54:何者でしょう?
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ぽつぽつと降ってきた小雨が肌に当たる。
見上げれば、日の暮れた空にはどんよりとした雲に覆われ、雨脚は次第に強まっていった。
冬の冷たい雨の中、因幡は指定された河原の鉄橋にやってきた。
上を見上げると、一定の幅で連なる架線柱があり、鉄橋下の河原は夜の闇で見えず、川の流れしか聞こえない。
おりかけた髪を撫で付けて直し、鉄橋の中央まで歩く。
途中、右横の複線から来た電車とすれ違った。
横のレールが前から来たのなら、今歩いているレールは後ろから来るだろう。
後ろを気にしながら、錆びたレールを渡る。
鉄橋の下ではなく、あえて電車が渡るための鉄橋の上だ。
相手がこちらに敵意を持っていることしかわからないなか、連れ去ったと思われるコハルの身を案じる。
「!」
架線柱に取り付けられてあるわずかな照明を頼りに進んでいくと、学園祭の時に見たことのある黒ウサギの仮面を被った少年が目の前に突っ立っていた。
「おまえ…、学園祭の時の…」
その恰好に少しばかり驚く。
未だに女子中学生の制服を着ているからだ。
「待ってたよ…。直接会うのは2度目だね、桃ちゃん。ボクは、ユキ」
仮面が邪魔しているのか、くぐもった声だ。
しかし、嘲笑混じりなのは聞き逃さない。
「…てめーが…」
脳裏をよぎったのは、ダイニングに落ちていた、血が付着した学生証と運転免許証、凄惨な光景と化したダイニング。
思い出した因幡の瞳が、その怒りの色を示すように真っ赤に染まる。
「母さんはどこだ…?」
「ん」
ユキは人差し指を上に向けた。
指された方向を見上げると、そこには、架線柱からロープで両手首を縛られ吊るされたコハルの姿があった。
「母さん!!」
気を失っているのか、完全に脱力している様子で、因幡が声をかけても無反応だ。
身体のところどころに浅く切り付けられたような傷があり、口からも血を垂れ流していた。
「……………っ」
キッとユキを睨むと、ユキは「あー、ちょっと誤解してるでしょ」と小さく両手を上げた。
「あ?」
「いや、最初は十分に痛めつけて、完全に意識ある状態で連れてくる様子だったんだけど…、戦いの最中、ボクのスカートが派手にめくれちゃって…」
ユキは、スカートの裾を両手でつかんで、ぺろん、と恥ずかしげもなくめくる。
「ぶっっ!!!」
マニアックオープン。
見えちゃいけない世界が見えた瞬間、思わず噴き出す因幡。
戦いの最中でそんなトラブルがあったのなら、コハルがどうなったかは明白だ。
それでトドメを刺されたのだろう。
だから体につけられた傷のわりには、ダイニングの出血量が多かったわけだ。
「シリアスムードぶち壊しだなおまえ「ら」っ!!!」
語尾を強調する。
「つうかこの調子だから言わせてもらうけど!! 女装してんじゃねえよっ!! この変態っ!!」
「桃ちゃんだって男装してるじゃん。それって変態にならないの? 差別だよ。そのなりでリボンのパンツはいてるとか言わないでよ?」
(そう言われてみるとそうだ…!!)
内心で素直に認める因幡は、「ぐ」と唸る。
「ぴ、ピンクのレース(ついでに勝負パンツ)はいた変態に言われたかねーよっ!!」
「ゴフッ」
「反応して吐くなそこっ!!」
思い出したのか吐血したコハルにつっこむ因幡。
「ちなみにブラもつけてるよ。Bカップ」
「控えめかっ!!」
「ガフッ!」
追い打ち。
「寝てろよっ!! 死ぬぞっ!! うおわっ死ぬっっ!!」
完全に調子を狂わされた因幡は、背後から来た電車に寸前で気付き、すぐに隣のレールに飛び移った。
ユキは因幡より前に飛び移っていた。
危うく轢き殺されかけて焦る因幡を見て腹を抱えて笑う。
「あはははは! 危なかったねー!」
「てめ…っ」
「けど、お母さんの方がもっと危ないよ?」
「!」
見ると、通過する電車からぎりぎり足がつくかつかないかの高さに吊るされていた。
「次の電車が来たとき、ボクがうっかりロープを切っちゃったら、どうなると思う? ボク自身、肉料理が食べれなくなっちゃうね」
無邪気に笑うユキに、因幡は歯を噛みしめて睨みつける。
「…オレに喧嘩売るのは一向にかまわねえよ…。相手が人間だろうが悪魔だろうが、いくらでも買ってやる。…けどな、関係ねぇ身内巻き込むんじゃねえよっ!!」
「ククッ。…関係あるから巻き込んだんだよ」
「あ!?」
「コハルの実家である、卯月の屋敷から来たんだよ、ボクは」
「!」
コハルと桜が実家を飛び出した話を思い出す。
「ボクは強引だったけどクロトを継ぎ、桃ちゃんはシロトを継いだ…。これでボク達は22代目同士、自動的に婚約者同士ってことになるんだけど…」
「ちょっと待て…! クロト? 22代目? 婚約者? オレもあまり詳しい話は聞かされてねーんだけど! つか、最後の「婚約者」ってのはすごく気になる!」
焦って待ったをかける因幡に、ユキは「クス」と笑う。
「知る必要なんかないさ。ボクが直々に破棄するよ。桃ちゃんを殺して」
「!!」
ユキが両腕を広げると、手首から指先にかけて氷に覆われ、手の甲に氷で形成された3本の鋭い鉤爪が出来上がる。
(こいつ…!!)
やはりと思っていたが、普通の人間ではない。
驚く因幡に、ユキは氷の鉤爪を構えて一気に因幡に突っ込み、右腕を振り上げた。
「くっ!」
その速さに、因幡は両腕で顔面をガードし、後ろに飛びのいた。
その際に、左腕にひっかき傷をつけてしまう。
「チ…ッ」
ボタボタ、と傷口から血が滴り落ちる。
「こんな傷…っ。!?」
途端に、因幡は眩暈を覚え、その場に片膝をついた。
(な…んだ…!?)
今更今日の疲れが押し寄せたわけでもなさそうだ。
察したのか、ユキは仮面を口元の上まで押し上げ、鉤爪に付着した因幡の血を舐めて説明する。
「ボクの氷の爪はねぇ、魔力を奪うんだ。ボクの爪で傷つけば傷つくほど、消耗していくよ。嬲り殺しし放題だねっ」
鮫のようなギザギザの歯が無邪気に笑っている。
「だったら…っ」
2人は同時に互いに突っ込んだ。
ユキが氷の鉤爪を因幡の胸元目掛け振るうと、因幡は見計らって右足でそれを蹴り砕く。
パキンッ、とガラスが割れるような音を立てて、氷の鉤爪の破片が地面に飛び散った。
「はっ!」
隣のレールに飛び移る間際に、ユキは左手の氷の鉤爪を因幡の足下に投げつけ、突き刺した。
因幡はユキを追うため、それを飛び越えようとする。
「どこに投げて…。―――!!」
ユキの笑みは消えない。
不審に思った因幡ははっと肩越しに氷の鉤爪を見下ろした。
ボッ!!
同時に、氷の鉤爪が刺さった場所から瞬時に鋭く尖った霜柱が立ち、その長剣のような一部が因幡の右横腹を背後から貫いた。
「ぐっ、ああああああっっ!!」
耐え難い激痛に襲われ、魔力を消耗させないために、因幡は自ら霜柱を自身の貫かれた傷から引き抜き、その場に膝をついて傷口を両腕で押さえた。
「げほっ」
口から零れる血を見たユキは、また愉快そうに笑った。
「まだだよ…。ボクの“ダイヤモンドクロウ(突き破る爪)”で存分に痛めつけてあげる」
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