55:想いを縫い合わせましょう。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ユキとの戦闘でケガを負った因幡とコハルは、鮫島と神崎と姫川の手で石矢魔病院に運ばれ、因幡家が全員そろった。
患者として。
先に運ばれた、日向と春樹は802号室、因幡は803号室、コハルと桜は804号室で寝かされていた。
ユキに散々いたぶられたのだろう。
日向は全身打撲のうえ、右脚とあばら骨を折られ、春樹は体中傷まみれで右目に大きな痣があり、左脚を折られていた。
桜は背中に深い鉤爪の傷を負い、コハルも同じく体中を切り付けられ、包帯を巻かれてベッドの上で安静にしていた。
誰もが命に別状はない。
だが、因幡だけはいつまで経っても目を覚まさなかった。
「……シロトの依代が破壊され、契約者も仮死状態におちた」
「……………」
コハルのベッドに傍らに立って一部始終を話した鮫島に、意識を取り戻して上半身を起こし、話を聞いていたコハルと桜は絶句する。
その部屋にあるパイプ椅子には、騒ぎを聞きつけて駆け付けた早乙女が座り、鮫島の様子を窺いながらその話に耳を傾けていた。
「つまり、因幡は―――…」
言葉を発した早乙女に、鮫島は頷き、コハルと目を合わせたまま告げる。
「ああ。このままずっと眠り続けるだろう。シロトとともに、死ぬまで」
「…おまえらとしても不本意だろうな」
早乙女が嫌味混じりに言うと、鮫島は肩越しに早乙女と目を合わせ、「そっちとしては逆にこれでホッとしただろう」と嫌味を返す。
「これでシロトが消滅したら願ったり叶ったりじゃないか。コハル、それを望んでいたはずだろう? シロトを継ぐ者がいなくなって」
「こんな結果、望んでないっ!!」
コハルは涙をこぼしながら怒鳴った。
大事な娘がこの先一生目を覚まさないというのだ。
「桃ちゃん…っ」
大事な妹を守れなかった桜も、悔しさのあまりシーツをぎゅっと強く握りしめる。
「外も中もしけてやがんな。これだから病院は嫌いなんだよ」
そう言って804号室のドアが開き、フユマが足を踏み入れ、その場にいる全員の注目の的になる。
「フユマ!?」
「フユマ様! 安静にしてくださいと言ったのに…!」
喉や手足に包帯を巻いたまま現れたフユマに、鮫島は慌てながら近づいた。
フユマは煩わしげに眉をひそめ、指先で喉元の包帯を掻く。
「十分安静にしたから。心配すんな、鮫島。…ちょっと、コハルちゃんと話をしねえといけねーみたいだし…。そうだろ?」
「……………」
コハルはフユマと見つめ合ったまま無言を返した。
「おまえ…」
早乙女はパイプ椅子から立ち上がり、いつでも攻撃できるようにと二の腕の紋章を輝かせたが、フユマは手で制した。
「そう血圧上げんじゃねーよ、早乙女。病院ではお静かに、だ。オレ様だって、クロトなしの状態でてめーとやり合うつもりもねー。そのうえ、今のオレ様は立派な怪我人だ」
そう言って笑いかけると、早乙女は不服そうに構えを解いた。
「…禅さん、少し、日向さんと春樹の様子を見てきてもらえないかしら…」
コハルがそう言うと、早乙女は「けどよ…」と躊躇した様子でフユマと鮫島を一瞥する。
かつては、コハルを強引にでも連れ戻そうと戦った経験がある。
完全に警戒を解くことはできないが、コハルはそれを承知で、安心させるような笑みを向けた。
「大丈夫だから」
「なにかあればすぐに知らせますし、私もついてます」
桜もそう言ってるので、「変な気は起こすなよ」と忠告してから、早乙女は病室を出た。
ドアが閉まったのを見届けたフユマは、早乙女が座っていたパイプ椅子をコハルのベッド脇まで引きずって持ってきてから腰掛ける。
それを見計らい、フユマがなにか言う前にコハルは「あのコは…」と切り出した。
「ユキってコは……」
「まずはそれからか…」
小さく笑ったフユマは、背もたれに背をもたせかけ、問いに答える。
「ユキは、コハルちゃんのクローンだよ」
「「!!」」
瞬間、コハルと桜は目を大きく見開いた。
フユマは淡々と続ける。
「…コハルちゃんが家を飛び出したあと、ジジ様は当然焦った。最初は取り戻そうとしたが、面倒な奴らに保護されてたしな…。まごまごしているうちに、コハルちゃんは別の人間の男と結婚しちゃうし…」
面倒な奴らとは、早乙女達のことである。
「オレ様と他の女から生まれたのは男だったし、普通の人間とコハルちゃんの間に出来る子供なんざたかが知れてると思ったジジ様は、一度時間を置いて、新たなシロトの後継者を作ろうとした。コハルちゃんを超えるシロトの後継者はいなかったからな。それがユキ。クローンって言っても、人間界のそれとは違う。コハルちゃんよりも素質が上でなくてはならないため、魔界の禁術を用いた」
ユキは、コハルの1本の髪から生まれ、魔法陣の上で産声を上げた。
人間でも悪魔でもない子供。
誰もが躊躇う中、フユマは泣きわめくユキを抱いてあやし、そのまま育ての親となったのだ。
「けど、あのコ、男の子…」
「そう。今はな…。…誰がふれまわったのか知らねえが、禁術を発見したのは最近だ。成功例もなければ失敗例もない。でなきゃ、とっくにジジ様が後継者量産してるしな。…生まれたてのユキは、確かに女だった。だが…―――」
それはユキが9歳の頃だ。
幼いなごりと庭で遊んでいたところ、突然、ユキの体を激しい動悸が襲った。
何事かと鮫島が駆けつけた時には、ユキの体は男になってしまった。
「さすが悪魔が作った禁術だけのことはある。タチの悪い…。男になってしまったうえに、なごりより素質が格下ならなんの価値もない。ジジ様は早々にあいつを「失敗作」と言って切り捨てやがった。禁術も迂闊に使えない。かくなる上は、オレがなごりに継承して、次のシロトが生まれるまでコハルちゃんを眠らせてしまうか。全面戦争を仕掛けてコハルちゃんを奪還するか。卯月の中でそんな論争が勃発した時だ。桃ちゃんに、継承者の素質の芽が出た」
「―――!!」
一般の人間との間に生まれたから芽が出るのが遅かったのだろう。
皮肉なことに、因幡が男勝りになった瞬間からだ。
成長とともに内に秘められた魔力も爆発的に成長したのだ。
「ユキの逆恨みもわからなくもない。全部持ってかれちまったんだからな。しかし、オレ様もジジ様も、桃ちゃんを殺されるのは困る」
「……あのコは引き渡さないわ」
静かに言ったコハルの瞳は、赤く染まっていた。
同じく、目を合わせたフユマの瞳も赤く染まる。
「コハルちゃんの意見はどーでもいい。今は、桃ちゃんとシロトを復活させること、ユキを捕まえることが先だ。…さっき桃ちゃんの容体を見てきたが、依代が破壊されたってのに、傷の自己回復が見当たった。…ってことは、シロトは消滅したわけでもないようだ。どこか、他の依代に避難したんだろう。微かだが、想いの込められた依代に…」
*****
因幡の病室には、夏目と城山がいた。
ベッド脇に立ち、静かに呼吸をして眠っている因幡を見下ろす。
「因幡ちゃん…」
何度呼びかけても、因幡は目を覚まさない。
「!」
ドアが開く音がして振り返ると、医者に手当てされた姫川が戻ってきた。
「姫川」
「姫ちゃん」
姫川は病室に入ってくると、因幡のベッドに近づいて目を閉じたままの因幡の顔を見つめ、夏目に尋ねる。
「…神崎は?」
先に治療を終わらせて病室に来ているものかと思ったが、病室を見渡してもその姿は見当たらない。
「神崎君? 来てないよ?」
「一緒に戻ってきてないのか?」
逆に夏目と城山に聞かれ、「そうか…」と短く言った。
ふと、窓に顔を向けると、外のどしゃ降りの雨が窓を叩きつけていた。
視線を追った夏目は言う。
「雨、まだ止まないね…」
「……………」
ベッド脇にあるサイドボードには、折り畳まれた因幡の制服と、その上にはスマホと財布が置かれていた。
3人の視線が窓に移されていた時、不意に、風もないのにスマホにつけられた、水色のちゅら玉のストラップが揺れた。
.