに近づき、安らかに眠っているその顔を見下ろし、愛用の日傘から仕込みのサーベルを引き抜いた。
構えはするものの、すぐには動かない。
表情からは躊躇いがうかがえる。
刃先を近づけると、真っ赤な瞳と目が合った。
「!!」
反射的に飛びのくと、それを見た因幡は口元に薄い笑みを浮かべる。
「蝿の王の侍女悪魔か」
「…!?」
身に纏った空気が、明らかに因幡のものではない。
「そちらから会いにきてくれるとはのう…。昨夜の闘いを感じ取ったうえに、貴様、見ておったな?」
「貴様…、因幡ではないな?」
因幡がくつくつと笑うと、自身を縛るロープがひとりでに切れた。
「察しがいい。…ワシは、シロト…。こやつに憑いとる悪魔じゃ…」
因幡の体を借りたシロトは身を起こし、因幡らしくない妖艶な笑みを浮かべて名乗る。
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