56:白黒つけましょう。
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雨もやみ、空に垂れ込んでいた暗雲が徐々に晴れ、月明かりが河原を照らす。
辺りの霜柱が月光に反射し、自分たちを串刺しにしようとしていた凶器だというのに、幻想的な美しさが感じられた。
「おまえ…、目が覚めたのか…!?」
驚く神崎に因幡は小さく笑い、「おかげさまでな」と自分の右靴を自慢げに見せつける。
縫い目まみれの不格好な靴。
「前のより、履き心地がいい」
それでも、想いが込められた大切な靴だ。
“リフォームしたような、住み心地の良い器じゃのう”
シロトも満足げだ。
「あーあ、復活しちゃったの? まだ大事な友達嬲り殺してないのに、早いよ、桃ちゃん」
歪なスケートリンクのようになってしまった川の氷面を渡り、ユキがこちらに近づいてくる。
歩くたびに、パキ、パキ、と氷の表面が音を立て、小さなヒビが刻まれた。
向かい合う因幡は、「仕方ねえから…」と小さく言う。
「ん?」
「仕方ねえから、もう1度遊んでやるよ」
徐々に、赤のメッシュだけ残して白く染まる髪。
体中に浮かぶ紋様、赤い瞳、白い尻尾、頭に垂れるウサギの白い耳。
色は違えど、ほとんど今のユキと同じ姿になる。
「同じ……」
因幡の後ろで神崎と姫川とともに見る鮫島は、思わず呟いた。
「同じじゃねえよ」
呟きが聞こえた因幡は、ユキを見たまま言い返し、自身を親指でさした。
「たぶん、今のオレの方が、あいつより数倍強い」
「………はぁ?」
挑発的な因幡の言葉に、ビキ…、と再び殺気立ったユキのこめかみに青筋が浮かぶ。
引きつった笑いだが、目ははっきりと怒りを露わにしていた。
「強がり? 今度は依代だけじゃなくて、キミの体ごとバラバラにしてあげるよ。その前に、キミの友達も一緒にね!!」
「!」
足下の氷が砕けるほど、弾かれるように地を蹴ったユキは、因幡の真横を通過し、一か所に固まった神崎達に突進した。
まずは精神的な苦痛を。
ユキが氷の鉤爪を構えると、鮫島もすぐに2人を庇うように前に立つ。
その間に、急に氷の柱が生えた。
「「!!」」
ゴガッ!
急に止まることはできず、ユキは勢いよく正面から体を氷の柱に強打した。
神崎、姫川、鮫島はキョトンとしている。
くつくつと笑い、因幡は振り返った。悪役のような意地の悪い笑みだ。
「すると思ったぜ、バカが」
“ラビットマーク”
「こ…れは…」
顔面を打ち、ユキの鼻から鼻血が垂れた。
肩越しに因幡を睨みつけると、因幡はゆっくりと歩き、歩いた跡から氷の柱を立たせた。
「“アイシングドロップ”の応用だ…。オレが歩いた跡は、敵にとって罠となる」
実際、ユキを阻んだ氷の柱は、因幡が先程立っていた位置だ。
「そんなことが…!」
魔力を分け与える“アイシングドロップ(分け与う滴)”。
痕跡に魔力を付着させて発動させることまで可能とは思わなかった。
これが本来の能力の用途なのか。
他になにが使えるのか、警戒心の中から興味が湧き、疼き、口元を歪めた。
「あはっ…。さっきとは大違いってことか…。全力で叩き潰してあげるよ。キミの全力を。そして、シロトを消滅させてあげる…!」
両手に氷の鉤爪を出現させたユキが足下の地面にそれを突き刺すと、霜柱が因幡に向かって押し寄せる。
因幡は逃げもせず、ただ、左脚を勢いよく突き出した。
パァン!!
霜柱を蹴った瞬間、霜柱は一気にユキのところまで粉々に粉砕された。
結晶が舞う中、ユキは我が目を疑うように因幡を見据える。
「“フリージングポイズン(砕け散る毒)”」
因幡の力は毒にもなれば薬にもなる、となごりが言っていたのをユキは思い出す。
その右脚に触れたものは魔力を与えられ、その左脚に触れたものは魔力ごと粉砕される。
「天使の右脚、悪魔の左脚…みたいな? 憑いてるのは、悪魔だけど!」
再び両手に氷の鉤爪を出現させ、因幡に突進する。
「直接貫いてあげ…。!!」
因幡はこちらに向かってくるユキから視線を逸らさず、足下の石をいくつか右脚で蹴った。
蹴られた石は表面に氷を纏い、ユキに飛んでいく。
“ラビットフリック”
(雹!?)
当たる前にユキはそれを氷の鉤爪で払い落とし、その隙に因幡は地面を蹴ってユキの後ろに回り込んだ。
「!」
「これが春樹の…分!!」
ガッ!!
「ぐあっ!」
右脚でユキの背中を蹴飛ばし、地面に倒れるユキはすぐに身を起こすが、その前に因幡に胸倉をつかまれ、右頬にコブシを打ちこまれる。
「これが父さんの分!!」
「くっ!」
続いて膝蹴りでアゴを蹴上げる。
「母さんの分!!」
「調子に…乗るな!!」
右手の鉤爪で因幡の腹を切り付けるが、それでも因幡は歯を食いしばり、その胸倉から手を放さず、再び因幡に頬を殴られる。
「今のは、姉貴の分…!!」
「う…っ」
わずかな恐怖を覚えたユキは「放せ!!」と声を荒げ、右脚で因幡の横腹を蹴った。
「ごほっ」
そこでようやく因幡が手を放し、好機と見たユキは口端をつり上げ、右手の鉤爪を因幡の右脚の太ももに突き刺した。
ボッ!!
「―――っっ!!」
突き刺された場所から、因幡の血で形成された霜柱が皮膚を突き破って立つ。
鋭い痛みに襲われ、因幡はその場に右膝をついた。
立ち上がったユキは、口の中に溜まった血を吐き捨て、因幡を見下ろす。
「ボクに負わされたケガ、まだちゃんと治ってないんだ? おかげで抜け出せたよ。ねぇ、痛いでしょ? けど…、ボクの痛みの方が…もっと…!」
傍観していた神崎と姫川、そして鮫島が加勢に入ろうと一歩踏み出した時だ。
先にそれに気づいた因幡が、手を後ろにやり、動きだそうとした3人を制した。
「神崎と姫川、そしてオレ個人の分、まとめて返してねえ…」
「その脚でどうするつもり?」
無駄な足掻きにしか見えないユキは鼻で笑い、両手に鉤爪を構えた。
これで喉なり胸なり貫けばこちらの勝ちだ。
因幡が先程の素早い動きができるとは思えない。
しかし、因幡の口元は不敵に笑い、ユキの足下を指さした。
「そこ、オレが通った」
「!?」
気付くと同時に、トラップが発動する。
因幡の痕跡が、ユキの左足の靴底を凍りつかせて捕らえた。
「チッ!」
舌打ちしたユキは、すぐに左足の靴を脱ぎ、後ろに飛んで因幡の攻撃をかわそうとしたが、因幡の方が速かった。
「これがオレ達の分だ。遠慮せずに受け取れ」
因幡の振られた右脚は氷面で覆われ、金棒のような多くの突起が見当たった。
“ラビットスパイクフット”!!
釘バットのようなそれに、ユキは右から勢いよく強打された。
ホームランを打たれたボールのように。
ゴッ!!!
「…っ!!」
その衝撃をモロに受け、ユキは河原を転がり、自身が凍らせた川に全身を打ちつけ、動かなくなる。
「…いい転がりっぷりだな」
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