56:白黒つけましょう。
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「ユキも、土壇場で強くなるキャラだから、注意しないと…。危うく、殺されるところだったよ?」
警戒心を向ける因幡達に対し、なごりは愛想よく笑いかける。
「名護…、なんでてめーが!」
神崎が今にもつかみかかりそうな勢いで問うと、なごりは「あ、そっか」と思い出したように言う。
「そういえば、本当の名前、明かしてなかったっけ…。呼び方は「なごちゃん」でいいけど、本名を、卯月なごりと申す」
名乗り、礼儀正しく一礼する。
「卯月って…」
その苗字に反応したのが姫川だ。
フユマも同じ苗字を名乗っていたことを思いだす。
「なごり様…! 家に残っていたはずじゃ…! ―――というか、どうやって家から…!?」
屋敷を出るための鍵がなければ、屋敷を出ることはほぼ不可能だ。
鮫島は驚きを隠せなかった。
いや、なごりの脱走癖は今に始まったことではない。
過去に何回か抜け出しているのだ。
なごりは苦笑し、「引田天●よりか簡単な脱出マジックだ。今更びっくりすることでもねえよ」と言って、霜柱の立っていない道を通り、うずくまるユキに近づいた。
「なごちゃ…っ」
「ユキ、クロトを渡してもらいに来た」
その言葉に、ユキは激しく首を横に振って拒否する。
「イヤだ…!! ヤだよ!! クロトを渡したら、なごちゃんが…!!」
「その前に、ユキの心が壊れる…」
「なごちゃんが誰かのモノになるくらいなら壊れてもいい!! これだけは譲れないよ!! どうしてみんなしてそんなこと言うのさ!! ボクが男だから!? この顔だから!? 弱いから!? 才能ないから!? 作られたコだから!? それでも独りはイヤだよ…!!!」
なごりはユキの目の前にしゃがみ、「バカ言うな…」とやわらかく叱咤する。
「そんな寂しいこと思ってんのは、おまえだけだ。オレも親父も鮫島も、おまえを独りにしない…」
「あ…」
なごりは声をかけながら傍に立つ霜柱の先端に触れてへし折り、自身の右手のひらを切りつけ、続いてユキの右手をとって霜柱の先端で同じく切り付けてから優しく右手同士を重ね合わせた。
「クロトの契約を譲渡してもらう」
「ヤ……」
なごりとユキの右手から滴る血が儀式の円陣を描く。
大きな円陣だが、幸いにも、鮫島たちに届く範囲ではなく、神崎と姫川のように、想いを持った人物の体に入り込むことはなさそうだ。
嫌がるユキはなごりから離れようとするが、なごりの力強く握りしめた手を振りほどくことができない。
抵抗した際、ユキのポケットから小さなオモチャの指輪が落ちた。
中心に赤いガラスが埋め込まれた、安物の指輪。
「……っ!!」
そのオモチャの指輪を視界に入れ、思い出したのは、遠い昔、まだ性別が女だった頃に、なごりからその指輪をもらった時のことだ。
「ユキはオレのおよめさんになるんだよ」。
幼いなごりは照れくさそうに、確かに自分にそう言って、大人ぶって婚約指輪というオモチャの指輪を渡したのだった。
彼はそのことを覚えているだろうか。
大粒の涙を流し、嗚咽しながら、その指輪を依代にしていたクロトが黒い光となって指輪から飛び出し、なごりの胸ポケットに入ったのを見た。
「…契約完了だ」
クロトが新たな依代に入ったことを実感したなごりは、立ち上がり、ユキに背を向けて歩き出す。
ユキは泣きじゃくりながらその背中に手を伸ばすが、這いずって近づくこともできなかった。
それを黙って眺めていた因幡は、痛々しい思いを覚える。
その時、背後からいきなり頭を優しく撫でられた。
「敵にそんな顔してやれるのか」
「!」
はっと見ると、いつの間にかフユマがいた。
「おまえ…」
面識のある神崎と姫川は、どうしてここに、と言いたげにフユマを見る。
フユマはそんな3人の横を通り過ぎ、こちらにやってくるフユマと向かい合った。
「おう、親父、こっちは済…」
ゴッ!!
手をひらひらとさせて笑いかけたなごりに、フユマはその横っ面を問答無用で殴りつけた。
「ふべ!!!」
「「「「!!!?」」」」
横に吹っ飛んだなごりは、近くの霜柱にぶつかって倒れ、殴られた頬を右手で押さえて身を起こす。
「親父…、愛する息子の顔面を2度もぶつとは…っ。これはもうあれだな。「親父にしかぶたれたことないのに!!」って改変した方が逆にいいかもしれない」
「黙れ殺すぞ!! 親の言うことが聞けねえ奴はこうだ!! オレ様は言ったはずだぜ?「おまえは留守番」だっつってな。てめー留守番の意味わかってんのか!?」
殴ったコブシを震わせながらフユマは怒鳴りつけた。
「だってオレ来なかったらピンチだったんだもん!!」
「「もん」つけんな気色悪ぃ!! 心配しなくてもオレ様が割って入ってたわ!!」
実は因幡達のピンチにフユマも堤防を駆け下りて駆けつけていたのだが、なごりに全部持っていかれてしまい、なかなか出るに出られなかったのだ。
「いたんですか。プッ」
「てめーもブッ飛ばすぞ鮫島」
今度は石を握りしめて殴ろうとするフユマに、小さく噴き出してしまった鮫島は「失礼しました」といい笑顔で一礼する。
「それすれば許されると思ってるだろコラ」
鮫島の態度に納得いかないが、フユマはため息をついて握りしめていた石を投げ捨て、因幡と目を合わせる。
因幡としては、直にフユマと顔を合わせるのは初めてだった。
「…?」
まじまじと見つめられて怪訝な顔をする因幡にフユマは小さく笑い、「顔は父親似か」と呟いて正面を向いてユキの方へ歩き出す。
「親父、フォローよろしく」
すれ違う際、なごりは頬を擦りながらそう言った。
フユマは鼻で笑ってなごりにはなにも返さず、「鮫島」と鮫島を呼び、鮫島も「はい」と短く答えてフユマの後ろについていく。
「!!」
こちらにやってきたフユマに、ユキは泣きっ面を上げる。
フユマは静かに見下ろし、ユキはその冷たい目に冷や汗を浮かべ、全身を震わせた。
自分がしでかしたことを忘れたわけではない。
フユマの体に巻かれた包帯がそれを鮮明に思い出させる。
不意にフユマがしゃがみ、「っ」と目を瞑った。
パチンッ
軽く右頬を平手で叩かれた。
「……え?」
拍子抜けするような仕打ちに呆けていると、短く「帰るぞ」とかけられる。
「……ボクのこと…、処分しないの…? っていうか、ボクのこと、嫌いじゃ…」
「大嫌いに決まってんだろ。てめーのこともなごりのことも。元々、ガキ自体好きじゃねえんだよ。うるせーし、わがままだし、金かかるし、ムカつくことばっかだし…。けどな、「死ね」って思うほど嫌いってわけでもねえ…」
「フユマ……」
大きな瞳に見つめられ、フユマはフードごと頭を抱え、「あ゛―――っ」と唸る。
「これだから説教って苦手なんだよ!! とりあえず帰んぞ!! 面倒臭ぇことは帰ってからだ!! 鮫島!!」
「はい、フユマ様」
フユマがユキの手首をつかんだのを見て微笑んだ鮫島は、その右手でフユマの背中に触れ、次元転送で2人を屋敷へと送った。
それを目の端で確認したフユマは、ゆっくりと因幡に近づく。
「こっちの問題もこれで解決…と」
警戒した姫川は腰から新たなスタンバトンを取り出し、先端をなごりの喉元に向け、なごりは足を止めた。
「あいつ、てめーの知り合いか? わかりやすく説明してもらおうか…!」
「ユキはオレの弟みたいな存在だ。桃ちゃんに嫉妬してケンカ売って、身内争いがこんな大事になったってわけ。オレのせい…ってことになるか…」
自嘲するような笑みを浮かべ、敵意がないことを示すように両手を小さく上げる。
「……フユマってやつを「親父」って言ったな…。だったら、おまえ……」
「そう。オレは卯月フユマの息子だ。ねえ、神崎氏、そのコと付き合ってるの?」
姫川越しに因幡と神崎に尋ねるなごりに、2人は顔をキョトンとさせ、顔を合わせてからすぐに首を横に振った。
「「付き合ってませんが?」」
恥ずかしがっている様子もなく、なごりは「よかった」と安堵の笑みを浮かべてから姫川の横を通過する。
「おい…!」
姫川が止める前に、なごりは因幡の目の前に跪き、その右手をとって手の甲にキスをした。
仰天する因幡に、さらに仰天させるような一言を言う。
「因幡桃、オレの嫁になってくれ」
「………は?」
突然のことに、因幡は怒るよりも先に硬直した。
「愛してる。オレと結婚したら、オレのためにメイド服を着て、毎日「おかえりなさいませ、ご主人様」と言ってほしい!!!」
思わず想像してしまった、神崎と姫川。
因幡は自分の想像にモザイクをかけていた。
(冥土服…っ!!!??)
赤面どころか真っ青になるほどの告白に因幡は、
「ゴブッ!!!」
血反吐を吐いた。
今までより渾身の一撃だと思われる。
「「因幡―――っ!!!」」
トドメを刺された因幡はその場に力尽きる。
「てめぇやっぱり敵かコラァ!! ウチのコは変なトコでナイーブなんだぞ!!」と口から抜けかける因幡の魂を押さえつける神崎。
「それ以上言ってみろ!! 婚約話はオレにもダメージくるんだからなっ!! 望み通り冥土に送んぞ!!」と口端から血を垂れ流す姫川。
がなる保護者に、なごりはヘラヘラと笑いながら「面白い奴らだな」と言って少し後ろに離れる。
「ま、今度はバラの花束でも持って正式にプロポーズしにくるから」
ちょうど鮫島も来たところで、なごりは鮫島の腕をつかんだ。
「じゃあな、愛してるぜ、ハニー」
「私も愛してるよ、神崎君。次はちゃんと食べに来る」
「「「とっとと帰れええええっっ!!!」」」
去り際の言葉がダブルで気に食わず、3人は同時に河原の石ころを投げつけたが、その前に鮫島となごりはフッと消えてしまう。
神崎と因幡は全身鳥肌状態だ。
「変なのに好かれやすいな、おまえら」
「「てめえも人のこと言えんのかよっ!!」」
もっともなつっこみだ。
「あのヤロウ、絶対殺がしてやる…!!」
「言葉に殺意こもってんぞ」
「プロポーズだの「嫁になれ」だの「ハニー」だのふざけたことをゴフゥッ!!」
先程の言葉を思い出してまた吐血する因幡に慌てた神崎と姫川は、肩を貸すどころか、先頭の神崎が両腕を持ち上げ、姫川が両脚を持ち上げて飛行機のように運んでいく。
「死ぬんじゃねえぞ因幡!! 傷は浅ぇ!!」と神崎。
「メイド服で死んだなんてあんまりすぎるぜ!!」と姫川。
「死なねえからこの体勢ヤメロ!」
謎を残しながらも事件は一件落着し、病院へ到着する頃には、石矢魔町は朝日に照らされていた。
.To be continued